「嘘よ、あり得ない」
華子は葉子を睨みつけた。その瞬間、華子の手元が光る。彼女の巫女の装束と髪を結った緋色の布が大きく揺れ、同時に葉子の足元に現れた蔦が両足首に巻きついた。
「きゃっ!」
「役立たずは、そこでじっとしていなさい!」
葉子の小さな叫び声をかき消すように華子はそう叫ぶと、碧高の隣に並んだ。
「葉子は役立たずなんかじゃない」
碧高の視線を感じたが、華子はそれを無視し、ひとりで怪異に戦いを挑んだ。
(私が一番。私が優秀。この帝都は、私のものなのよ!)
華子の狙いには迷いがない。次々に怪異を消滅させす様は圧巻だ。しかし、華子の力に巻き込まれた家屋の壁が崩れ落ちる。
「民家を傷つけるな!」
碧高がそう叫んだけれど、華子の耳には入らない。
初めての巫女としての依頼。ひとりで立派につとめ上げたい。それには、碧高も姉も邪魔だった。
「はあああ!」
華子はがむしゃらに技を放ち、巨大な怪物を消滅させてゆく。胸にあるのは、帝都で一番になった自分の姿だ。
邪魔者の姉を消すため、彼女のそそっかしさを理由に母につけ込み、才を奪った。母に褒められ、母に認められ、母を超す。帝も驚く成果を上げ、皆が自分にひれ伏す世界。そんな世界には、瑞祥の男巫女も姉もいらない。
(私だけでいいのよ!)
「葉子!」
碧高の焦った声がして、華子は口角をニヤリと上げた。葉子が囚われていることに、今更気が付いたらしい。
(そうよね、あなたは怪異を倒すのに精一杯で、姉のことなんか微塵も――)
しかしその時、碧高の放った鋭い光の矢が、葉子の足元に向かって飛んだ。
「なぜ⁉」
華子は怒りのままに、背後に向かって攻撃を放つ。光の矢は、華子の放った火の矢によって消えてしまった。
***
葉子は華子の作った蔦から抜け出そうと、もがいていた。しかし、蔦は蛇のように動き、逃げようとする葉子の足を何度も捉える。
(このままでは、碧高様のお役に立てないわ)
華子に向けられた憎しみを、はっきりと味わった。だからこそ、碧高の役に立ちたい。自分にはもう、碧高しかいない。
だけど、逃げれば逃げるほど蔦はまとわりついてくる。
目線を上げると、邸宅の外壁が壊れ、崩れた煉瓦がそこかしこに散らばっていた。目の前で、華子が巨木をなぎ倒している。
(華子を、止めなきゃ)
そう思った時だった。
「葉子!」
碧高の放った光の矢が、葉子の足元に向かって飛んできた。碧高が、葉子が囚われていることに気付いたのだ。
しかし、華子が放った火の矢がそれを消す。それでも、碧高は再び光の矢を放った。
するとその時、碧高の背後で怪異が腕を振り上げたのが見えた。
「碧高様!」
葉子がそう叫ぶより先に、碧高は背後を振り返り長い蔦で怪異を仕留め、消滅させた。だが、碧高はそこに膝をついてしまう。
「くっ……」
碧高は再び立ち上がったが、その足は震えている。
(これでは足手まといだわ)
碧高の光の矢が目の前で力尽き消えてしまったのを見て、葉子は咄嗟に口を開いた。
「碧高様、私のことはいいですから! 怪異に向き合ってください!」
「だが、葉子のことは私が守ると約束した」
苦しそうな声で碧高はそう言う。葉子は罪悪感に押しつぶされそうになった。
すると、華子の口角がにやりと上がる。
「共倒れ。最高じゃない」
華子の言葉が届くか届かないかの刹那、葉子に向かって龍のような炎が伸びてきた。
「あっはは、おかしい。最初から、こうしていればよかったんだわ」
勝ち誇ったように、華子は声を上げて笑った。
「葉子!」
碧高の、必死の叫び声も聞こえる。だけど、葉子は何もできず。その場に立ち尽くすのみだ。
(私に、力があれば……)
その時、胸に抱いていたギーグが微かに光った。
「ぐえーっく!」
いつもより大きな声で、ギーグが鳴く。まばゆい光が、ギーグを包んだ。
次の瞬間、葉子の目の前には土壁が現れ、炎の龍を跳ね除ける。同時に、足元をまとわりついていた蔦も消え去った。
華子の憎しみに満ちた顔が、こちらを向いているのが見える。だけど――。
「華子様、危ない!」
彼女の背後に、黒くて悍ましい怪異が迫っていたのだ。
〝神様、どうか妹をお助けください〟
祝詞を必死に唱えながら、葉子は彼女の元へ走った。
華子は憎いが、死んでほしくなどない。何ができるかは分からないが、それだけは事実だ。
黒い影が蜘蛛のように地を這い、華子に迫る。
怪異は、人を食す。捕まったら最期、怪異の養分となり生きてゆくことになる。
「才なしのくせに! こっちに来るな!」
華子はなおもそう言い放ち、葉子に攻撃を仕掛ける。すると彼女の出した土壁のせいで、葉子の体が宙を舞った。
「葉子!」
碧高の声が、ぼろぼろになった住宅街に響く。
だがその時、葉子の体から、真っ白な光が放たれた。ふわりと、体が温かな何かに包まれる。
顔見世の会の日、葉子を包んだものに似ているその中で、葉子はなお、祈り続けた。
〝どうか、この帝都をお助けください。華子様を、お守りください〟
すると怪異は何かに弾かれたように、次々と姿を消してゆく。怪異に掴まれかけていた華子は、反動で地面に叩きつけられた。
碧高は啞然としながら、ふわりと地上に戻ってきた葉子を抱きかかえた。
葉子はぐったりとしている。ギーグだけが、首を傾げて「ぐえっ」と鳴いた。
華子は葉子を睨みつけた。その瞬間、華子の手元が光る。彼女の巫女の装束と髪を結った緋色の布が大きく揺れ、同時に葉子の足元に現れた蔦が両足首に巻きついた。
「きゃっ!」
「役立たずは、そこでじっとしていなさい!」
葉子の小さな叫び声をかき消すように華子はそう叫ぶと、碧高の隣に並んだ。
「葉子は役立たずなんかじゃない」
碧高の視線を感じたが、華子はそれを無視し、ひとりで怪異に戦いを挑んだ。
(私が一番。私が優秀。この帝都は、私のものなのよ!)
華子の狙いには迷いがない。次々に怪異を消滅させす様は圧巻だ。しかし、華子の力に巻き込まれた家屋の壁が崩れ落ちる。
「民家を傷つけるな!」
碧高がそう叫んだけれど、華子の耳には入らない。
初めての巫女としての依頼。ひとりで立派につとめ上げたい。それには、碧高も姉も邪魔だった。
「はあああ!」
華子はがむしゃらに技を放ち、巨大な怪物を消滅させてゆく。胸にあるのは、帝都で一番になった自分の姿だ。
邪魔者の姉を消すため、彼女のそそっかしさを理由に母につけ込み、才を奪った。母に褒められ、母に認められ、母を超す。帝も驚く成果を上げ、皆が自分にひれ伏す世界。そんな世界には、瑞祥の男巫女も姉もいらない。
(私だけでいいのよ!)
「葉子!」
碧高の焦った声がして、華子は口角をニヤリと上げた。葉子が囚われていることに、今更気が付いたらしい。
(そうよね、あなたは怪異を倒すのに精一杯で、姉のことなんか微塵も――)
しかしその時、碧高の放った鋭い光の矢が、葉子の足元に向かって飛んだ。
「なぜ⁉」
華子は怒りのままに、背後に向かって攻撃を放つ。光の矢は、華子の放った火の矢によって消えてしまった。
***
葉子は華子の作った蔦から抜け出そうと、もがいていた。しかし、蔦は蛇のように動き、逃げようとする葉子の足を何度も捉える。
(このままでは、碧高様のお役に立てないわ)
華子に向けられた憎しみを、はっきりと味わった。だからこそ、碧高の役に立ちたい。自分にはもう、碧高しかいない。
だけど、逃げれば逃げるほど蔦はまとわりついてくる。
目線を上げると、邸宅の外壁が壊れ、崩れた煉瓦がそこかしこに散らばっていた。目の前で、華子が巨木をなぎ倒している。
(華子を、止めなきゃ)
そう思った時だった。
「葉子!」
碧高の放った光の矢が、葉子の足元に向かって飛んできた。碧高が、葉子が囚われていることに気付いたのだ。
しかし、華子が放った火の矢がそれを消す。それでも、碧高は再び光の矢を放った。
するとその時、碧高の背後で怪異が腕を振り上げたのが見えた。
「碧高様!」
葉子がそう叫ぶより先に、碧高は背後を振り返り長い蔦で怪異を仕留め、消滅させた。だが、碧高はそこに膝をついてしまう。
「くっ……」
碧高は再び立ち上がったが、その足は震えている。
(これでは足手まといだわ)
碧高の光の矢が目の前で力尽き消えてしまったのを見て、葉子は咄嗟に口を開いた。
「碧高様、私のことはいいですから! 怪異に向き合ってください!」
「だが、葉子のことは私が守ると約束した」
苦しそうな声で碧高はそう言う。葉子は罪悪感に押しつぶされそうになった。
すると、華子の口角がにやりと上がる。
「共倒れ。最高じゃない」
華子の言葉が届くか届かないかの刹那、葉子に向かって龍のような炎が伸びてきた。
「あっはは、おかしい。最初から、こうしていればよかったんだわ」
勝ち誇ったように、華子は声を上げて笑った。
「葉子!」
碧高の、必死の叫び声も聞こえる。だけど、葉子は何もできず。その場に立ち尽くすのみだ。
(私に、力があれば……)
その時、胸に抱いていたギーグが微かに光った。
「ぐえーっく!」
いつもより大きな声で、ギーグが鳴く。まばゆい光が、ギーグを包んだ。
次の瞬間、葉子の目の前には土壁が現れ、炎の龍を跳ね除ける。同時に、足元をまとわりついていた蔦も消え去った。
華子の憎しみに満ちた顔が、こちらを向いているのが見える。だけど――。
「華子様、危ない!」
彼女の背後に、黒くて悍ましい怪異が迫っていたのだ。
〝神様、どうか妹をお助けください〟
祝詞を必死に唱えながら、葉子は彼女の元へ走った。
華子は憎いが、死んでほしくなどない。何ができるかは分からないが、それだけは事実だ。
黒い影が蜘蛛のように地を這い、華子に迫る。
怪異は、人を食す。捕まったら最期、怪異の養分となり生きてゆくことになる。
「才なしのくせに! こっちに来るな!」
華子はなおもそう言い放ち、葉子に攻撃を仕掛ける。すると彼女の出した土壁のせいで、葉子の体が宙を舞った。
「葉子!」
碧高の声が、ぼろぼろになった住宅街に響く。
だがその時、葉子の体から、真っ白な光が放たれた。ふわりと、体が温かな何かに包まれる。
顔見世の会の日、葉子を包んだものに似ているその中で、葉子はなお、祈り続けた。
〝どうか、この帝都をお助けください。華子様を、お守りください〟
すると怪異は何かに弾かれたように、次々と姿を消してゆく。怪異に掴まれかけていた華子は、反動で地面に叩きつけられた。
碧高は啞然としながら、ふわりと地上に戻ってきた葉子を抱きかかえた。
葉子はぐったりとしている。ギーグだけが、首を傾げて「ぐえっ」と鳴いた。



