眩しすぎる光が瞼の上を焼く。煩わしさに眉を寄せるも、すぐにここが自分の部屋ではないことを思い出して飛び起きた。

「やば、寝すぎた!」

 勢いよく体を起こし、腹に掛けられていた薄いブランケットを剥ぐ。すると、俺の声に気付いたのか、キッチンの方から深谷がひょこっと顔を出した。

「あ、起きた。おはよー」
「……おはよう」
「ぐっすりだったね」
「嘘……。いま何時?」
「もうすぐ十二時」

 深谷から時間を聞いて、想像していたよりもはるかに遅すぎる時間に心臓が止まりそうになった。

 最悪だ。完全にやってしまった。さほど親しくもない他人の家で眠りこけるなんて。しかも、昨日から食事を出され、寝床を用意され、まさに至れり尽くせり状態。面の皮が厚いにもほどがある。

 俺は顔面蒼白になりながらも、急いでブランケットをたたみ、クッションを端に寄せた。

「ごめん、深谷! すぐ帰るから!」
「んなすぐ帰んなくていーって。つか、飯食ってく? あと、バ先行くなら顔洗った方がいいと思うけど?」

 冷静な深谷にもっともな指摘を受け、一度深呼吸をする。
 重ね重ね、迷惑をかけて申し訳ないと思いつつも、洗面を借りたい旨を伝えた。

「あの、顔を洗ってもいいでしょうか?」
「なんで敬語になってんの? まぁ、いいけど。タオル出すから待ってて」
「いや、そこまでは……」
「自然乾燥はきつくね?」

 深谷に真っ白なタオルを手渡され、風呂の中にある洗面に案内される。

 このマンションはトイレと風呂はかろうじて分かれているものの独立洗面台はなく、風呂の中に洗面がある作りになっている。同じ部屋だからよく分かるが、俺の場合、面倒さが勝ってしまい、キッチンで顔を洗うことも多い。
 だけど、深谷はしっかり洗面台を使っているらしく、空いているスペースには、いくつかスキンケア用のボトルが置かれていた。

 俺は水だけで顔を洗い、タオルで軽く水気を拭う。使ったタオルは洗濯機の中に放り込んでいいと言われたため、申し訳なく思いつつも言われた通り洗濯機の中に入れた。

「ほら、朝食っつーか、昼飯もできたし」

 二枚の皿を持つ深谷に有無を言わさず部屋へと逆戻りさせられるも、昨日と同じくいい匂いにつられて口内に唾液が溜まる。
 深谷が昼食として用意してくれたのは、目玉焼きとベーコンが乗ったトーストだった。

「昼までごめん……」
「ついでだって。あ、そうだ。飲み物、コーヒーでいい?」
「深谷と同じもので大丈夫です」
「オッケー」

 冷蔵庫から取り出したらしいアイスコーヒーをグラスに注ぎ、再び深谷が俺の分まで持ってきてくれる。
 実家にいるときよりも好待遇を受けて、俺はますます肩身が狭くなった。というより、部屋の鍵をバイト先に忘れた愚かな同級生に対し、ここまで尽くしてくれる理由がわからない。面倒見の鬼では? と思ってしまうほど、深谷はなんでも俺に与えてくれた。

「深谷ってさ、面倒見よすぎじゃない?」
「そーお? まぁ、俺も人を選んでやるけど。ほら、これから成嶋とは隣人になるわけだし。何かあったときに助けてもらうかもしんねーじゃん。それこそ、俺が家の鍵をなくしたときは成嶋の家にいれてよ」
「それはもちろん」

 軽薄そうでいい加減な男に見えて、案外しっかりしている深谷のことだ。そもそも鍵をなくすことなんてなさそうだと思いながらも、もしものときは深谷を家に入れてあげようと心に決める。

 それから深谷に出されたトーストをかじった俺は、またしても「うまっ!」と感想を口にしていた。

「うまいでしょ。粒マスタードとマジックソルト使ってんだー。あとバターもしっかり塗ってるし」
「へぇ、はじめて食べた」
「ただバター塗って塩だけだとパンチないし、ケチャップもありきたりじゃん?」
「そういうもの?」
「そういうもの。なんでも工夫は大事ってこと」

 自分で焼いて食べるトーストよりもはるかに美味しいトーストをぺろりと平らげ、コーヒーまでしっかりごちそうになる。
 昨夜、夜食をたべたことを考慮してなのか昼食としては十分な量で、適度に腹が満たされた俺は、起きてから一時間近く経ってようやく深谷の家を出ることにした。

「それじゃあ、今度こそ行くよ」
「うん、気を付けて」
「今日は本当にありがとう。泊めてくれたばかりか、ご飯まで……」
「どういたしまして。てか、今度は鍵なくしたーとかじゃなくて普通に来てよ。隣なんだし、いつ来てくれてもいいから」
「そういうわけにもいかないよ」
「ま、気が向いたらおいで」
「……うん」

 深谷に見送られる形で部屋を出て、そのまま学生マンションの階段を下りていく。

 今日も日差しが強く、もうすぐ九月になろうかという時期でも、強烈な太陽光が脳天を刺す。
 汗だって家を出た瞬間から噴き出したというのに、不思議と昨日の夜よりも不快感は少なかった。むしろ、昨夜の冷や汗のほうがよっぽど背中をべったりと濡らした。

「早く、鍵をとってこなくちゃ……」

 蜃気楼すらゆらめくアスファルトを見ながら、俺はいつもより軽やかな足取りでバイト先へ続く道を歩いた。