校舎裏のグラウンド側にある搬入口――その扉が、軋む音を立てて開いた。
 夕暮れ。9月25日、木曜日の午後5時45分。
 最後の追い込みに湧く文化祭準備。
 朔太郎たち3年C組の教室も、プラネタリウム設営のために、午後から人の出入りが絶えなかった。
 だが、その最中。
 「うわっ、ごめん、またブレーカー落ちたかも!」
 配線係の雄貴が、額に汗を浮かべて叫んだ。
 次の瞬間、体育館裏にまで響くような「ブンッ」という電圧降下音。
 校舎の南棟一部が一時的に停電する。
 「ちょ、雄貴! カメラ何台増やしたの!?」
 真紀が呆れたように叫び、手にしていたコードリールを床に投げ置いた。
 「七台……だけ。まあ固定+追尾2+俯瞰ドーム用サブ+予備2台と、あと照明兼ねたやつを――」
 「完全にオーバーでしょ!ブレーカー容量400Wよ!制限考えて!」
 莉音が教室の前から、冷静な声で突きつける。
 「理科室とPC教室からも電源取ったら、周囲の教室に影響が……」
 「だって、文化祭って祭りじゃん!? 派手にいこうぜ!」
 「結果、全部消えたでしょ」
 朔太郎は、天井の仮設星座ドームを見上げた。
 布製スクリーンが、ふわりと風で揺れている。中は真っ暗。
 「……やり直すか」
 そう呟いた彼の声に、全員が息を止めた。
 「あと12時間で開場だぞ? 手間考えろよ」と竜輝が止めかけたが、
 朔太郎はすでにネジを外しにかかっていた。
 「一回目のゴールが遠くなったってだけだ。遅れるのは仕方ない。でも、手を抜いたら本番の空が濁る」
 言葉に一切の迷いはなかった。
 誰もが、去年の失敗を思い出していた。――模型班の展示が設営不良で崩壊した、あの文化祭初日。
 「じゃあ、俺らも巻きでやるか」
 ノエルが小型発電機を肩に担いで現れた。
 その背後には、裕美子と真紀が、笑いながら延長ケーブルを束ねていた。
 「電圧安定化装置は手持ちあるよ。去年の余りだけど使えるはず」
 「脚立も一段増やして、配線ルート見直そ」
 莉音が最短配線の見取り図を再計算しはじめる。
 秒単位でケーブル長を調整し、接続ポイントを色分けした図面が、ホワイトボードに浮かび上がる。
 「朔、俺そっちの接続いく」
 「裕美子、スクリーン補強!」
 「真紀、ケーブル引き直し担当!」
 「……はいはい、全部言われる前に分かってるって」
 言葉は強気でも、真紀の目は楽しげだった。
 体育館裏の空が茜に染まりはじめたころ、教室は再び星の準備を整えていた。
 光が、もう一度灯る。
 それは本番の星ではない。けれども、手間を惜しまなかった分、どこか温かみのある、仮の銀河だった。
 「ふう……空回ったな」
 雄貴が最後にケーブルを束ねながら、ぽつりとつぶやく。
 「でも、その回転で、真ん中に星が集まってきた気がする」
 莉音の声に、朔太郎は口の端を上げた。
 誰よりも競い合ってきた彼女が、こんな言葉を口にするとは思わなかった。
 「……よし。明日は全部、空に打ち上げようぜ」
 「文化祭って“打ち上げ”するものだったっけ?」
 「打ち上げ花火と、打ち上げ星は同じ。つまり、観た人が“来てよかった”って思えば勝ち」
 莉音は、一拍おいてから静かにうなずいた。
 「そうね。明日、空のど真ん中に撃ち込むつもりでいこう」
 この言葉を最後に、教室には静けさが戻ってきた。
 だがその静けさは、夜を裂くような歓声の準備運動だった。

(第16章「文化祭一日前の空回り」完)