◇
朝起きて、身支度を整えていたら、あっという間に深谷と約束していた一時になった。インターホンを押せば、どたばたと扉の向こうからものすごい音がして深谷がでてくる。
まだ準備が終わっていないのか、焦った様子の深谷から、部屋の中で待つように言われた。
「深谷が準備してないなんて珍しい……」
「昨日、あれから眠れなくて映画見ちゃってさぁ……」
深谷は口を動かしつつも、クローゼットから引っ張り出した服や日用品を鞄に詰め込んでいる。その様子を横目に、俺は水槽の中を覗き込んだ。
「餌とかってやらなくていいの?」
「だいじょーぶ。週に一回は胃を休めるために餌あげない日を作らなきゃなんないから」
「へぇ、そういうものなんだ……」
自分だったら一食抜いただけで、お腹が空きすぎて体が動かかなくなる。小さな体でありながら、割と燃費がいいのはうらやましい。
「ごめん、お待たせ。いこ」
「もう準備できたの?」
「服とか詰め込むだけだし。それに一日だけなら、そんなに必要な物もないっしょ」
案外、旅行時はミニマムなタイプらしい。
俺の部屋よりも物が多いし、面倒見のよい深谷だから、てっきりいろんなものを用意するタイプだと思っていたけれど、それ以上にめんどくささが勝ってしまうのかもしれない。
身軽なほうがいいからと言って、コンパクトにまとめられたボストンバッグを肩にかけた深谷と一緒に部屋を出た。
「あっちー。てか、もう十月になんのになんでこんなに暑いわけ!?」
「本当に暑いよね……。季節感が狂いそう」
「もう狂ってんだろ。十月に入ったら涼しくてよさそーとか思ったけど、完全に読み外したわ。全然、暑いわ」
季節が進み、暦の上では秋へと移行したものの、日中は今でも半袖で過ごせるほどには暑い。
俺も深谷も駅までの道をひいひい言いながら歩いていく。
ここからキャンプ地がある最寄り駅までは電車で四十分ほどかかる。集合時間に遅れることはないけれど、ギリギリの到着だ。
余裕をもって行動できたら、と昨日までは思っていたけれど、早く現地に着きすぎて汗が噴き出す中、人を待っているのも過酷な気がして、結果的に深谷の家で時間を潰せてよかったかもしれない。
「電車の中は逆に涼しすぎ」
「わかる。でも、気持ちいいかも」
電車に乗り込んだ瞬間、冷やされた空気が体を包み、一気に体内の熱を奪っていく。
汗も引いた頃、運よく目の前の座席が二つ分空いて、深谷と共に座った。
「あと何分ぐらい?」
「三十分ぐらいかな」
「あー、じゃあ、ちょっと寝ていい?」
もちろん大丈夫だと伝えるよりも前に、深谷が腕を組んで目を閉じる。
どうやらよっぽど昨夜は眠れなかったらしい。数分と経たずに寝息を立てはじめた深谷を見て、子どもっぽい寝顔を見せる彼のことを微笑ましく思った。
(俺もちょっとだけ寝ようかな)
目的地へ着くまで何もやることがない。暇つぶしに漫画を読んだり、ゲームをしたりすることもできるけど、これから買い出しやバーベキューなど、イベントが盛りだくさんなことを思うと、体力を温存したかった。
俺も深谷と同じように目を閉じ、電車の揺れに身を任せる。右肩にほんのりとした温かさを感じながら、心地よい睡魔に身を委ねていると、突然肩に重みを感じた。
「深谷……?」
ハッとして隣を見れば、脱力しきった深谷の頭が俺の肩に乗っている。完全に意識は夢の中なのか、そのまま気持ちよさそうに眠っていた。
(ち、近い……!)
整いすぎた顔がすぐ真横にある状況に、どぎまぎしてしまう。
カラーした色が落ちかけているのか、頭のてっぺんが緑っぽくなっている。深谷のほうが背が高いし、わざわざ座っている深谷の頭頂部をじっくり見ることもないから新鮮だ。
脱色しすぎの髪は、本来なら傷んでいてもおかしくないはずなのに、さらさらとしている。
綺麗に染まった濃紺に近い青は、彼の部屋にいる熱帯魚を彷彿とさせた。明るさのトーンは違うけれど、優雅に水の中を泳ぐ姿はどこか深谷に似ている気がする。
(まつ毛も長いし、鼻も高いし、整いすぎてるよな……)
あまり見る機会もないからと、つい真剣に深谷の顔を観察してしまう。
ニキビの跡や毛穴すらなさそうだと思いながら見ていると、大きく電車が揺れて、深谷がふがっ、と間抜けな声を上げた。
「んぇ」
「あ、起きた?」
「俺、寝てた……?」
「少しだけね」
「そっか。つか、もうあとちょっとで着くね」
たった数十分でも眠れてすっきりしたのか、深谷の顔色が良くなっている。
深谷はぐぐっと伸びをすると、乱れた前髪を手で直していた。
「深谷の髪ってさ、あんまり傷んでないよね」
「あー、これ? 脱色しまくってるから、超トリートメント頑張ってるよ」
毛先を弄りながら深谷が言う。彼の努力は嘘ではないのだろう。この前、洗面を借りた時にいろんなクリームやチューブ、スプレーなどがあったから、毎日頑張っているに違いない。
「俺も一度ぐらい、染めてみようかな」
「いや、俺はそのままでいいと思う。せっかく綺麗なのにもったいない」
深谷の手が伸びて来て、頬にかかっていた髪の毛をさらりと撫でられる。まさか触られるとは思ってなくて、体を引いてしまった。
「ずっと思ってたけど、髪さらさらだよね。癖ないし、綺麗な黒髪だし」
「そう、かな。普通だと思うけど。特別ケアとかしてないし」
「ケアしてなくて綺麗とかずりぃわ。つーか、それ普通じゃねーし」
ぱっと手が離れて、深谷が立ち上がる。
どうやら目的地に着いていたようで、俺は慌てて深谷のあとに続いて電車を降りた。
「とうちゃーく!」
遠足ではしゃぐ子どもみたいに、鼻歌交じりに深谷が約束の場所に駆けていく。約束の時間の前だというのに、既にメンバーが揃っていたようで、俺たちが最後だった。
「お、深谷と成嶋じゃん。おつー」
「おつかれー。てか、最後でごめん」
「ううん、時間的には遅刻じゃないし」
「で、このあとどうすんの?」
「このあとはまずキャンプ場いって、手続して、荷物おいたら、すぐ近くのスーパーで買い出し」
今後の段取りについて話す深谷の周りに人が集まり、俺はその後ろに立つだけになる。
買い出し班は深谷と俺の他に、佐藤と七原がいる。
荷物を持つのは重いだろうからと男だけで構成されていた。
基本的な肉や野菜、飲み物などはキャンプ場にあるものの、おそらくそれだけでは足りない。
俺や深谷は未成年だけど、中には一年浪人して入ってきた先輩などもいるため、アルコール類も必要だ。デザートやお菓子の要望もあるため、そういった必要なものをこれから買いに行く予定である。
俺たちはぞろぞろと歩いてバス停へ向かうと、キャンプ場まで直通運転しているバスに乗った。キャンプ場から出ているもので、歩いていけなくもない距離ではあるけれど、この暑い中を歩かなくて済むのは助かる。
バスに揺られること五分、俺たちは目的地であるキャンプ場に着いた。バスから降りると、また熱された空気に包まれる。
だけど、都心から離れた隣県にあるグランピング施設のため、自然豊かで緑が多く、心なしか涼しく思えた。
「結構、いいところじゃん!」
「でしょ? いっぱい写真見て選んだからさぁ」
「テントもでかいし綺麗そう」
グランピン施設とあって、ドーム型の大きなテントが等間隔で並んでいる。そのうちいくつかを予約しており、そのテントの周辺でバーベキューをすることになっていた。
「テント割りは女子と男子で分けてて、ただ細かいとこまで決めてないからあとでな」
「オッケー」
「ひとまず、真ん中のテントを拠点にしよ~」
歩きながら携帯でチェックインを済ませたらしい深谷が先陣を切ってテントの方へ歩いていく。
荷物を置くためだけにテントの中へ入ったけれど、四人とも中に入るなり、感嘆の声を上げた。
「すげー、ベッドある!」
「そりゃあ、グランピングだし」
「ソファとかまであるのすごくね?」
「普通にホテルみたい」
各々感想を言い合いながら、中を見て回る。
ホテルの部屋よりは狭いものの、普通のテントだと思ったら大間違いだ。
部屋には四つのシングルベッドがあり、中央にはラグやクッションが置かれている。端には小さな二人掛け用のソファもあり、かなり充実した作りになっていた。
それになんといっても景色がいい。半分だけ透明になった壁は外の景色を見渡すことができた。
「マジいいとこ取れてよかった! 深谷、いろいろありがとな!」
「どーいたしまして。候補地絞るときはかお……成嶋にも手伝ってもらったし」
「成嶋が……?」
急に水を向けられて、全員の視線がこちらに向く。
絞ったと言っても、深谷がたくさんピックアップしてきた候補地の話を聞き、ここがいいかも、ここは微妙かも、とご飯を食べながら助言しただけだ。ほとんど何もしていないと言っていい。それなのに、みんなから礼を言われるのは変な感じがした。
「ほとんど深谷が決めてたよ。ただ、話を聞いてただけだし……」
「そんなことないって。割と的確なアドバイスだなーって思って聞いてたよ」
まさか参考にされていたとは思わなくて恥ずかしい。
俺は恥ずかしさを誤魔化すように、そろそろ買い出しに行かないと、と周りを急かした。
「そうだった! スーパーは敷地を出て、五分も歩かないところにあるから」
「オッケー。てか、全員でいく必要ある?」
「それな。正直、飲み物とか菓子類だけなら人いらないし、酒が買える俺と、あと七原とで行ってくるよ」
自ら買い出し役をかってくれたのは、浪人していてひとつ上の佐藤だった。
ひとつ上ではあるものの気さくな性格で、先輩風を吹かすこともなく、誰とでも分け隔てなく接してくれる。
佐藤に選ばれた七原は深谷と非常に仲がよく、こうして深谷と行動を共にする前から彼の隣によくいた。彼も深谷と同じタイプで、クラスの中心にいるような性格だ。
彼も快く買い出しに行くといってくれて、結局俺と深谷がテントに残ることになった。
「じゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
二人を見送り、俺たちはこれからやってくるであろうみんなをアテンドするということで、施設の全体を管理する建物に向かった。
「ここ、温泉もあんのヤバくね?」
「そうなの?」
「この管理棟の中にあって、宿泊者は利用できるから、夜になったら行こー」
施設を管理する棟には、入浴施設やトイレ、自販機などが揃っている。どうしても管理棟の中で飲み物や軽食を揃えるとなると割高になるため、最初はスーパーへ行くことになったけれど、どうしてものときはここでも最低限のものは購入することができる。
テントも綺麗だったけれど、管理棟もしっかり手入れされており十分綺麗だ。きっとこれなら女子たちも喜ぶだろう。
そんなことを思いながら、深谷と施設のことについて教えてもらっていると、ぞくぞくと参加メンバーがやってきた。
「おっす、深谷!」
「お、きたきた」
どんどんバスから人が降りて来て、あっという間にエントランスがいっぱいになる。誰が来たのかをチェックし終わった人たちからテントの方へ案内することになった。
「テントは一番奥の一番から五番までで、三番は俺たちの荷物が入ってるからそこ以外ならどこでも大丈夫だよ」
「オッケー、成嶋くんありがとう」
「てか、成嶋と初めて喋ったかも」
今まで同じクラスだったのに、ほとんど関りのなかった人ともアテンドを通じて言葉を交わせるようになっている。
気付いたら緊張も解けていて、全員アテンドしきったところで、買い出し組も戻ってきた。
「俺たちも戻ろっか」
「うん」
深谷と二人でテントの方に移動すれば、既にバーべーキュー準備班が食材などを切り始めている。
野菜や肉などは用意されているけれど、基本調理は自分たちで行うスタイルだ。炊事場があるため、そこで食材を切ったり、使った調理道具を洗ったりすることができる。
食事のあとはそのままにしておいても良いらしいけれど、最低限、火の始末と食器などを炊事場に移動することだけは求められている。
それでも通常のキャンプとは違い、特別な準備をすることなくバーベキューを楽しめるのは気楽だった。
「あ、俺、切るの手伝おっか?」
炊事場に顔をのぞかせた深谷が、早速包丁を握っている。
みんな深谷が料理できることを知らなかったのか、華麗な包丁さばきに見惚れていた。特に女子に至っては深谷にべったりだ。
(俺はなにしようかな……)
全員、ひとり一役与えられているため、俺の役割は買い出しですべて終わってしまった。その買い出しもせず、結局はアテンド係になってしまったけれど、それ以外は特にやることがない。
キャンプ場の周りは自然豊かでハイキングコースにもなっており散歩もできるけれど、さすがにこの状況で何も手伝わないわけにはいかない。
さて、何をしようかと手持ち無沙汰にしていると、火おこしをしているチームから声がかかった。
「成嶋ー! 火つけるの手伝ってくれ!」
声をかけてくれたのは、先ほど俺と初めて喋ると言っていた小野瀬だ。俺はバーベキューコンロまで向かうと、小野瀬からうちわを受け取った。
「ここ、一緒に扇いでもらえる?」
「わかった」
ぱたぱたと炭に風を送り、火を大きくしていく。なるべく燃えた炭が舞わないよう、だけど火が大きくなるように注意深く扇いでいると、すぐに火が大きくなった。
「成嶋うまいじゃん。バーベキューとかよく家でやってた?」
「いや、全然。適当だよ」
「へ~。じゃあ、隣も頼むわ」
このコンロは問題ないだろうと判断して、隣のコンロに移り、同じように火を大きくしていく。
夢中になってうちわを扇いでいると、じっと小野瀬から見られていることに気が付いた。
「えーっと、なに? 俺の顔になんかついてる?」
「いや、何もついてない。ただ、深谷とタイプ違うよなって思って」
「深谷?」
「最近、一緒にいるじゃん?」
「あー……それは深谷と同じマンションに住んでるから、かな」
「そうなの!?」
「たまたま隣同士でさ。笑っちゃうよね、俺たち高校も同じで、クラスも三年間同じだったのに、部屋が隣同士だって気付くまでほとんど話したこともなくて」
「マジ?」
驚きすぎて、うちわを扇ぐ小野瀬の手が止まっている。二人とも手を止めてしまったせいか、火種が小さくなっていて、それに気づいた俺は慌てて手を動かした。
「そういやぁ、深谷が成嶋と高校一緒とか言ってたな……。てか、アイツって、高校からあんな感じなの?」
「あんな感じって?」
「ほら炊事場」
小野瀬が顎で炊事場を指す。視線を向けると、先ほどと変わらず女子に囲まれていた。
「あー……そうだね。高校からモテてたよ」
「いーなー、うらやましい。ま、アイツいいやつだからモテるのわかるけど。てか、アイツって彼女とかいないの?」
「さぁ? 聞いたことないかも。高校のときはいろんな噂があったけど……」
もしかしたら今も俺が知らないだけで深谷にも彼女がいるかもしれない。深谷の隣に、見たことすらない彼女がいるのを想像して、なぜか胸が痛んだ。
「じゃあ、成嶋は?」
「俺?」
「お前も綺麗系枠だろ! とぼけんなよ、くそっ」
小野瀬が悔しそうに歯嚙みする。
昔から顔だけは綺麗だと言われるけれど、この人見知りな性格と自信のなさゆえに、男女問わず人が寄ってこない。それを少しでも変えたくて今日もキャンプに参加しているけれど、実際、うまくなじめているかはわからなかった。
「彼女のひとりやふたり、いてもおかしくないだろ」
「ひとりやふたりって……。いないよ、そんなの」
「マジ? よかった、安心した……じゃねぇわ。むしろ誰かのものであってほしかったわ。貴重な一枠のためにも」
「なにそれ」
面白いことを言う小野瀬に、プッと吹き出してしまう。すると、それを見た小野瀬が笑うなー! と騒ぎ立てた。
「マジで死活問題なんだからな。冬までには彼女ほしいじゃん」
「冬まで? なんで?」
「クリスマスをひとりで過ごしたくないから」
「あぁ……」
それはそうかも、と憐みの目を向ける。
自分はひとりだろうが気にしないけれど、気にする人は気にするだろうなと思った。もしかしたら、深谷も気にするかもしれない。
「気になる子とかは?」
「へ?」
「だから気になる子。うちのクラス、可愛い子も結構いるし、そういう相手はいないわけ?」
小野瀬に言われて、周りに目を向ける。
恋愛に興味がないわけじゃない。人並みに恋だってしたいと思う。
だけど、自分の興味に反して、異性と会話することが苦手だった。そもそも同性であっても、仲がいい人でないと緊張する。
いまだって本当は受け答えに問題がないか考えてしまうほどだ。開放的なシチュエーションと自分なりに頑張りたいと思う気持ちがあるから小野瀬とスムーズに話せているものの、きっとまた日常に戻れば、俺は大学の廊下ですれ違っても気づかないふりをしてしまうだろう。
それくらい、人とのかかわりが苦手だった。
「いないよ、そんな人」
「本当に?」
「いたとしても、そんな簡単に言わないよ」
「えー、教えてよ。俺も気になるー!」
突然、小野瀬と俺の隣に割って入ってきた深谷に驚いて、猫みたいに後ろに飛び跳ねる。
深谷は俺を見てニコニコと笑うと、教えてよと笑顔で迫ってきた。
「本当にいないから」
「ふーん」
「てか、深谷はなんで来たわけ?」
「材料ぜんぶ切れたから。予定よりちょっと早いけどバーベキューしようかなって」
予定では、バーベキューの開始時刻は五時からだった。明るいうちから始めた方が見やすいし、夜のレクリエーション時間も長くなるからということで、早めになったのだ。
携帯で時間を確認する限り、今は四時半だから三十分早い。
でもみんな早く肉を焼きたいと言っていて、じゅうじゅうと焼かれた肉や野菜の音を想像して、俺のお腹もぐうと鳴った。
「よし、今からバーベキュー開始~! ってことで、どんどん焼いてけ!」
深谷の合図で、べーべキューコンロに人が集まってくる。
深谷がいる影響か、俺の周りは一気に女子だらけになってしまった。肩身の狭さを感じて、別のところへ移動しようと思うのに、深谷は女子ではなく俺に話かけてくる。
おまけにどんどん肉や野菜を皿に盛られるから食べることに必死だ。もぐもぐと口を動かしながら深谷の話に相槌を打っていると、トングを持った他の女子に焼けた肉を皿に盛られた。
「なんだか、リスみたいで可愛いー」
「わかる。成嶋くんってツンとしてそうなのに、ちょっと可愛いところがあるっていうか」
「そんなことはないと思うけど……」
誰も自分に触れないように空気を決め込んでいたのに、急に話題がこちらに飛んできて、途端に口の中のものの味がわからなくなる。
ひとりに話しかけられたのを皮切りに女子たちに囲まれてしまって、どうしていいかわからなくなった。
「そうそう。前に連絡先教えてって言ったじゃん? グループのところから探して連絡先を追加してもいい?」
「えっと……」
「あ、私も!」
「成嶋くんと仲良くしたいし」
そう言われると断りづらい。別に嫌なわけでもないし、と思っていると、突然深谷が輪の中に入ってきた。
「ほら、肉焦げるから食えって」
「もういらなーい。デザート食べたい」
「デザートならテーブルの上の保冷バッグにあるって」
「やった! 取って来る。てか、深谷も行こうよ」
「はいはい」
一気に深谷が話題をさらっていって、女子たちと一緒にコンロの前を離れていく。
既にコンロの前にはあまり人がおらず、ある程度お腹が満ちた人たちは近くの椅子に座ってのんびりしていた。かと思えば、先輩組は酔っているのか騒いでいる。
俺は女子たちに連れられていった深谷の背を見ながら、人知れず溜め息をついた。
(やっぱ、深谷もモテたいのかな)
わざとらしく割って入ってきたぐらいだ。深谷も小野瀬と同じように女子たちと仲良くしたい気持ちがあるのだろう。
深瀬の場合、女子に媚びを売らずとも勝手にモテそうではあるけれど。
(俺、なんでこんなにモヤモヤしてるんだろ……)
胸の奥底に生まれた重たく濁った気持ちに首を傾げながら、山盛りに盛られた肉や野菜を口に運ぶ。
口に食べ物を突っ込み、不快感を押し込めると、深谷の後ろ姿が視界に入らないよう、わざと背を向けた。

