「成嶋くんってさ、綺麗で落ち着いてて、近寄りがたそうなのに、ああやって口いっぱいに頬張ってるときとか、可愛いよね」
「は? なにそれ。薫がリスみたいってこと?」

 俺がテーブルの方に移動したのと同時についてきた女子たちの会話に耳を傾ける。
 どうやら彼女たちは薫に興味があるらしい。
 俺はなるべく不機嫌な感情が表に出ないように口角を上げると、女子たちの言葉を笑い飛ばした。

「そんな可愛い感じじゃなくね?」
「えー、そうかな。どっちかっていうと綺麗系っていうか可愛い系じゃない?」
「んなことねーと思うけど」

 ……いや、本当はすごく可愛いなって思ってる。
 
 彼女たちが言うように、俺も高校の頃は薫のことを綺麗で落ち着いている男だと思っていた。
 目を引くような美しい顔をしているのに、本人は容姿にも自分自身の魅力にも自信がないのか、常に教室の隅っこにいる。

 お前が気まぐれに微笑んでやれば、クラスの女子たちなんてコロッと落ちるだろうに。

 そう思っていた俺も、まんまと薫の美しさに釘付けになっていた。

 俺は自分でも自覚しているほど、人懐っこい性格だと思っている。裏を返せば寂しがり屋で、常に周りを何かで固めたかった。
 部屋を物で満たしたいのも、熱帯魚を飼いたいと思ったのも、すべて寂しさからくる衝動だった。

 部屋を長時間空けていても大丈夫で、世話にそこまで手がかからないペットを飼いたいと思って、たまたま入ったペットショップで今のベタを見つけた。
 自分の名前と同じ青色。でも媚びない美しさに目を引かれた。

(まるで、アイツみたい)

 高校三年間、クラスが同じだったのに、大学でクラスが一緒になっても教室の端でひとりぽつねんといる薫。
 孤高の美しさすら感じてしまう薫が、なんだか目の前を優雅に泳ぐ熱帯魚と重なる。そんな目の前を左右に横切る熱帯魚も、そこそこ大きな水槽にひとりぼっちだった。

 それから、この魚は闘魚なのだと聞かされ、一匹でいる理由を知った。
 もしかしたら、アイツも何か壁みたいなものを作っていて、ひとりでいるのかもしれないと思った。
 そこにどんな理由があるのかはわからないけれど探ってみたい、近づいてみたい、囲ってみたいと思った。

 そんな気持ちが膨れ上がった頃、神様による運命のいたずらで、薫と言葉を交わせるようになった。
 あの夏の暑さを、今でも鮮明に思い出せる。
 隣の部屋の前でうずくまる影を見たとき、すぐにピンときたほどだ。常に俺の視界の端にいる男をを見間違うはずもなく、気付けば薫に声を掛けていた。

 そうして薫に近づいて、わかったことがいくつかある。
 薫は俺の解釈とたがわず、自信がないみたいで、人と積極的にかかわろうとしなかった。

 高校のときより整えられた頭髪、流行りをおさえた服、そして左耳についているピアス。

 普段は髪を耳にかけないからあまり見えないけれど、変わりたいと願ってイメチェンしたことも知っている。

 もっと自信を持てばいいのに。周りになじんだらいいのに。

 そう思って薫を引っ張り出してきたけれど、いまさらながら俺は後悔している。

 元々のポテンシャルが高いことに加え、薫はじっくり向き合えばとてもいいやつで可愛いところがある。そのことに、みんなが気付いてしまうのが怖かった。

 こんなことなら、俺だけがアイツを囲っておけばよかった。
 きっと、そんなふうに思った瞬間から友愛以上の何かを抱いていたのだ。

 今もアイツのことが気になるし、隣の女子たちなんか放っておいて、薫のところへ走り出したい。できることなら、小さな水槽の中を泳ぐ熱帯魚のように、アイツをなにか小さな箱に閉じ込めてしまいたい。
 これはもう完全に恋する人間の思考だ。いや、そんな綺麗な感情ではない。もっと、ドロドロとした何かだった。

「深谷、アイス食べないの?」
「へ?」
「溶けそうになってるよ」
「うわぁ」

 暑さに負けて溶けたコーンのアイスが、手のひらをべったりと濡らす。
 それがなんだかこびり付いて離れない感情のようで、俺は甘ったるいそれを水で流した。