4月18日、木曜日。昼休み。
 桜丘高校の図書館は、静けさとざわめきが絶妙に共存する空間だった。
 2階のラウンジ席では、少人数のグループがホワイトボードを囲んで何やら話し込んでいる。中でも目を引くのは、机の中央に広げられた、A3サイズの星座早見表と色鉛筆、それから手描きのドーム構造図だ。
 「いいでしょこれ。プラネタリウムって、ロマンあるし! 光の屈折と拡散も使えるから“創造点”と“理科系評価”の両方に絡められると思うんだよね!」
 勢いよく話すのは三条裕美子。明るくて、行動力も発想力もある、誰とでも打ち解けられるタイプ。今日もポニーテールを揺らしながら、星空ドームの構想を熱弁していた。
 「……ロマン、ね」
 斜め向かいでは真紀が腕を組みつつ、冷静に図面を眺めていた。
 「天井から吊るすなら、ミラー素材が要る。教室の蛍光灯を反射させるなら、ある程度の耐熱性も。ホームセンターで売ってるビニールじゃ、溶けるかも」
 「そこでさ、市民ホールにあるって聞いたの。前に演劇部が舞台用に使ってた廃ミラー。廃棄予定なんだけど、まだ保管されてるらしくて……」
 「私、交渉行ってくる」
 真紀はきっぱりと言った。
 「話すのは得意。条件を明確にすれば、担当の人は動いてくれる。あと笑顔も使う」
 「助かるー! じゃあ、素材班は真紀リーダーで!」
 そのとき、ノートPCを広げていた莉音が口を挟んだ。
 「天井から吊るす場合、天井ボードの耐荷重は1平方メートルあたり5.5kgまで。鏡面シートを曲面保持させるには支持材が最低8点必要。フレーム素材の軽量化がカギになるわ」
 「すでに計算入ってるし!」
 裕美子が目を見張る。莉音はそれに応えず、淡々とタブレットをスクロールした。
 「曲率半径1.2mの半球ドームを前提に設計して、各接合部に三角支柱を配置する。支柱間隔は18cm、分割パネル数は12面で均等分布。これが最小構成」
 「すごい……えっ、これCAD?」
 「学校PCじゃ動かないから、自宅で再設計する予定。あと、星空投影の角度補正は反射で補う方が精度が出る。演算は後でまとめて送る」
 「……惚れるわ」
 思わず呟いた裕美子に、真紀があきれたように笑った。
 「で、男子勢は?」
 ちょうどそのタイミングで、走ってやってきたのが朔太郎だった。
 「悪い、遅れた! 部活ミーティング長引いてさ……で、なんの話?」
 「星空ドーム作るって話だよ。得点稼ぐために。もちろん手伝ってくれるでしょ?」
 裕美子がにやっと笑う。
 「うっ……物理苦手なんだけどな」
 そう言いながらも、朔太郎はホワイトボードに目を向けた。
 そこに描かれていたのは、**競技とはまったく別の“勝負の場”**だった。

 朔太郎は、ホワイトボードに描かれた半球状のドーム案と、その隣に整然と記された寸法、構造計算式を見つめた。
 「……すげぇな。これ、ほんとに教室でやんのか?」
 「やるよ。やれると思ったから出したんだし」
 裕美子はドヤ顔でうなずく。
 「創造得点だけじゃなくて、貢献得点にも絡められる。来場型で一般公開すれば、評価の対象になる可能性も高いし、技術班として関わるなら、君の名前も載せられるよ」
 と、莉音。
 「……俺、体育会系なんだけどな……」
 「でもさ、朔太郎って、組み立てとか得意そうじゃん。釘打ちとかガンガンやるタイプでしょ?」
 裕美子がいたずらっぽく言うと、朔太郎は鼻を鳴らした。
 「まあ、道具の扱いなら慣れてるし、力仕事は任せとけって感じかな」
 「助かる。ってことで、仮だけどチーム分けしよっか」
 真紀が手帳を広げた。
 「設計は莉音、素材調達は私、全体企画と進行管理は裕美子、施工は朔太郎。あと必要になりそうなのが——映像と広報。これ、雄貴とか使えるかもね?」
 「彼、ああ見えて編集好きらしいよ」
 裕美子が補足する。
 「じゃ、メディア班に声かけとく」
 「完成予定は?」
 莉音がタブレットをタップして言う。
 「5月中旬を仮ターゲットに。文化祭前に中間成果として提出すれば、得点化のチャンスも増える。テスト前後のスケジュールは避けたほうがいいから、GWに作業集中したい」
 「OK、じゃあ来週末に資材調達ってことで」
 「うち、インパクトと工具箱あるから、持ってくる」
 朔太郎が即答すると、真紀が目を丸くした。
 「手際いいじゃん。予想よりずっと働いてくれそう」
 「おい、期待すんなよ」
 「してない。実績見てから判断する」
 あっさりと返され、朔太郎は苦笑するしかなかった。
 だが心の中では——悪くないな、こういう勝負も——と、思っていた。
 競技場だけが、速さを試せる場じゃない。
 正面からぶつかるだけでなく、誰かと役割を分け合って、結果を目指す。
 そんな“並走”の感覚が、ほんの少しだけ、心地よかった。

【第4章 完】