本格的な冬の足音が近づいている。
 師走とはよく言ったもので、バイト先もいつもより客足が伸び、忙しかった。
 そんな中、俺は大学からバイトへ行く道すがら、時間を潰すために近くのカフェに入る。バイト先のようなカフェとは違い、リーズナブルかつ全国どこにでもあるチェーン店だ。
 そこでコーヒーと軽食を買うと、いそいそとタブレットを取り出した。

 年が明けると、後期試験がやってくる。冬休みを経て数週間と経たずにテスト期間となり、そのあとすぐに長い春休みに突入するのだ。うかうかしていると、勉強が間に合わなくなる。
 試験はペーパーテストである場合とレポートである場合があり、早いところではレポートのテーマが出題されている。
 余裕を持って取り組もうと思っていた俺は、レジュメや参考図書などを開きながら、タブレットでレポートを書き始めた。

(案外、時間がかかりそうだな……)

 思いの外、テーマが難しく、レジュメや参考図書をペラペラとめくる手が止まる。これは冬休みも作業しないといけないなぁ、と思いつつコーヒーを飲んでいると、近くのテーブルから話し声が聞こえてきた。
 どうやら、女子高校生たちが恋愛相談しているようだ。

「もうすぐクリスマスだし、好きな子を誘ってみようかな」

 そんな大胆な発言から会話が始まり、きゃあきゃあと己の恋バナに話を咲かせている。
 つい意識がそちらに逸れてしまって、気付いたら彼女たちの話を真剣に聞いていた。

「早くしないと向こうの予定が埋まっちゃうよ」
「そうだけどさぁ。でも、断られるかもしれないし……」
「二人ともいい感じなんだし、絶対断られないって!」
「でも……」

 付き合う前特有の、甘酸っぱい関係に頭を悩ませているようで、意中の相手を誘おうか悩む姿は微笑ましい。
 そういえば、深谷はクリスマスをどう過ごすのだろうかと思って、何気なくタブレットでカレンダーを開いた。今年はクリスマスイブもクリスマスもどちらも土日で大学はない。
 バイトはあるけれど、確か深谷はどちらも空いていたはずだ。俺は二十五日の夜だけシフトを入れているけれど、前日の二十四日は休みだ。
 みんなバイトを嫌がるものかと思っていたけれど、ひとりで過ごすクリスマスの方がみじめな気持ちになるからと経験豊富な先輩たちは先にシフトを入れていたのを思い出す。シフト決めのとき、そこまで深く考えていなかった俺は、適当に人数が入っていないところを選んで希望を出した。

(蒼はどうするつもりなんだろう……)

 みんなクリスマスは特別な人と過ごしたい気持ちがあるのか、最近はどこへ行ってもこの手の話題を耳にする。
 二日も空けているのだ、何か予定があるのかもしれないと思って、もしそれが俺以外の人間と過ごす予定だったら、と想像して胸が苦しくなった。

「このまま何もしないで、他の人に取られてもいいの!?」

 ふと、耳が彼女たちの声を拾ってしまい、嫌な想像で頭がいっぱいになってしまう。
 友人に指摘された女子高生は、うぅ、っと呻ると、嫌だ、と首を振った。

「彼のことが好きだもん、一緒に過ごしたい」

 そう強く言い切った彼女の言葉にハッとさせられる。
 
(俺も、蒼と一緒に過ごしたい……)

 そんなふうに思うということは、俺も深谷のことをそういう意味で好きなのではないだろうか。
 誰かに取られたくないと思うのも、同じ時間を過ごしたいと思うの、ぜんぶ、深谷が好きなのだとしたら――。

「……っ!」

 気持ちを自覚した途端、急に今までの感情がすべて深谷への恋心だったことに気付いて、頬が熱くなっていく。
 友だちとして一番に、という感情すら、恋心を拗らせたものなのではないかと自覚して、俺は机に突っ伏した。

(どうしよう。俺、蒼のこと……)

 ドッ、ドッ、と体の内側から大きな音がする。鼓膜の裏に心臓が張り付いているみたいだ。
 今日はこれからバイトで、深谷も一緒なのに、一体どんな顔で会えばいいのか。
 そんなことを悶々と考えているうちに時間は過ぎ、結局レポートは数行も進まないまま、俺は店に向かった。
 早めに大学を出たのに、これではむしろ遅刻気味だと思いながら裏口へ急いで向かい扉を開ける。
 すると、ちょうど深谷も来たところだったのか、扉を開けてすぐのところに彼の後ろ姿があった。

「あ、薫だー。いつも、早いのに今日はギリギリじゃん」
「……」
「どした? なんか俺の顔についてる?」

 俺の頭を悩ます張本人とこんなにも早く出くわしてしまうとは思わず、口をぱくぱくさせる。
 深谷はこてんと首を傾げながらも、おーいと俺の眼前で手を振った。

「生きてる?」
「い、生きてるよ。考え事してただけっ!」
「それならいーけど。なにか悩み事?」
「……大したことじゃないよ」

 そんなつもりはなかったのに素っ気ない言い方になってしまって、心の中で後悔する。でも、深谷は気にしていないようで、ふーん、と相槌を打つのみだった。

「あ、二人とも来てるね。早く持ち場に入って!」
「はい」
「はーい」

 どうやら店の中は戦場らしい。立ち話もそこそこに俺たちはすぐさま着替えると、持ち場についた。
 てきぱきと仕事をこなしながらも、深谷のことが気になって、つい目で追ってしまう。深谷も深谷で、俺と目が合うと、にこっと柔らかく笑うから、心臓がもちそうになかった。

(あんなふうに笑うのはずるすぎ……!)

 好きだと自覚したからこそ、深谷から向けられる好意で胸焼けしそうになる。

(やっぱり俺は、蒼のことが好きなんだ……)

 自覚したばかりの恋心が、心臓の奥深くまで根を張っているのだと気づいたときには、すでに俺の気持ちは弾けんばかりに育ちきっていた。