近くて見えない隣の青


 ◇

 深谷への気持ちを自覚してから一週間。同じくクリスマスまで、あと一週間と日が迫っていた。

 俺も深谷も相変わらずで、彼は猛アピールしてくるし、俺は俺でそのアピールを素直に受け止めきれずにいる。
 照れくささの方が勝ってしまって、最近ではつっけんどんな態度をとっているような気もするけれど、深谷はあまり気になっていないらしい。
 むしろ、可愛いと言われる始末で、深谷のことがよくわからなかった。

 時折、俺のことを心底好きなのだと、愛おしい目で見つめられるとき、実は俺の恋心までも見透かしているのではないかと思ってしまうときがある。
 恥ずかしさのあまり俺が深谷のことを突っぱねかけても彼は笑うばかりで、むしろさらにこちらを追い詰めようとしてくるからだ。

 そんな謎の攻防を繰り返しているうちに、クリスマスも近づいてきてしまう。

 俺の目下の悩みは、クリスマスのことを一切話題に出そうとしない深谷のことだった。

(蒼は俺のこと、誘うつもりないのかな……)

 ぐいぐい押してくるくせに、肝心なところでは引くタイプなのか、それともこちらの出方を窺っているのか、深谷は俺の前でクリスマスの話題を振ってこない。
 バイトの休憩中に、他のメンバーたちとクリスマスについて話しているのを聞いたから、気にならないわけではないだろうに、俺には何も言ってこなかった。

(誘ってくれたら、すぐにでもオーケーするのに……)

 バイト終わり、今日も深谷より半歩後ろを歩きながらそんなことを思う。
 いつもと変わらない話をし続ける深谷に対し、じれったく思うほどだ。
 そうこうしているうちにマンションへと着いてしまい、俺はなかなか自分の部屋に入れなかった。

「どったの薫。またロッカーに鍵忘れちゃった?」

 なかなか部屋に入ろうとしない俺を心配してなのか、深谷が過去のことを持ち出して茶化してくる。
 こうなったら、自分で誘うしかない。

(そうだ、自分で誘えばいいんだ)

 いつも深谷からのアクションを待ってばかりで、俺はそれに甘えてばかりだ。
 相手のことを想う気持ちは俺だって同じ。ならば、今度は俺がアピールしなければ。

 そう思い至った俺は、深谷のほうにくるりと体を向けた。

「あのさ、蒼」
「ん?」
「週末の、ことなんだけど……」

 たった一言、クリスマスを一緒に過ごしたいと伝えればいいだけなのに声が震える。
 俺は一度深呼吸をすると、ぐっと拳に力を込めた。

「もし、クリスマスイブの日、予定がなかったら、俺と……一緒に過ごしてほしい、です」

 緊張のあまり堅苦しい言い方になってしまって、情けなさに下唇を噛んで俯く。
 もっと軽いノリで言えたら深谷の負担にもならないだろうし、他の予定があっても断りやすかっただろうに、これでは重すぎだ。
 それでも深谷の反応が見たくてそっと顔を上げたら、深谷が顔を真っ赤にしていた。

「えっと……蒼?」
「本当に、いいの?」
「へ?」
「俺と一緒に過ごしてくれんの?」

 真っ赤な顔のまま深谷が尋ねてきて、その珍しい表情に目が離せないままこくこくと頷く。すると、あっという間に体を引き寄せられ、深谷にぎゅうっと抱き締められていた。

「マジで嬉しい。叫び出しそう」
「叫んだら近所迷惑になっちゃうよ……」
「それだけ嬉しいってこと!」

 子どもみたいにはしゃぐ深谷に、ひとまず断られなかったと安堵する。
 そんなに喜んでくれるならと、俺はその場の思い付きでクリスマスイブの日は自分の部屋で過ごしたいことを伝えた。

「ヤバイ、なんか夢見てるみてぇ……」
「夢じゃないよ。てか、喜びすぎだって」
「それぐらい嬉しいんだもん。てかさ、薫の部屋で、クリスマスに二人で、って、期待してもいいってこと?」

 耳元で囁かれて、ひゅっ、と息を呑む。
 そんなつもりはなかったけれど、結果的にそうなってしまったことに気付いて、今度は俺の顔が赤くなる番だった。

「ね、どうなの?」
「そ、れは……」

 今は顔を見られたくないのに、体を離されてしまって、真っ赤な顔が深谷にバレてしまう。
 深谷はにんまりと満足そうに笑うと、俺の髪をさらさらと撫でた。

「めっちゃ期待しとくから」
「うっ……」

 念押しのようにトドメを刺されて、うまい言葉が見つからない。
 地蔵みたいに固まってしまう俺を見て、深谷はなおも嬉しそうに笑うと、おやすみ~と言って、部屋に入ってしまった。
 ばたんと閉まる扉を見つめ、張り詰めていた息を吐きだす。

 期待してもいいよ、って言ったらどんな反応を見せてくれたんだろう。

 もしかしたら今以上に喜んでくれたのかもしれないと想像を膨らませながら、のろのろと扉を開け、部屋に転がり込む。

「クリスマスの準備、しないと……」

 今から週末のことを想像して、俺は甘ったるい息を吐いた。

 ◇

 クリスマスまでに残された時間は少ししかない。
 俺は、大学の講義や課題、バイトをこなしながらも、ネットで調べた情報を駆使して、少しでも深谷に楽しんでもらえるようクリスマスの準備を始めた。

 まずは少しでもクリスマス気分を味わってもらおうと飾り付けを用意し、ひとりで部屋の壁を飾る。貼ってはがせるタイプのウォールシールや使い捨てのカトラリーを買えば、ひとまずクリスマスっぽくなった。
 だけど、問題は料理だ。
 できれば、すべて買った物ではなく、深谷にも自分の手料理を食べてもらいたい。
 そんなことを思って料理を始めたけれど、一朝一夕で身に着くスキルではなかった。そもそも、包丁すら握ったことがないのだ。
 いつもお湯を沸かすか、レンジでチンするか、鍋で袋麺をつくるかのどれかである。
 味付けだってよく分からず、毎日練習してはまずい料理を食べる毎日。

 たった数日で料理のスキルがプロ並みになるわけもなく、俺は深谷との約束の時間を前にして、泣きそうになっていた。

(どうしよう、焦げまくってるんだけど……)

 シチューを作ろうとしてぐるぐる鍋底を回していたけれど、火加減がわからず焦がしてしまった。おまけにオーブン設定にして電子レンジで焼いた鶏肉も表面が焦げ付いている。
 そもそも野菜を切るときに手を切ってしまい、数日分の蓄積をあって、指先がボロボロだった。
 大学やバイト先で会った深谷にも指先のことは心配されていて、そろそろ紙で手を切ったという言い訳も苦しくなってきた頃にこれだ。
 今日、新たな切り傷を作ってしまい、とてもじゃないけれど、彼に見せられる状況ではなかった。

(とりあえず部屋を換気して、焦げ臭いにおいを逃がして……)

 料理とは別のことでも時間を使ってしまい、泣きそうになってくる。
 こんなことなら変にこだわらず、すべて買ってきてしまえばよかった。それか、外でご飯を食べに行けばよかった。
 このままでは深谷を家に上げることができない。
 今からでも別のプランを提案して――と、アレコレ考えていたときだった。
 無情にもインターホンが鳴ってしまった。

「こんばんは、薫。ちょっと早いけど来ちゃった」

 部屋の中が見られないよう、そーっと扉を開き、顔だけを廊下に突き出す。
 俺は申し訳なさをおぼえながらも僅かな隙間から体を滑らせると、後ろ手で扉を閉めて廊下に出た。

「どったの、薫」
「えーっとその、今日、なんだけど……」

 楽しみにしてくれたのに、やっぱり部屋でクリスマスパーティーはできない、とは言いづらい。
 俺は震える声で、ごめん、と一言口にすると、深谷の顔を見ずに頭を下げた。

「俺の家でクリスマスパーティーはできないかも……」
「そうなの? じゃあ、俺んちにする?」

 特に深く追求することなく、あっさりと代案を出されてしまい、俺は拍子抜けしてしまう。てっきりもっと何か言われるかと思っていたため、俺はどうして、と声に出していた。

「だって、たくさん頑張ってくれたんでしょ?」
「え?」
「その手、頑張ってくれたからこそのケガなのかなーって。それに、なんか焦げ臭いし」

 どうやら部屋に入らずとも、深谷にはすべてバレているらしい。さっと手を隠したけれども、すぐに両手を掴まれた。

「こんなに頑張ってくれたんだもん、それだけで嬉しい」

 だから気にしないで、と俺を抱き締める深谷の温かさに、今後は別の意味で涙が出そうになる。

 だから、俺は――

「好き」

 ぽろりと口をついて出た言葉に、自分でもびっくりして目を見開いた。

「薫、いま……」

 バッと勢いよく体を離されて、まじまじと顔を見つめられる。自分でもパニックになってしまって、口をぱくぱく開くことしかできなかった。

「好きって、それ、俺と同じ好きってこと?」
「……」
「ねーぇ、かーおーるー」

 言い逃げは許さないとばかりに迫られて、どうしていいかわからず視線をさ迷わせる。俺は、どうにでもなれ、という気持ちで、やけくそになって叫んだ。

「そうだよ! 蒼と同じ好きだから!」

 ここが廊下であることも忘れて高らかに宣言すれば、破顔した深谷にぎゅうっと抱き締められた。

「俺も! 薫のことがすっげー好き!」

 その場でくるくると抱き締めながら回られて、どさくさに紛れて頬にキスをされる。びっくりして目を白黒させていたら、もう一度頬にキスを落とされた。

「ちょ、いま、なに、して」

 羞恥と驚きで言葉がうまく紡げない。しどろもどろになる俺を見て深谷は目を細めて笑うと、頬を撫でる指をスライドさせて唇の上を撫でた。

「あとで、ここもらうね」
「は、」
「クリスマスプレゼント、ってことで」

 そんなのは聞いてない、と反論するよりも早く腰を抱かれ、部屋の扉を開かれる。

 焦げ付いた匂いと、精一杯頑張って飾り付けた賑やかな部屋。
 扉が閉まれば二人だけの世界で、俺は初めてできた愛しい恋人と、初めての温かな夜を過ごすことになる。