私の告白の言葉が鍛冶屋に響き渡って以来、ユーイと私の関係は、明確に、そして決定的に変わった。
 あの日の「好きだ」という互いの言葉が、私たち二人の間に、目に見えないけれど確かな絆を織りなしたのだ。
 リリアが去った後、鍛冶屋に残された私たち二人だけの空間は、最初は気まずい沈黙に包まれた。
 私の顔は熱く、ユーイもまた、顔を赤らめて私の手を取ったままだ。

「ロレッタさん……僕も、ロレッタさんが、好きです」

 彼の震える、しかし真剣な声が、私の胸に温かく響いた。私は何も言えず、ただ、その言葉を、彼の瞳を、彼のぬくもりを、全身で感じていた。
 最強の冒険者である私が、こんなにも感情を露わにし、そして、こんなにも満たされた気持ちになったのは、生まれて初めてのことだった。

◇◇◇◇

 それからの日々、鍛冶屋を訪れる私の足取りは、以前にも増して軽やかになった。いや、軽やかというよりは、弾むような、あるいは浮き立つような心地だった。
 ユーイもまた、私への恐怖が完全に消え去り、その瞳には常に、柔らかな光と、私への確かな好意が宿っていた。

 私たちは、以前よりも長く、そして深い会話を交わすようになった。私の不器用な言葉にも、ユーイは辛抱強く耳を傾け、時には私が言い淀む言葉を、そっと補ってくれた。
 彼は、私が強がっている時や、感情を隠そうとしている時にも、その心の奥にある真意を、優しく汲み取ろうとしてくれた。
 私もまた、彼の鍛冶に対する情熱や、日々の小さな喜び、そして時折見せる臆病な一面を、より深く理解しようと努めた。

 ある日の午後、ユーイが作業の合間に私の方を振り返った。

「ロレッタさん、少し休憩しませんか? お茶を淹れますよ」

 彼の提案に、私は素直に頷いた。彼は慣れた手つきで茶器を用意し、温かいハーブティーを私に差し出した。
 その湯気から立ち上る優しい香りが、鍛冶場の鉄の匂いと混じり合い、不思議と心地よい空間を作り出していた。

「このハーブティーは、僕が自分で調合したんですよ。ロレッタさん、いつも訓練で疲れているでしょう? 少しでもリラックスできるようにと思って」

 彼の言葉に、私の胸はじんわりと温かくなった。彼は、私が普段どんな生活を送っているか、そしてどんな時に疲労を感じるのかまで、細やかに気遣ってくれているのだ。その優しさが、私の心を深く満たした。

「……ありがとう」

 私は素直に感謝の言葉を口にした。彼は、私の言葉に嬉しそうに目を細めた。その笑顔は、私にとって何よりも価値のある報酬だった。

「ロレッタさんは、最近、すごく楽しそうですね。なんだか、以前よりも……表情が柔らかくなった気がします」

 ユーイは、少し遠慮がちにそう言った。彼の言葉に、私はドキリとした。私が、そんな風に変わっていたとは、自分では気づかなかった。

「そうか……?」

 私は、とっさにそっけなく返してしまったが、内心では、彼の言葉がひどく嬉しかった。彼の前で、私は「紅蓮の竜殺し」ではない、ただの「ロレッタ」としていられるのだ。そして、その「ロレッタ」が、彼にとって魅力的であると、そう言われているような気がした。

◇◇◇◇

 私たち二人の関係が深まるにつれて、周囲の目も変わっていった。特に、冒険者ギルドマスターのバートは、私を見るたびにニヤニヤとした笑みを浮かべるようになった。

「おいおい、ロレッタ。最近は鍛冶屋の坊主の横にいる時間の方が、冒険者ギルドにいる時間より長いんじゃないか? ずいぶん柔らかくなったな、お前も」

 バートのからかいに、私は顔を赤らめて反論した。

「やかましい! 貴様には関係ないだろう!」

 だが、彼の言葉は、私の心を不愉快にさせるものではなかった。むしろ、私の変化を認めているかのようなその言葉に、どこか安堵感を覚えた。
 バートは、私のことを昔からよく知っている。彼の言葉は、私自身が感じている変化を、裏付けてくれているかのようだった。

 街の人々も、私とユーイが並んで歩く姿に、好奇の目を向けるようになった。
 噂話が聞こえてくることもあったが、それらは悪意のあるものではなく、むしろ温かいものだった。

「あの『紅蓮の竜殺し』が、あの気弱な鍛冶師とねえ……」
「なんだか、お似合いじゃないか。ロレッタさんも、あんな優しい顔をするんだな」

 そんな声が、私の耳に届くたび、私の胸は、くすぐったいような、それでいて満たされたような気持ちになった。

 一方で、リリアは、あの告白の日以来、鍛冶屋には姿を見せなくなった。彼女は、ショックを受けながらも、ユーイへの想いを完全に捨てきれないでいたのだろう。
 数日後、彼女が一度街を離れるという噂が、街中に広まった。
 実家の遠方に住む親戚の元へ行くという話だった。ユーイは、彼女の出発の日、心配そうに何度か彼女の家の方を見ていたが、私はあえて何も言わなかった。
 リリアの気持ちも理解できないわけではないが、私の心の中には、ユーイを奪われたくないという強い思いがあったからだ。

「リリア、きっと大丈夫だよ。彼女なら、きっと乗り越えて、また新しい道を見つけるさ」

 バートが、私が鍛冶屋でユーイと話しているのを見て、そう声をかけてきたことがあった。彼の言葉に、私は少しだけ複雑な気持ちになった。
 リリアが傷ついていることは、分かっていた。だが、ユーイとの関係を考えれば、これは避けられないことだったのだ。


◆◆◆◆

 そんな、私たち二人の関係が確かなものになりつつある中で、キサラエレブの街周辺で、不穏な空気が流れ始めた。冒険者ギルドには、これまでよりも強力で、凶暴な魔物の出現報告が相次いだのだ。
 特に、街の東にある「深淵の森」と呼ばれる場所から、異常なまでの魔力の波動が感じられるようになった。

 冒険者ギルドマスターのバートは、その状況を重く見て、最高ランクの冒険者である私を呼び出した。

「ロレッタ。単刀直入に言おう。街の東、『深淵の森』に、これまでにないほどの強大な魔物の気配がある。恐らく、Sランク級、あるいはそれ以上の魔物だろう。このままでは、街に被害が及ぶのは時間の問題だ」

 バートの顔は、いつになく真剣だった。彼の瞳には、街を守ろうとする冒険者ギルドマスターとしての、強い覚悟が宿っている。

「任務は、その魔物の討伐。街の存続をかけた、重要な任務だ。これは、お前にしか頼めない」

 私の「紅蓮の竜殺し」としての真価が、今、問われている。私は、即座に任務を受諾した。
 街を守ることは、私の使命だ。そして何より、この街には、ユーイがいる。彼を守るためならば、どんな強大な魔物だろうと、私は恐れない。

 ユーイに、この任務のことを話した時、彼の顔はみるみるうちに蒼白になった。彼の瞳には、私への心配と、そして自身の無力さに対する不甲斐なさが混じっていた。

「そ、そんな……ロレッタさん! Sランク級の魔物だなんて……危険すぎるよ! 僕も、何か手伝うことは……」

 ユーイは、私の手を取り、震える声でそう訴えた。彼の気持ちは嬉しかった。だが、この任務に彼を巻き込むわけにはいかない。

「貴様が出る幕ではない。これは、私の任務だ。貴様は、この街で、無事でいることだけを考えろ。それが、私への最大の協力だ」

 私は、彼の頭をぽんと叩き、そう言い聞かせた。彼の顔は、まだ不安に歪んでいたが、私の言葉に、少しだけ納得したようだった。

「僕には、ロレッタさんの隣で一緒に戦う強さがない……それが、本当に情けない」

 ユーイは、そう言って、拳をぎゅっと握り締めた。彼の瞳には、深い悔しさが宿っている。彼は、自分の無力さを嘆いているのだ。

「そんなことはない。貴様には、貴様にしかできないことがあるだろう。貴様の作った剣は、多くの冒険者を支えている。私も、貴様の剣に、何度も命を救われてきた。貴様は、私にとって、かけがえのない存在だ」

 私は、彼の目をまっすぐ見て言った。私の言葉に、ユーイの顔に、再び希望の光が宿る。彼の悔しさを、私が打ち消してやりたかった。彼の強さは、剣を振るうことだけではない。彼の内にある、鍛冶師としての情熱、そして、誰かを思う優しい心。それが、彼の本当の強さなのだ。

「……ロレッタさん……」

 ユーイは、私の手をぎゅっと握り締めた。彼の瞳には、決意の光が宿っていた。

「僕にできることを、精一杯やります。ロレッタさんが無事に戻ってこられるように……最高の準備をして、待っています」

 彼の言葉に、私の胸は熱くなった。彼は、私の強さに依存するだけでなく、自身の内なる強さを見出そうとしている。この任務は、私だけでなく、ユーイにとっても、新たな挑戦となるだろう。
 私は、彼の顔に優しい笑みを浮かべた。

「ああ。頼むぞ、ユーイ」

 そう言って、私は彼の頬に、そっとキスをした。これは、彼への感謝と、そして、彼が自分自身の強さを見出そうとしていることへの祝福だ。
 彼の身体が、ビクリと震えた。彼の顔は、驚きと羞恥で、真っ赤に染まっている。

「い、いきなり……!」

 ユーイは、動揺を隠せない様子でそう言ったが、その瞳は、私への確かな愛を宿していた。

「これは、貴様を安心させるための、特別だ。貴様は、私の帰りを、ここで待っていればいい」

 私は、彼の言葉に耳を傾けることなく、踵を返した。彼の戸惑う顔に、私は少しだけ、得意げな笑みを浮かべていたかもしれない。

 私は、街の東へと続く道へと足を進めた。背後を振り返ると、ユーイの鍛冶屋の明かりが見える。

 この街と、そしてユーイを守るため、私は今、最も危険な任務へと向かう。

 私の剣は、ユーイへの想いを力に変え、紅蓮の炎を宿すだろう。