並走の先に、君がいた。

 12月28日、午前九時ちょうど。
 外は快晴。空気は乾き、ベランダに出れば頬が切れそうに冷たい。
 しかしその朝、莉音の自宅書斎には、熱が渦巻いていた。
 「で、ここが課題なんだよ!」
 竜輝が声を張りながら、タブレットを指でなぞる。画面には、朔太郎の12月のスプリント映像が映し出され、1本ずつのタイムとフォームが並んでいる。
 莉音は手元のノートPCを見つめたまま、眉ひとつ動かさない。
 「加速域はほぼ理論値と一致。問題は疲労蓄積時のペース維持と、それに伴うフォームの崩れ方。ここを数値化して、修正可能なモデルを作る必要があるわ」
 朔太郎は無言でスポーツドリンクのキャップを開け、一口含んで喉を鳴らす。
 冬休みに入ってすぐ、莉音から「検証と再調整をしたい」と連絡があり、自宅の書斎に三人が集まった。
 「つまり、疲れてくると蹴り出しが甘くなって、結果、後半が伸びないってことか」
 「そう。で、リズムが崩れるとフォーム補正で無駄なエネルギーが増える。負の連鎖よ」
 竜輝が前のめりになる。
 「じゃあさ、逆に負荷をわざと上げる。最大加速状態でスプリントを繰り返して、フォームの限界を叩き直すんだ」
 「壊れるよ、それ」
 「いいや、朔太郎なら壊れない」
 竜輝の声には確信があった。
 けれど、莉音はすぐさま反論する。
 「人体には限界があるの。それに、正月明けにはまた実地測定がある。過負荷はその機会を潰すことになりかねない」
 朔太郎は二人のやり取りを黙って見ていたが、ふいに口を開いた。
 「じゃあさ、その負荷を可視化してくれないか」
 「可視化?」
 「今の俺が、どれくらい疲労して、どれくらい回復して、どれだけ再チャージできるのか。数値で見えるようにしてくれ。回復係数みたいなやつ、できるだろ」
 莉音は瞬きを一つだけして、すぐ頷いた。
 「やってみる。脈拍、睡眠時間、前日の食事内容、練習後の心拍変動……指標は多いけど、ある程度は推定できるはず」
 竜輝が手を叩く。
 「なら決まりだな。大晦日までに高負荷の限界走を組む。で、元日は恒例の走り込み。距離じゃなくて本数。120本、インターバルでどうだ」
 朔太郎の目が光った。
 「やる」
 「は?」
 莉音が聞き返す。
 だが朔太郎の視線はすでに前を見ていた。
 「俺、やる。120本。元日、初日の出見ながらな」
 竜輝が笑った。
 「よし、付き合うぞ。カウントと給水くらいなら任せろ」
 莉音は、少しだけため息をついたようだったが、すぐにノートPCを叩く。
 「分かった。じゃあ、元日朝までにデータシートを完成させる。あなたが本当に壊れないように、こっちも全力出すから」
 その目は真剣だった。
 計算する瞳に、戦う意志が宿っている。
 今年も残り三日。
 だがこの三人の時間は、すでに新しいスタートラインに立っていた。
 年の瀬の静かな家の中に、ただデータと呼吸音と意志が交錯する。
 競い合いながら支え合う——それが、今の彼らのかたちだった。

(第23章「冬休みの反撃プラン」完)