近くて見えない隣の青

 楽しかったキャンプも終わり、それからすぐに日常が戻ってきた。
 以前よりも語学クラスの仲が深まり、いまでは俺もいろんな人と話せるようになっている。テントで同じだった佐藤や七原とは特によく話すようになった。
 このクラスのメンバーとも一年の後期が終われば散り散りになってしまうのが今から少し寂しい。

「うっしゃ、今日も授業終わったー! 次のコマまで空きあるし、学食行こーぜ」

 講義終わりに深谷から誘われて、二人で学食まで歩いていく。
 いまは二限が始まる時間で、学食を利用する人もほぼいないから、席は選び放題だ。そしてレジもかなり空いている。
 俺は提供メニューを見ながら好きなものを注文して料理を受け取ると、窓際のテーブルに座った。だけど、先にレジを通し、水を汲んでくると言って席を立った深谷がなかなか戻ってこない。
 一体どこへ、と思って探していると、掲示板の前で立っていることに気付いた。

「なにしてるの?」

 水を持ったまま掲示板を眺める深谷の隣に立つ。
 この館にある学食には掲示板があり、サークル勧誘のチラシや学内バイトの募集要項が貼れている。
 どうやら深谷が熱心に見ていたのはバイトの募集要項だった。

「バイト、探してるの?」
「うーん、そろそろ始めてもいいかなって」
「一人暮らしはじめて結構経つもんね」

 深谷が一人暮らしを始めたのは二か月前の八月からだ。生活にも慣れた頃だろうし、そろそろバイトを始めてもいい時期だろう。
 深谷は張り紙を見ながら、うーんと呻っていた。

「でもなー、ここにあるやつ、いまいちピンとこねぇ」

 深谷が文句を零すのもよくわかる。
 学内バイトや近隣のバイト情報は、あまり時給が高くないことが多い。それに学内にあるコンビニやカフェのバイトは争奪戦になることも多く、この張り紙が出された瞬間には埋まっていることもある。
 時給は高くないものの、キャンパス内にあるため通いやすいという理由で人気なのだ。
 時給を取るか、通いやすさを取るか。人によるけれど、深谷は時給を選んだようだ。

「もし本気でバイトしたいなら、うちを紹介しようか?」
「マジ!?」
「うん。深谷ならキッチンやれそうだし、重宝すると思う。それにクローズまでのシフトが足りないって店長が言ってたから」

 どうしても深夜帯になると、防犯的な面で女性のアルバイターが減る。その分、男でカバーしているけれど、タイミングによっては人手が足りず、連勤になることもあった。
 だから、深谷を紹介すればすぐに採用してくれるだろう。愛想も良く、料理の腕もいいとなればなおさらだった。

「そのバイト先、紹介して!」
「もちろん」

 二人で席に戻り、学食を食べながらバイト先のことについて話す。
 深谷は乗り気なようで、早速面接したいと言っていた。

「店長に話は通しておくよ」
「サンキュー。楽しみだわ」

 きっと深谷ならカフェの制服も着こなしそうだし、女子たちにモテるだろうなと思いながら働いているところを想像する。むしろ俺よりも仕事ができそうで、自分の地位が危うくなるかもしれないと、今から不安になった。

「じゃあ、またいろいろ決まったら連絡する」
「よろしくー」

 そう言って深谷とは別れ、それぞれ違う講義室を目指す。深谷とはここから取っている講義が別だった。
 早めに講義室へ入り、先ほどの話をメッセージアプリで店長に伝える。
 深谷のことを伝えたら、すぐにでも紹介してほしいと店長からは返ってきた。それを深谷に送ったら、彼からも嬉しいというメッセージと共に、キャラクターが喜んでいるスタンプが返って来る。

 どうか面接がうまくいって、深谷が無事採用されますようにと祈りながら、俺は携帯を机に伏せて、これからはじまる講義に集中することにした。