夕暮れの校舎に、照明の明かりがちらほら灯り始めるころ。
 放課後のメディア研究室では、モニター4台が並び、キーボードを叩く音と、動画編集ソフトの効果音が重なっていた。
 「はい、どーん! 完成!」
 ハイテンションで声を上げたのは牧野雄貴。
 中学時代からの自称“映え職人”で、SNSや配信活動が日常の一部。今日もタブレット片手に、派手なグラデーションと、ド派手なフォントで構成されたライブ配信用サムネイルを作り上げていた。
 > タイトル:『激走!ゼミ代表100mバトル🔥👟』
 > サブタイトル:『こいつらマジで速い。てか、戦ってる。』
 「……なんか、思ってたのと違う」
 そう呟いたのは、そばで資料を見ていた莉音だった。
 「何が違うってのさ? ほら、目立たないと視聴数伸びないだろ?」
 「目立つだけで止まるなら、伝わらない。数字の動きが証明してる」
 莉音は手元のPCを操作し、過去の配信ログを映した。
 「このときのバナーは派手。でも、平均視聴時間は4分27秒。こちらは地味なタイトルだけど、7分16秒」
 「マジで? そんな差出るんだ」
 「見かけで釣れても、中身がなければ離脱される。逆に、“何が伝わるのか”を明示したコンテンツは、最後まで見てもらえる。それがデータ」
 雄貴は一瞬唖然として、それから小さく舌を打った。
 「数字、正直すぎんだよな……でもまあ、見せ場も大事だろ?」
 「もちろん。だけど、“伝わる映像”と“映える画像”は別物。前者の方が、創造点にはつながりやすい。実際に効果が残るから」
 「……お前、言い方ド正論すぎてずるい」
 ぼやきながらも、雄貴はタブレットを回転させ、サムネイルの一部を削除していく。
 その姿を見ていた朔太郎が、苦笑しながら口を開いた。
 「意外と素直なんだな、牧野って」
 「うるせー。でもまあ、お前らが走って、莉音が頭使って、俺がそれを撮る。……この構図、意外と気に入ってんだよな」
 「……ふん。構図とか言い出すなら、実況も担当してみる?」
 莉音が投げかけた言葉に、雄貴の目がきらりと光った。
 「マジで? やるやる。喋り、任せとけ! 視聴者コメントも捌けるし!」

 メディア研究室の天井に響く、編集ソフトの再生音。
 朔太郎が再生ボタンを押すと、録画された映像がスクリーンに映し出された。
 ——スタートブロックに立つ朔太郎。
 緊張が伝わるようなアップから始まり、ドローンによる追走映像へと滑らかに切り替わる。
 「これ、ノエルのドローンで撮ったやつだろ? ヌルヌル動くじゃん」
 雄貴が感心したように言う。
 「たしかに見やすいけど、音声が薄いな。環境音入れて臨場感出すか」
 「それと、インタビュー素材。朔太郎の走りの裏に“理由”を入れると、もっと引き込まれる」
 莉音がモニターの横でメモを取りながら提案する。
 「理由、ね……」
 朔太郎が、ぼそっとつぶやく。
 「なんで走るのか、って話か?」
 「うん。“誰よりも速くなりたい”でもいいし、“競争が好き”でも。“負けたくない相手がいる”でも」
 「負けたくない相手……」
 その言葉に、莉音の表情がわずかに硬くなった。
 朔太郎はそれに気づかぬまま、考え込むように目を伏せた。
 「俺は……うーん、まだわかんねぇけど」
 「それでいい。曖昧なままでも、映像にはなる。言葉が揃うまで、試して撮って、見せて、また直す」
 莉音の言葉に、雄貴が深くうなずいた。
 「春日、めっちゃプロデューサー向き。マジでスタッフやれよ、将来」
 「将来は研究者。けど、今は得点のために全部やるだけ」
 言い切るその口調はぶれなかった。
 だけど、そこに乗っているのはただの効率主義ではないと、朔太郎は思った。
 (“全部やる”って、そんな簡単に言えることじゃねえよな)
 「……じゃあ、俺も全部やる」
 「へ?」
 「走るだけじゃなくて、動画も、コメントも、編集チェックも。創造点、逃したくないし」
 「うわ、急にやる気じゃん」
 雄貴が笑いながら言うと、莉音もほんの少しだけ目を細めた。
 「いいじゃない。……きっと、その“理由”も見つかる」
 そう言って、彼女は次のグラフを開いた。
 映像の中では、スタート前の朔太郎が静かに息を吸い、蹴り出す瞬間がスローで映し出されていた。
 その一瞬一瞬が、伝えるための素材になっていく。

【第6章 完】