鍛冶屋に満ちる、張り詰めた空気。ユーイを巡る私とリリアの争いは、日を追うごとに激しさを増していた。リリアは、ユーイへのアプローチをさらに露骨なものにし、私への敵意を隠そうともしない。
 そして、私もまた、感情のままにリリアに言葉をぶつけてしまうことを止められずにいた。私たちの間に、ユーイがただ困惑して立ち尽くしている。

 ある日の午後、リリアが鍛冶屋にいた時、ユーイが少し疲れた様子で火床の前で休んでいた。リリアはそれを見逃さず、すぐに彼の傍へ駆け寄った。
 その甲斐甲斐しい姿は、私から見れば、ただユーイの気を引こうとする、姑息な手段にしか思えなかった。

「ユーイくん、顔色が悪いわ。無理しすぎよ。せっかくだから、今度のお休み、二人で温泉にでも行かない? 郊外に、すごく良い温泉があるのよ。疲労回復にもなるし、きっとユーイくんもリラックスできるわ。お弁当も、私が作ってあげるわ。ユーイくんの好きなもの、いっぱい入れてあげるから」

 リリアの言葉に、私の全身が硬直した。

 温泉? 二人で? お弁当まで。

 その言葉の羅列が、私の頭の中で、警告音のように鳴り響いた。それは、まるで、私とユーイの間に、確定的な線を引こうとしているかのように感じられた。
 あの夜、ユーイを看病し、あの旅で親密になったばかりだというのに。まるで、私の存在など、最初からなかったかのように。

「リリア、温泉は……」

 ユーイは困惑した表情で、私とリリアを交互に見た。彼は、明らかに板挟みになっている。
 彼の表情に、疲労の色が濃く浮かんでいた。しかし、リリアの目には、私など映っていないかのように、ユーイだけを見つめている。

 私の堪忍袋の緒が、音を立てて切れるのが聞こえた。

 これ以上、この女の好きにはさせない。
 私は、これまで抑え込んできた感情の全てを、今、ここで、この男にぶつける覚悟を決めた。
 たとえ、それが私にとってどれほど不格好で、恥ずかしいことであろうと。

 私は、一歩、また一歩と、二人に近づいた。私の足音は、静かな鍛冶屋の店内に重く響き、リリアの言葉が途切れる。
 ユーイは、私の顔色を伺うように、恐る恐る私を見た。リリアは、私を睨みつけた。その瞳には、わずかな驚きと、私を試すような光が浮かんでいた。

「貴様、いい加減にしろ!」

 私の声は、ひどく冷たく響いた。感情を抑えようとしたが、声帯が震えるのがわかる。それは、怒りだけでなく、私自身の不安と焦りからくる震えだった。

「な、なによ、ロレッタさん。私たちはただ、ユーイくんの体を心配しているだけで……」

リリアは、必死に笑顔を取り繕おうとするが、その声は震えている。

 「心配だと? 貴様の心配など、ユーイには迷惑だろう! 貴様はいつもそうだ! 自分勝手にユーイにまとわりついて、彼の邪魔ばかりしている!」

 私の言葉は、感情に任せて荒々しく飛び出した。
 胸の奥に溜まっていた、黒い感情が、怒りとなって噴き出す。それは、私が感じたことのない、醜い嫉妬の感情だった。

「邪魔だなんて! 私はユーイくんのために、いつも尽くしているのに! あなたなんか、ユーイくんを怖がらせるばかりで、彼の心には寄り添えていないでしょう!? 私の方が、ユーイくんをよく知っているし、ずっと近くにいたのよ?」

 リリアも、私の言葉に感情を露わにし、声を荒らげた。
 その瞳は、怒りとは違う、プライドを傷つけられたような鋭い光で燃え上がっている。
 彼女の言葉が、私の心の最も弱い部分を的確に突き刺した。
 確かに、私はユーイを怖がらせている。彼の顔に浮かぶ怯えは、私自身が一番よく知っている。

「黙れ! 貴様に、私の何がわかるというのだ! 私は……私は、ユーイを……!」

 私は言葉に詰まった。

 この感情を、どう表現すれば良いのか。焦れば焦るほど、言葉が喉に詰まる。

 私の不器用さが、私を苦しめる。私の、この熱い想いは、どうすれば伝わるのだ。

 ユーイは、私たち二人の激しい口論に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 彼の顔は、混乱と恐怖で歪んでいる。彼の細い手が、震えているのが見て取れた。

 彼を困らせたくない。
 
 そう思っているはずなのに、私の感情は、私をコントロールできずに暴走していた。

(どうすれば……どうすれば、この気持ちが伝わる?)

 私は必死に言葉を探した。頭の中は混乱している。

 言葉を紡ごうとすればするほど、それが砕け散ってしまう。

 リリアは、そんな私を見て、口元に冷たい笑みを浮かべた。

「ほら、見てごらんなさい、ユーイくん。ロレッタさんは、自分の気持ちさえまともに伝えられないのよ。そんな人が、どうしてユーイくんの心を理解できるっていうの? 私は違う。私はずっとユーイくんのそばにいて、彼のことを理解しようとしてきたわ。私なら、ユーイくんを安心させてあげられる。彼を、彼の夢を、ずっと支えてあげられるわ!」

 リリアの言葉は、私の心を深くえぐった。
 彼女の言葉は、私の劣等感を刺激し、私の不器用さを嘲笑う。その通りだ。私は言葉で表現することが苦手だ。

 だが、私の気持ちは、彼女の言葉よりも、ずっと、ずっと真剣なものなのだ。

 私は、拳をぎゅっと握り締めた。震える身体を必死に抑え込む。
 このままでは、本当にユーイを奪われてしまう。もう、後には引けない。
 たとえ、彼に拒絶されたとしても、この気持ちを伝えなければ、私は後悔する。

 私は、ユーイの前に、一歩踏み出した。彼の怯えた瞳が、私を捉える。

「ユーイ……」

 私の声は、震えていた。だが、私はその震えを無視し、言葉を紡いだ。こんなにも、言葉を探したことはなかった。

「貴様は……私を、恐れているだろう」

 私の突然の言葉に、ユーイの目が大きく見開かれた。リリアも、私を訝しげに見ている。

「だが、私は……貴様が、恐ろしい、などとは、一度も思ったことはない」

 私は、自分の言葉に、自分自身が驚いた。これほどまでに、素直な言葉が、私の中から出てくるなど。

「貴様は……剣を打つ時、とても真剣な目をしている。その目は、どんな魔物の目よりも、私には、輝いて見える」

 ユーイの目が、さらに大きく見開かれた。彼の顔に、驚きと、困惑が混じり合う。リリアは、信じられないものを見るように、私を凝視している。

「貴様は、弱くて、臆病で、すぐに震える。だが……誰かのために、必死になれる。看病してやった時も、鉱石を探してやった時も……貴様は、いつも、私の想像を超えてくる」

 私は、自分の言葉一つ一つに、ユーイへの想いを込めた。
 震える声で、必死に言葉を紡ぎ出す。
 これは、私が命をかけて戦う魔物よりも、はるかに難しい戦いだった。
 私の言葉は、不器用で、飾らないものだが、私の心からの叫びだった。

「私のことを、恐れても構わない。だが……私は、貴様が、好きだ。誰よりも……貴様を、大切にしたい」

 最後の言葉は、掠れるほど小さな声になった。

 だが、私の心臓は、これまでにないほど強く、熱く脈打っていた。顔は真っ赤に染まり、耳まで熱いのがわかる。
 こんなにも、感情を曝け出したのは、生まれて初めてだった。全身の血が、私自身の体温さえも上昇させるかのように、熱く駆け巡っていた。


 ユーイは、私の告白に、呆然と立ち尽くしていた。彼の瞳は、恐怖ではなく、純粋な驚きと、困惑でいっぱいだ。
 リリアは、私の告白に、嘲るような笑みを消し、顔色を失っていた。その口は、何かを言おうと開いているが、声は出てこない。

 私は、自分の言った言葉に、ひどい羞恥心を感じた。こんなにも不格好で、こんなにも直接的な告白など。
 後悔にも似た感情が胸をよぎるが、しかし、ユーイに全てを伝えたという、ある種の解放感も同時に感じていた。

 私の感情は、今、彼に全て預けられたのだ。

 彼が、私をどう思うか。

 拒絶されるかもしれない。

 だが、それでも、私は後悔しない。私の「恋」という名の戦いは、今、最大の山場を迎えたのだ。