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 いろんなことが起きた昨日から一夜明けた、今日。
 俺たちはキャンプ場で用意されていた朝食をとったのち、現地解散することになった。

 まだ昼前ということもあって、人によってはそのまま何処かへ行こうと盛り上がっているグループもある。
 昨日は年甲斐もなくはしゃいでいたはずなのに、随分と元気なことだ、と思うけれど、気持ちはわからなくもなかった。
 祭りのあとの寂しさみたいなものが確かにあって、もう少しだけこの楽しみを引き延ばしたい気もする。だけど、俺は足をくじいてしまったのもあり、何よりしっかり睡眠が取れなかったこともあり、体力の限界を迎えていた。

「わりぃ、最後まで残らせて」
「ううん。大丈夫だよ。それに俺も一人で帰るのは心配だったし……」

 深谷は今回のキャンプで先陣を切って、いろんな準備をしてくれた。実行係として明確に選ばれたわけではないけれど、深谷がキャンプ地の予約や計画の全容を詰めてくれたこともあり、今回のリーダー的な立ち位置になっている。
 そうしたこともあり、深谷はメンバーが帰る最後の最後まで残り、忘れ物がないか、片付けが漏れているところがないかのチェックをしていた。

「よし! 全部見回ったし、俺らも帰ろうぜ」
「うん」

 最後にチェックアウトを済ませて、二人で最寄り駅まで向かうバスに乗る。
 全員、先に帰ってしまったため、俺たち二人だけだ。気を張る必要もなく、俺はだらりとシートに体を預けた。

「あー、楽しかったぁ。薫も楽しめた?」
「もちろん。家族でキャンプに来たことはあったけれど、学校の人たちと一緒に来たことはなかったから新鮮だった」
「俺も。つーか、キャンプなんて小学生以来だわ」

 バスに揺られ、徐々に何もない場所からスーパーやコンビニがある場所まで景色が移り変わっていく。
 数分とかからず駅に着き、名残惜しさを感じながらも来たときと同じ塗装の電車に乗り込んだ。

「たった一日だけだったのに、疲労がすげぇわ」

 だるぅ、と言って、深谷がつり革に掴まる。俺は奇跡的に空いていたシートに座ることができた。
 本当は深谷と一緒に立っていたかったけれど、怪我しているからという理由で、問答無用で座らされた。その代わり、俺は深谷の荷物を持っている。座らせてもらったのだ、それぐらいはしないとと思って申し出たら、助かると言って荷物を預けてくれた。
 いい意味で遠慮がなくて、俺としても気分がいい。

 キャンプでの出来事を振り返りながら話していたら、あっという間に駅についていた。

「駅まで歩けそう?」
「十分ぐらいだから問題ないよ」

 過保護なぐらいに心配してくれる深谷に礼を言いつつ、ゆっくりと家に向かって歩き出す。重たい体を引きずりながら暑い中をのろのろと歩いて、なんとか見慣れたマンションの前までたどり着いた。
 いつもは健康のためと思って、なるべく階段を使っているけれど、今日はさすがにエレベーターを使う。
 築年数が古いせいか、動きが遅いのも相まっていつもは使わないけれど、このゆっくりとした速度が今日は無性に愛おしく思えた。
 そう思えるのは、隣に深谷がいるからだろう。どうやら俺は、自分が思っている以上にこのキャンプが楽しかったみたいだ。もう少しだけ深谷といたいと思えるほどには気分が高揚している。
 だけど、引き延ばせたとて僅かな時間だ。すぐに家の前まで着いた。

「じゃあ、今日はお疲れー」
「うん、蒼もお疲れ。準備もだけど、昨日の夜のこともありがとう」
「どういたしまして。この借りはどこかで返してもらうから♡」
「えっ……」
「じょーだんだって。薫のためなら、なんだってするっての」

 もし自分が平面世界の人間で、少女漫画のヒロインだったら、きっと深谷のセリフにときめいていたことだろう。甘すぎる言葉にムズムズした気持ちを覚えた。

「そうやって、人をダメにするんだ……」
「なにが?」
「……なんでもないよ。それじゃあ、またね」

 ほぼ二人同時に扉を開け、それぞれの部屋に入る。こもった空気が肌にまとわりついて不快なはずなのに、この気持ちを同じように深谷も感じているのだと思うと悪くない。

 俺は行きよりも重たく感じるバッグを床に下ろすと、着替えもそこそにベッドに横になって目を閉じた。