八月上旬。空は茹だるように白く、遠くの水平線は蜃気楼で揺れていた。
海辺の民宿。そこは町から少し離れた、小さな漁村の外れにある古びた二階建ての建物だった。クーラーのない畳部屋に、ちゃぶ台と扇風機。音のない夏の宿。
「到着ー!荷物、全部で10個!」
豪快に玄関を開けて入ってきたのは、いつものごとく優亜だった。大荷物を両肩に引っ掛け、さらに小さなボストンバッグを口にくわえていた。というか、完全にキャパオーバー。
「……その数、荷物じゃなくて騒音レベルの話じゃないよね」
涼平が苦笑しながら、メンバー表を確認する。
今回の合宿には“灰色同盟”の全メンバー十人が参加していた。
萌美、雅也、宏美、由衣、泰輝、ほのか、優也――そして丈太郎も、いちおう、いるにはいる。
が、その丈太郎は玄関の隅で体育座りをしていた。
「……白紙ってことは、何も決まってないってことだよね……」
「うん。何も決まってないよ」
ほのかが真顔で答える。横で萌美がさらっとフォローを入れた。
「大丈夫。白紙っていうのは、ただの出発点。ここから書き出せばいいの」
「書けるの?」
「書くの。強制」
「強制なの!?」
宿の広間には、すでに涼平が大きな模造紙を何枚も並べていた。
それを囲むように、全員が正座させられている。完全に“学級会”スタイル。
「まず、計画の骨組みから作ろう。誰が、いつ、何を、どう動くのか――
現状の“半年計画”は破棄された。つまり、全員が等しく“ゼロ”から始めるんだ」
雅也が言うと、泰輝が小さく手を挙げた。
「その……俺があの時、黙ってたのが計画の破綻につながったこと、責任は感じてる。でも、今回の合宿では、ちゃんと意見を出すつもり」
その目は真剣で、丈太郎も少しだけ背筋を伸ばした。
「よし。じゃあ、全員で“なぜチェックシートに抗うのか”を、もう一回言葉にしてみよう」
涼平の提案に、しばらく沈黙が落ちる。
その静けさを破ったのは、宏美だった。
「……私は、あの点数制度が、見た目で人を値踏みする道具にしか見えなくて……だから、なくしたい」
「私は、自分のペースで進んでるつもりでも、点数が低いと“遅れてる”って思われる。悔しい」
由衣がぽつりとつぶやく。
それを受けて、ほのかが頷いた。
「……私も、点数の“平均”に合わせることができない。空想してる時間も、あの表ではマイナスだから」
十人のそれぞれが、言葉を重ねていく。
点数で傷ついた瞬間、見落とされた努力、形にできなかった感情。
模造紙の上に、それが次々と書き込まれていった。
模造紙の中央には、次のような言葉が並んでいた。
見た目で決められたくない
無言で過ごす日も「ゼロ」じゃない
努力のペースは人それぞれ
声にならない意志も、ある
その言葉たちは、まるでそれぞれが自分自身を定義し直そうとする叫びのようだった。
「でもさ」
丈太郎がようやく口を開いた。
「僕ら、あの“点数制度”の代わりに何かを提案するってところまで、ちゃんと行けるのかな。闇雲に壊すだけじゃ、説得力ないっていうか……“文句言ってるだけの人たち”で終わっちゃいそうで」
部屋に微妙な間が流れる。
「そこなんだよなぁ」
雅也が頬をかきながら言った。
「建設的じゃないと、学校側も話聞いてくれないしな」
「じゃあ、こうしよう」
優也が静かに、だが凛とした声で言った。
「三つの柱を立てよう。“批判”“代替案”“共感”。この三つがそろわないと、制度は動かせない。批判だけでは誰も動かない。代替案だけでも空想。共感がなければ、孤立する」
「わぁ、急に哲学者みたい」
ほのかがぽつりと漏らしたが、誰も否定しなかった。
「とりあえず、アイデア出してこう」
涼平が新しい模造紙を広げた。
「“点数のない学校生活”って、どんなイメージか、自由に」
その瞬間、優亜が真っ先に書き出した。
「文化祭を“色”で競う」
「自分の色をテーマにした展示」「校内を虹で染める」
「教室の黒板を絵で飾る」「見た目評価なしのファッションデイ」
「評価じゃなく“共感ポイント”」
「無言読書会、無点数セッション、色のない演劇」
気づけば、全員が模造紙にしゃがみこみ、ペンを持っていた。
丈太郎も、しばらくためらったあと――ゆっくりと、一行、書いた。
「灰色でも、全部ある」
その文字を見た優亜が、一瞬目を見開き、それからぽそっと言った。
「……あんた、やっと言ったね。今まで隠してた“自分の色”」
「いや、灰色だから。“色”じゃないよ」
「違う。灰色ってさ、白と黒が混ざってできるでしょ。つまり、何色にもなれる予備軍ってこと。
あたし、それ、最強だと思う」
萌美が隣で微笑んだ。
「なら、“最強の未完成”を、みんなで形にしよう」
夕暮れの帳が海辺を包む頃、宿の広間では模造紙とマーカーペンが散乱していた。
食事の前に一度休憩を、と涼平が提案し、皆は各々の時間を過ごし始めた。
丈太郎は縁側に座って、ゆるやかに沈んでいく夕陽を見ていた。
隣には泰輝が座っている。相変わらず無言だが、静かな気配が心地いい。
「……俺、さっきまで、怖かったんだよ」
ぽつりと丈太郎が言った。
「また、前と同じになるんじゃないかって。俺の“気を使いすぎる癖”が、みんなをかえってバラバラにするんじゃないかって」
泰輝はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「でも今は、違うよね。自分の言葉で“灰色”を書いた。それが、俺には羨ましかった」
丈太郎が泰輝を見ると、彼は少しだけ微笑んでいた。
「……ありがとう」
その一言は、いつも自責と遠慮に揺れていた丈太郎の中から、初めて素直に出てきた言葉だった。
一方、浜辺では別の火種が生まれていた。
「なんであんた、あんなに勝手に案ばっか出すの?」
雅也が苛立ちを隠さず、優亜を睨んでいた。
「は?なにそれ。出さないと時間だけ無駄になるでしょ。黙って待ってるだけで世界は変わんないんだけど」
「そうやってお前が突っ走るから、誰も口挟めないんだよ!」
「“黙ってた”のは自分でしょ?それを人のせいにすんなっての!」
海風が熱を孕んで波音をかき消す中、二人の声が鋭く交差する。
「お前、仲間って言葉の意味わかってんのかよ!?」
「それこそ、お前が決めんなよ!」
声を荒げた瞬間、二人のあいだに砂がふわりと舞い上がった。
その中心に、萌美が立っていた。
「止めて」
静かに、けれど強い調子で言った。
「私たち、“敵”を間違えちゃいけない」
雅也が息を飲み、優亜も睨むようにして口を噤んだ。
「私も怒ったり泣いたりする。でも、全部“点数”が決めたことじゃない。
あんたたちの違いは、問題じゃない。意見って“温度差”があるから意味があるの。
違うままで、並べるようになろうよ」
砂浜に沈黙が戻る。
しばらくして、優亜がぽつんと呟いた。
「……言ってくれるじゃん、“真面目代表”」
「当たり前でしょ。こっちだって、命削って話してんだから」
照れくさそうに言いながら、萌美はちゃぶ台を見た。
模造紙の上に書かれた計画案が、少しずつ――本当に少しずつだが、形を帯び始めていた。
白紙だった計画に、ようやくインクが落ち始めたのだった。
夜。民宿の広間には扇風機の回る音と、どこかの部屋から微かに聞こえる波音だけが満ちていた。
畳の上に円になって座る十人は、今まさに“灰色同盟”のこれからを決める話し合いの真っ只中だった。
「――それで、僕が考えたのは、“点数”の代わりに“ストーリー”を評価軸にしてはどうかという案なんだ」
涼平が模造紙に〈物語ベース〉と太字で書いた。
「シートの点数って、ある一瞬の評価なんだよ。見た目、発言、行動の“瞬間切り取り”。でもさ、物語って“過程”じゃん。たとえば、最初は誰より内向的だった子が、半年後にみんなの前で発言した――それだけで、すごいストーリーが生まれる」
「確かに」
萌美が頷いた。
「点数が低くても、その子にとっては“前進”であることって、いっぱいあるよね」
「そうそう!私、通知表では『空想が多い』って書かれるけど、ぜったい創作力って伸ばすべきポイントなんだよ!」
ほのかが自信満々に手を挙げると、由衣も口を開いた。
「その“物語”って……誰がどうやって記録するの?」
「そこなんだよなぁ」
丈太郎がペンをくるくる回しながらつぶやく。
「たとえば、自分で書く――“私はこういう経緯でこう思った”って。それを第三者が読む。点数じゃなくて“理解”を軸にした仕組みにできたら……」
「じゃあ、それこそ“ストーリーシート”作れば?」
優亜がマーカーを握りながら言った。
「項目とかいらない。自由記述式。感じたことも、迷ったことも、ありのまま。点数じゃないから“嘘”書く意味もないし」
「でも自由すぎると、逆に“提出の価値”が問われるかも」
宏美の指摘に、皆が一瞬考え込む。
その時だった。泰輝が静かに言った。
「“提出”しなくてもいいんじゃない?」
一同が彼を見つめる。
「義務にしたら、また“評価のために書く”ことになる。それって、点数制度と何も変わらない。むしろ、“書かなくてもいい。でも、書いたものは誰かに届くかもしれない”くらいが、ちょうどいいんじゃないかって」
その言葉に、丈太郎の中で何かが腑に落ちた。
義務じゃなくて、選択。強制じゃなくて、自由。
それは、灰色同盟が本当に目指していた在り方だった。
「……“書く自由”か」
丈太郎が繰り返すと、周囲の空気が、ほんのわずか、柔らかくなった気がした。
そのあとも、案は続々と出た。
〈点数代替アイデア〉として模造紙にはこう記された。
ストーリーシート(自由記述)
フリースピーチタイム(学期末に希望者が自分を語る)
評価は“共感”のみ。拍手数でもない
色と音と動きで表現する日
無点数・無記名の合同作品展
気づけば、夜は深まっていた。
「ちょっと外、出ない?」
優亜が不意に言い、数人がぞろぞろと砂浜へ向かった。
民宿の裏手、月が照らす波打ち際。
誰かが焚き火を始め、みんながそれぞれの場所に腰を下ろす。
「ねぇ」
ほのかがぽつりと言った。
「今日って、灰色がちょっとだけ“あったかく”見えた気がする」
誰も返さなかったが、それを否定する者もいなかった。
(/End)
海辺の民宿。そこは町から少し離れた、小さな漁村の外れにある古びた二階建ての建物だった。クーラーのない畳部屋に、ちゃぶ台と扇風機。音のない夏の宿。
「到着ー!荷物、全部で10個!」
豪快に玄関を開けて入ってきたのは、いつものごとく優亜だった。大荷物を両肩に引っ掛け、さらに小さなボストンバッグを口にくわえていた。というか、完全にキャパオーバー。
「……その数、荷物じゃなくて騒音レベルの話じゃないよね」
涼平が苦笑しながら、メンバー表を確認する。
今回の合宿には“灰色同盟”の全メンバー十人が参加していた。
萌美、雅也、宏美、由衣、泰輝、ほのか、優也――そして丈太郎も、いちおう、いるにはいる。
が、その丈太郎は玄関の隅で体育座りをしていた。
「……白紙ってことは、何も決まってないってことだよね……」
「うん。何も決まってないよ」
ほのかが真顔で答える。横で萌美がさらっとフォローを入れた。
「大丈夫。白紙っていうのは、ただの出発点。ここから書き出せばいいの」
「書けるの?」
「書くの。強制」
「強制なの!?」
宿の広間には、すでに涼平が大きな模造紙を何枚も並べていた。
それを囲むように、全員が正座させられている。完全に“学級会”スタイル。
「まず、計画の骨組みから作ろう。誰が、いつ、何を、どう動くのか――
現状の“半年計画”は破棄された。つまり、全員が等しく“ゼロ”から始めるんだ」
雅也が言うと、泰輝が小さく手を挙げた。
「その……俺があの時、黙ってたのが計画の破綻につながったこと、責任は感じてる。でも、今回の合宿では、ちゃんと意見を出すつもり」
その目は真剣で、丈太郎も少しだけ背筋を伸ばした。
「よし。じゃあ、全員で“なぜチェックシートに抗うのか”を、もう一回言葉にしてみよう」
涼平の提案に、しばらく沈黙が落ちる。
その静けさを破ったのは、宏美だった。
「……私は、あの点数制度が、見た目で人を値踏みする道具にしか見えなくて……だから、なくしたい」
「私は、自分のペースで進んでるつもりでも、点数が低いと“遅れてる”って思われる。悔しい」
由衣がぽつりとつぶやく。
それを受けて、ほのかが頷いた。
「……私も、点数の“平均”に合わせることができない。空想してる時間も、あの表ではマイナスだから」
十人のそれぞれが、言葉を重ねていく。
点数で傷ついた瞬間、見落とされた努力、形にできなかった感情。
模造紙の上に、それが次々と書き込まれていった。
模造紙の中央には、次のような言葉が並んでいた。
見た目で決められたくない
無言で過ごす日も「ゼロ」じゃない
努力のペースは人それぞれ
声にならない意志も、ある
その言葉たちは、まるでそれぞれが自分自身を定義し直そうとする叫びのようだった。
「でもさ」
丈太郎がようやく口を開いた。
「僕ら、あの“点数制度”の代わりに何かを提案するってところまで、ちゃんと行けるのかな。闇雲に壊すだけじゃ、説得力ないっていうか……“文句言ってるだけの人たち”で終わっちゃいそうで」
部屋に微妙な間が流れる。
「そこなんだよなぁ」
雅也が頬をかきながら言った。
「建設的じゃないと、学校側も話聞いてくれないしな」
「じゃあ、こうしよう」
優也が静かに、だが凛とした声で言った。
「三つの柱を立てよう。“批判”“代替案”“共感”。この三つがそろわないと、制度は動かせない。批判だけでは誰も動かない。代替案だけでも空想。共感がなければ、孤立する」
「わぁ、急に哲学者みたい」
ほのかがぽつりと漏らしたが、誰も否定しなかった。
「とりあえず、アイデア出してこう」
涼平が新しい模造紙を広げた。
「“点数のない学校生活”って、どんなイメージか、自由に」
その瞬間、優亜が真っ先に書き出した。
「文化祭を“色”で競う」
「自分の色をテーマにした展示」「校内を虹で染める」
「教室の黒板を絵で飾る」「見た目評価なしのファッションデイ」
「評価じゃなく“共感ポイント”」
「無言読書会、無点数セッション、色のない演劇」
気づけば、全員が模造紙にしゃがみこみ、ペンを持っていた。
丈太郎も、しばらくためらったあと――ゆっくりと、一行、書いた。
「灰色でも、全部ある」
その文字を見た優亜が、一瞬目を見開き、それからぽそっと言った。
「……あんた、やっと言ったね。今まで隠してた“自分の色”」
「いや、灰色だから。“色”じゃないよ」
「違う。灰色ってさ、白と黒が混ざってできるでしょ。つまり、何色にもなれる予備軍ってこと。
あたし、それ、最強だと思う」
萌美が隣で微笑んだ。
「なら、“最強の未完成”を、みんなで形にしよう」
夕暮れの帳が海辺を包む頃、宿の広間では模造紙とマーカーペンが散乱していた。
食事の前に一度休憩を、と涼平が提案し、皆は各々の時間を過ごし始めた。
丈太郎は縁側に座って、ゆるやかに沈んでいく夕陽を見ていた。
隣には泰輝が座っている。相変わらず無言だが、静かな気配が心地いい。
「……俺、さっきまで、怖かったんだよ」
ぽつりと丈太郎が言った。
「また、前と同じになるんじゃないかって。俺の“気を使いすぎる癖”が、みんなをかえってバラバラにするんじゃないかって」
泰輝はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「でも今は、違うよね。自分の言葉で“灰色”を書いた。それが、俺には羨ましかった」
丈太郎が泰輝を見ると、彼は少しだけ微笑んでいた。
「……ありがとう」
その一言は、いつも自責と遠慮に揺れていた丈太郎の中から、初めて素直に出てきた言葉だった。
一方、浜辺では別の火種が生まれていた。
「なんであんた、あんなに勝手に案ばっか出すの?」
雅也が苛立ちを隠さず、優亜を睨んでいた。
「は?なにそれ。出さないと時間だけ無駄になるでしょ。黙って待ってるだけで世界は変わんないんだけど」
「そうやってお前が突っ走るから、誰も口挟めないんだよ!」
「“黙ってた”のは自分でしょ?それを人のせいにすんなっての!」
海風が熱を孕んで波音をかき消す中、二人の声が鋭く交差する。
「お前、仲間って言葉の意味わかってんのかよ!?」
「それこそ、お前が決めんなよ!」
声を荒げた瞬間、二人のあいだに砂がふわりと舞い上がった。
その中心に、萌美が立っていた。
「止めて」
静かに、けれど強い調子で言った。
「私たち、“敵”を間違えちゃいけない」
雅也が息を飲み、優亜も睨むようにして口を噤んだ。
「私も怒ったり泣いたりする。でも、全部“点数”が決めたことじゃない。
あんたたちの違いは、問題じゃない。意見って“温度差”があるから意味があるの。
違うままで、並べるようになろうよ」
砂浜に沈黙が戻る。
しばらくして、優亜がぽつんと呟いた。
「……言ってくれるじゃん、“真面目代表”」
「当たり前でしょ。こっちだって、命削って話してんだから」
照れくさそうに言いながら、萌美はちゃぶ台を見た。
模造紙の上に書かれた計画案が、少しずつ――本当に少しずつだが、形を帯び始めていた。
白紙だった計画に、ようやくインクが落ち始めたのだった。
夜。民宿の広間には扇風機の回る音と、どこかの部屋から微かに聞こえる波音だけが満ちていた。
畳の上に円になって座る十人は、今まさに“灰色同盟”のこれからを決める話し合いの真っ只中だった。
「――それで、僕が考えたのは、“点数”の代わりに“ストーリー”を評価軸にしてはどうかという案なんだ」
涼平が模造紙に〈物語ベース〉と太字で書いた。
「シートの点数って、ある一瞬の評価なんだよ。見た目、発言、行動の“瞬間切り取り”。でもさ、物語って“過程”じゃん。たとえば、最初は誰より内向的だった子が、半年後にみんなの前で発言した――それだけで、すごいストーリーが生まれる」
「確かに」
萌美が頷いた。
「点数が低くても、その子にとっては“前進”であることって、いっぱいあるよね」
「そうそう!私、通知表では『空想が多い』って書かれるけど、ぜったい創作力って伸ばすべきポイントなんだよ!」
ほのかが自信満々に手を挙げると、由衣も口を開いた。
「その“物語”って……誰がどうやって記録するの?」
「そこなんだよなぁ」
丈太郎がペンをくるくる回しながらつぶやく。
「たとえば、自分で書く――“私はこういう経緯でこう思った”って。それを第三者が読む。点数じゃなくて“理解”を軸にした仕組みにできたら……」
「じゃあ、それこそ“ストーリーシート”作れば?」
優亜がマーカーを握りながら言った。
「項目とかいらない。自由記述式。感じたことも、迷ったことも、ありのまま。点数じゃないから“嘘”書く意味もないし」
「でも自由すぎると、逆に“提出の価値”が問われるかも」
宏美の指摘に、皆が一瞬考え込む。
その時だった。泰輝が静かに言った。
「“提出”しなくてもいいんじゃない?」
一同が彼を見つめる。
「義務にしたら、また“評価のために書く”ことになる。それって、点数制度と何も変わらない。むしろ、“書かなくてもいい。でも、書いたものは誰かに届くかもしれない”くらいが、ちょうどいいんじゃないかって」
その言葉に、丈太郎の中で何かが腑に落ちた。
義務じゃなくて、選択。強制じゃなくて、自由。
それは、灰色同盟が本当に目指していた在り方だった。
「……“書く自由”か」
丈太郎が繰り返すと、周囲の空気が、ほんのわずか、柔らかくなった気がした。
そのあとも、案は続々と出た。
〈点数代替アイデア〉として模造紙にはこう記された。
ストーリーシート(自由記述)
フリースピーチタイム(学期末に希望者が自分を語る)
評価は“共感”のみ。拍手数でもない
色と音と動きで表現する日
無点数・無記名の合同作品展
気づけば、夜は深まっていた。
「ちょっと外、出ない?」
優亜が不意に言い、数人がぞろぞろと砂浜へ向かった。
民宿の裏手、月が照らす波打ち際。
誰かが焚き火を始め、みんながそれぞれの場所に腰を下ろす。
「ねぇ」
ほのかがぽつりと言った。
「今日って、灰色がちょっとだけ“あったかく”見えた気がする」
誰も返さなかったが、それを否定する者もいなかった。
(/End)



