葉子は碧高に連れられ、迎えの車に乗り込んだ。運転手も軍服を着ているが、その立派な体躯は華奢な碧高とは対照的だ。
 葉子が後部座席にギーグを抱いて乗り込むと、運転手は一度こちらを見てぎょっとした。
「私の妻だ。彼女も巫女なんだ」
 碧高がそう言うと、彼は「失礼しました」と慌てて前を向いた。どうやら、碧高の部下らしい。
 運転手は車を走らせながら、再び口を開いた。
「登喜和家の御巫女、瑞祥家の御巫女は各々別の地区に配置。怪異の勢力は弱まってはいますが、数が多くて消滅が追いつかない状況です。瑞祥殿には、第三地区への怪異の乱入を食い止めて欲しいと」
「分かった」
 碧高は淡々と返したが、御巫女とは、その家の当主のことだ。つまり、葉子の母と碧高の母も今回の戦いに駆り出されているが、それでも怪異の力を押さえきれていないということだ。
 怪異の脅威を思い知り、葉子は指先が冷たくなるのを感じた。
「登喜和家の新巫女も第三地区へ向かっています。軍も助太刀いたしますが、その場はどうにかお二人で」
「ああ」
 碧高はなんでもないようにそう答える。しかし、葉子の胸は嫌な鼓動を打ち始めた。登喜和家の新巫女――すなわち、華子もその場にやってくるということだ。
 思わず顔をしかめた葉子の手に、碧高がそっと手を重ねた。
「大丈夫。私がそばにいるよ」
 これから戦いにいくというのに、碧高は笑顔で葉子に告げる。
「はい」
 葉子は答えながら、心臓の音が別の高鳴りに代わり、同時に気持ちが落ち着くのを感じた。
(大丈夫よ、碧高様がいてくださるんだから。それに、一緒に戦うって決めた)
 葉子は夜道を走る車に揺られながら、自分を奮い立たせた。

 やがて、車は帝都の第三地区へと着く。ここは富豪も多く住む、閑静な住宅地だ。
 碧高は車を下りると、すぐに葉子の腕を引き第三地区の端へ向かった。巫女の力で、怪異の方向が分かるらしい。
 着いた道の先。目の当たりにした現実の怪異の、分別なしに繰り返される破壊行為に、葉子は息をのんだ。
 人のような形のそれは、真っ黒な泥のよう。背丈は葉子の四倍ほどあり、赤く光る目が不気味だ。顔見世の会の模擬怪異や、絵本に出てくる鬼のようなものを想像していたが、全然違う。
 両腕のような部分を振り回し、道を、家の塀を次々に崩してゆく様は、まるで破壊兵器だ。
「周辺の住人は既に避難済みです」
 対応に当たっていた軍人に声をかけられると、碧高は頷きすぐに目をつむる。手にしていた巫女の玉が、碧高の祝詞に共鳴して光を放った。
 瞬間、怪異は姿を消す。しかし、道の奥からすぐ、別の怪異が現れた。
(これが、帝都の現実――)
 登喜和家や瑞祥家のような巫女の家には通常結界が張られているため、葉子が実際の怪異を目にしたのは初めてだ。
 巫女を守るためには当然のことなのだけれど、それゆえ怪異の脅威に晒されずに生きてきた。
(帝都を守るということは、思っていたよりもずっと大変なのね)
 次々に術を使い、家々を守りながら怪異を消滅させてゆく碧高を見て、葉子は彼が語っていたことを思い出す。
『私は男だが巫女として、帝の右腕として怪異と戦い帝都に和平をもたらしたいと思っている。君となら、それができると思っている』
(そうよ、私にもできるわ。きっと、できる)
 葉子は目を閉じ、神経を集中させた。手にしていた巫女の玉と、ギーグの体がほのかに青白い光を放つ。
〝どうか、帝都を守る碧高様に、力をお貸しください〟
 その時、怪異に対峙していた碧高の前に、大きな土の壁が現れた。碧高は怪異からの攻撃を、間一髪免れる。
「葉子、ありがとう」
 碧高は一度振り返り葉子にそう言うと、再び怪異へと向き直った。
 その時、砂地を踏む音が背後から聞こえた。葉子は振り返る。
「どうして……」
 目をひん剥いた華子が、そこに立ち尽くしていた。