〇暮れ六つから鈴の合図が鳴り、中鈴屋の営業が始まる。
 〇少女たちは化粧を施し髪を結い上げ、お歯黒をして盛装すると見事に遊女に化ける。
 そうして用意が整った者から張見世に姿を現す。

 〇外の通りから格子越しに客が遊女たちの部屋を覗き見る張見世は、妓楼の見どころの一つ。
 〇張見世の席順は中央が花魁、左右には大夫が座り、つぐみのような留袖や振袖を着た新造と呼ばれる新人は一番端に座らされて三味線を弾かされた。
 〇曲を奏でられないつぐみは、弦を弾くだけで汗が噴き出した。

通りから張見世を眺める男たち「おや? 初めて見る新造だね。」
通りから張見世を見る男たち「こいつは上玉だな。すぐに人気が出るだろう。」

 〇興味津々な男性たちの遠慮がない視線と話し声がつぐみの肌に突き刺さる。
 〇耐えられなくなったつぐみは、祈るように目を瞑った。

つぐみ(…私を見ないで!)

 〇水中で息が吸えない時のような、もどかしい息苦しさ。

つぐみ(外から見るのと体験するのでは全然違うわ…!
  ひばり姐さまや遊女たちは、毎夜こんなに苦しくなるの⁉)

 〇荒い口呼吸をするつぐみが座っている格子窓の前に音もなく一人の紳士が現れたのは、張り店が始まってすぐのことだった。
 額に脂汗をかいたつぐみが目を凝らす。
 〇スーツにネクタイ流行りのパナマ帽にステッキという洋装姿の紳士が、帽子のつばを少し持ち上げた。

 紳士「ごきげんよう。」

 〇紳士は一見、女性かと見紛うほどの美青年だった。
 
つぐみ「え…?」

 〇つぐみはなぜか背筋がゾクリとした。

つぐみ(この人、ひばり姐さまの雰囲気に似ているわ。)

 〇思わずつぐみが目をそらすと、横でつぐみの見守りをしていた瑠璃が肘で腕をつついてきた。 

瑠璃「もっとお愛想をしな。つぐみ、あれが松崎さまだよ。」

つぐみ(これがあの松崎さま?)

 〇松崎はフッと笑うと優雅に口元に指を当てた。

松崎「煙草をくれないか。」

 〇ボーッとしているつぐみを押しのけると、瑠璃は慌てて煙管に刻み煙草を詰めて火を点けた。

瑠璃「ほら、早く吸って。」

 〇そう言ってつぐみに手渡した。

つぐみ「私、煙草なんて吸ったことないわ。」
瑠璃「ひとくち吸い込むだけで良いのよ、早く!」

 〇煙管の煙を思い切って吸うと、口いっぱいに苦い臭いが充満して息ができない。
 〇つぐみは驚いて咳込んだ。

つぐみ「ゲホゲホッ。」
瑠璃「吸った煙管の柄をお客様にお渡ししておくれ。」

 〇言われるがままに煙管を持った手を伸ばし、赤い格子の間から松崎に煙管の持ち手を渡す。
 〇松崎は目を細めて煙管を受け取った。

松崎「煙草を吸い慣れていない様子も良い。
 それにその飴色の簪…フフ、気に入ったよ。」
つぐみ「あ…。」

 〇強張った顏でひばりに貰った飴色の簪に触れたつぐみ。
 〇松崎は煙管を慣れた風に吸うと、紫色の煙をつぐみの顏に吹き付けた。
 
つぐみ「嫌ッ…!」
松崎「俺好みの顏をする。楽しみでしょうがない。座敷で待っているから支度をしてくるがいい。」
瑠璃「やった…じゃなくて、ありがとうございます!」

 〇松崎は慣れた様子で中鈴屋の前にいた客引きに声をかけて紙幣を渡すと、店の中へと入って行った。

つぐみ「名も聞かれなかったわ…。」

 〇呆然としているつぐみ。瑠璃が背中を軽く叩く。

瑠璃「名前だって? そんなもんさ。」

 ♢

 〇鏡台の前で念入りに白粉を塗り込んでいる雀の部屋に、瑠璃が慌ただしくやって来た。 

瑠璃「雀さん、松崎さまがつぐみをご指名だって! もちろん突き出しは了承済で。」
雀「おやまぁ、早速のご指名! しかも船成金ならかなりの金額をふっかけられるね。
 クク…あの子、持っているねぇ!」

 〇喜びを隠さない雀に、瑠璃は変な顏をした。

瑠璃「え? 雀さんが松崎さまを呼んだくせに。」
雀「なんのことだい? あたしゃ、これから常連さんに連絡しようと思っていたところさ。」
瑠璃「ええ嘘? だってひばり大夫が…。」

 〇なおも食い下がる瑠璃に雀は目配せをして口を塞いだ。

雀「おだまり。誰が呼んだかなんて、どうでもいいのさ。
 金さえ出してくれりゃ、バケモノだって歓迎するよ。」


 ♢
 
 〇丑三つ時。中鈴屋の営業が終わり表戸がおごそかに閉められた。
 〇これからの時間は遊女を買った客だけが廓内に残り、部屋に籠る時間だ。

つぐみ「つぐみでございます。」

 〇髪を香油で撫でつけて結い上げ、着飾ったつぐみが重々しい気持ちで襖を開けてお座敷に入る。
 〇松崎を取り囲んで宴会を盛り上げていた遊女と芸子たちが、サーッと蜘蛛の子を散らすように引いていく。
 〇脚付きの角膳に用意された日本酒を御猪口に注いで飲んでいる松崎の頬はほおずきのように赤い。

 〇夜具を敷き終えた瑠璃がつぐみとすれ違いざまに尻を叩いた。
 〇目を伏せ、小声で囁く。

瑠璃「しっかりしなんし!」

 〇瑠璃には緊張をしているつぐみの気持ちが見抜かれている。
 〇瑠璃を見送ったつぐみは、音を立てないように襖を閉じて床に平伏した。

つぐみ「お待たせいたしました。」

 〇つぐみが松崎の横に座ると、松崎があぐらを崩してつぐみの肩に手をかけ引き寄せた。
 〇つぐみの顎に手をかけて顏を上げさせると、松崎がニヤリとほくそ笑む。 

松崎「これほどまでに美しい女子に出会ったことがない。
 お前は今までどこにいたのだ?」

 〇耳慣れない賞賛の言葉に、顏が火照る。

つぐみ「ありがとうございます。」
松崎「おまけに良い匂いだ。まるで生娘のように。」

 〇松崎の言葉にドキリとしたつぐみは震える声で答えた。

つぐみ「あの私は…水揚げもされず、これが本当に初めての床入りなんです。どうか、お許しを。」
松崎「とくに問題はない。」

 〇松崎は乱暴につぐみの肩を押し、布団の上につぐみを組み敷いた。

つぐみ「あ…。」

 〇覚悟していたとはいえ、怖さと緊張で体が動かない。

つぐみ(阪本さまに触れられたときとは、全く違うわ。)

 〇松崎の手がつぐみの肌に触れるたびに、どす黒い後悔が押し寄せる。
 
つぐみ(遊女としての道を選んだクセに、また私は阪本さまのことを…。)

 〇頭の隅の鷹次郎の姿を打ち消していると、松崎がつぐみの着物をはだけてに長襦袢姿にする。
 ◯松崎は舌を出してつぐみの頬をチロリと舐めた。

つぐみ「ッ…。」

 〇嫌悪感でゾッとする。思わず目を閉じたつぐみの耳の上で熱い吐息がかかった。

松崎「美味そうだ。」

 〇つぐみの心臓は雨上がりの蛙のように跳ね上がっている。
 胸のときめきではなく、これから起こる未知の状況に怯えている動悸だった。
 〇獲物と捕食者。生きていくためには自分を差し出さなければならない。
 〇つぐみの頬を舐めたうっとりとした松崎の目が金色に光り、目の中に半月のような筋が浮かぶ。
 ◯松崎は音を鳴らして舌なめずりをした。

松崎「こんなところで上玉が食えるとは思わなんだ。」
つぐみ「食える…?」

つぐみ(何か、おかしい。)

 ◯つぐみが上体を反らして立ちあがろうとすると、すぐに松崎の腕が追いかけて来た。

松崎「逃げるな。」
つぐみ「でも…怖いです。」

 〇松崎の腕が強くつぐみを絡め取り、つぐみは逃げ場を失った。
 それは尋常ではない力の強さだった。

つぐみ「い、痛いわ…。」
松崎「苦しいか? 」
つぐみ「離してください!」
松崎「離せるもんか。クラクラする。」

 〇ようやくつぐみは松崎の異常さに気がついた。
 しかも、松崎の体から急に生臭い匂いがする。

つぐみ(この臭いを前にも嗅いだことがあるわ…まさか!)

 〇つぐみは阪本の門の前で見た老婆を思い出した。

つぐみ「あなた、まさか物の怪なの⁉」

 〇松崎の端正な顏が邪悪に歪んだ。

松崎「おまえ、何者だ?。」

 〇松崎の舌が十メートルほどに伸びて鞭のようにしなり、つぐみの体を絡めとる。
 ギリギリとつぐみの肌に松崎の舌が容赦なく食い込み、皮膚が裂かれて血がにじんだ。
 〇松崎の舌がつぐみの血を舐めとる。

松崎「ほぅ、体液を舐めただけでも力が漲る。稀に我らの眷属を癒す力がある体質の巫女がいるとは聞いたことがある。
 自覚はあるのか?」

つぐみ(物の怪の巫女? 私が…。)

 〇つぐみの脳裏に鷹次郎の言葉が蘇る。『どうやら特殊な力を秘めているようだね』

つぐみ「し、知りません。そんなの!」
松崎「ただの餌にするには惜しい…そうだ、お前に俺の子を産みつけて骨の髄までしゃぶりつくすのはどうだ?」
つぐみ「えっ…⁉」
松崎「口を開けろ。」

 〇つぐみに抵抗はできなかった。
 〇血管が浮き上がった大きな手がつぐみの顎に掛かり、無理やり口を開けさせられる。

松崎「飲み込め。ひと粒残らずな!」
つぐみ「ウウ―ッ!」
 
 〇松崎の口から白い卵のようなものがつぐみの口内に零れ落ちて来た。

つぐみ「ゴボッ‼」

 〇喉が詰まって涙目のつぐみが観念して目をギュッと瞑る。
 〇と、急に瞼の裏にまばゆい光が飛び込んできた。
 〇障子の破れる音や襖に何かが激しく当たる音が、飛びそうな意識を奮い立たせた。

班丸「ガガーッ!」

つぐみ(何?)

 〇息も絶え絶えのつぐみが目を開けた時に飛び込んできたのは、大きな黒い犬の月光に艶光りする毛並みだった。

つぐみ「班丸⁉」

 〇松崎は半身がぬめぬめとした蛇の鱗で覆われ、もはや大蛇と化していた。

班丸「ガルルッ‼」
松崎「チッ、なんだこの犬コロは! 煩わしい‼」

 〇大蛇は班丸の攻撃を躱そうと素早く鞭のように身をしならせたが、それよりも早く班丸の鋭い牙が厚い胴体に深く突き刺さった。
 
松崎「ギャアア---‼」

 〇噛みつく班丸を引き離そうと世にも恐ろしい咆哮を上げて大蛇はのたうち回り、襖や縁側の木戸を破って暴れた。
 その勢いで大蛇の舌の拘束から解き放たれたつぐみは中庭に投げ出された。

 〇つぐみはゴロゴロと土まみれになりながら転がり、植え込みの奥に身を潜めて呼吸を整えた。
 ◯息を潜めて大蛇と班丸の攻防を見守っていると、胃液が上がってくるような気持ち悪さを感じた。

つぐみ(ウッ…気持ち悪い!)

 〇胃の中の言いようのない不快感と腐臭から逃れるために、少しでも卵を吐き出そうと夢中で指を喉に押し込んだ。

つぐみ(どうしよう…蛇の子どもを宿すなんて…!)

 〇地面に滴る透明な胃液を見ながら、つぐみは何度も嗚咽を漏らした。
 〇大蛇と班丸が争って中庭を転げまわり、植え込みの中に居たつぐみを巻き込みそうになる直前、つぐみの鼻先に強い樟脳の匂いがした。

 〇つぐみの視界が白い布で覆われ、身体が、ふわりと宙に舞う。

つぐみ「あ…阪本さまッ…!?」

 〇鷹次郎がつぐみを抱きかかえて中庭を横に飛ぶ。
 大蛇に荒らされて隆起した地面に軽やかに着地すると、つぐみの耳元で囁いた。

鷹次郎「しっかり私につかまりなさい。」

 〇つぐみが自分の胴体にしっかりと腕を絡ませたのを確認すると、鷹次郎は髪を振り乱して大蛇を睨み、厳かに呪文を唱えた。
 
鷹次郎『身固。』

 〇鷹次郎にしがみついたつぐみの体が碧く発光して、頭の上で何かが弾けるような音がした。
 〇それと同時に班丸が大蛇を仕留めて、大蛇は力なく横たわり動かなくなった。
 〇中鈴屋の庭に静寂が戻る。
 
つぐみ「簪が…。」

 〇足元に割れたべっ甲の簪の破片が見える。
 思わず拾おうと身を屈めたつぐみの手の先で、鷹次郎が簪の破片を踏みつけた。

つぐみ「な、何をなさいます!」

 〇つぐみは驚き、声を荒らげて鷹次郎を睨んだ。

鷹次郎「割れたり落ちた簪は不吉だ。苦しんで死なないように九回踏んでから拾う。」

 〇鷹次郎は踏み終わった簪を拾い上げると、目を大きく見開いて簪の割れた部分に指を入れた。

鷹次郎「おまへさん、もう少しでこの簪に呪殺されるところでしたよ。」 
つぐみ「え?」
鷹次郎「この簪には人を呪う時に使う呪符が仕込まれている。」

 〇粉々に砕けた破片から小さな紙きれを取り出した鷹次郎は、それを掌の上で燃やした。
 
つぐみ「嘘よ…これはお姉さまから頂いたものなのに…。」
鷹次郎「ひばり太夫が?」

 〇鷹次郎は眉をひそめてつぐみの小袖をまくって見た。治ったはずの肌が赤く腫れ上がっている。
 〇鷹次郎は頷いた。

鷹次郎「やはりアレルギィの原因はひばり太夫か。」
つぐみ「お姉さまが?」
鷹次郎「ひばりは物の怪と裏で繋がっているのかもしれない。
 実は私がここに来た本当の理由は、遊郭に暗躍している物の怪が居るという情報を手に入れた新政府から様子を伺うように命ぜられたからなんだ。
 中鈴屋から異様な瘴気を感じてはいたが、確証がなくてね。だが、おまへさんに会ってやはりひばり大夫への疑いが深まったのだよ。」
つぐみ「そう…だったのですね。」

 〇鷹次郎の事情を聞いて、脱力するつぐみ。

つぐみ「ウッ。」

 〇つぐみは胃の腑に強い不快感を感じて身を丸めた。
 鷹次郎は碧い目を光らせてつぐみの胃の辺りに触れた。

鷹次郎「物の怪の卵? まさか…!」

 ◯横たわっていた大蛇がゆっくりと鎌首を持ち上げた。

松崎「ハハハ、もう遅い。俺の子どもが夜明けまでに女の中で孵化する。
 そうすれば、俺の何倍もの忌まわしい呪力を持ったバケモノが、何百匹とこの世に生まれ出てくるんだ‼」

 ◯つぐみは必死に吐き気を堪えながら、鷹次郎を見上げた。

つぐみ「私のことはもういいんです。逃げてください阪本さま…。」
鷹次郎「遅いことなんてない。」

 ◯つぐみを地面に座らせた鷹次郎が袖を振ると、手から光る霊剣が現れた。

鷹次郎「消えろ、大蛇よ。」

 ◯目にもとまらぬ速さで大蛇の頭に剣を突き立てると、大蛇は断末魔の悲鳴を上げて散り散りの白い紙になって消えた。
 ◯それと同時に班丸も白い紙となって宙を舞い、鷹次郎の懐にスッと入り込んだ。

 ◯中庭に再び静寂が戻るが、建物の中ではザワザワと人の動く足音がする。
 ◯つぐみは土だらけのまま立ち上がると、鷹次郎に駆け寄った。

つぐみ「阪本さま、ゴメンなさい。」
 
 〇何事もなかったかのような涼しい顏で鷹次郎がつぐみを見る。

鷹次郎「なぜ謝るのですか?」
つぐみ「だって、私がもっと早く班丸を呼んでいたらこんなことには…。」
鷹次郎「『たられば問答』は、何も解決しません。そんなことよりも私は、おまへさんに聞きたいことがあるのです。」

〇鷹次郎がつぐみを背中から優しくふわりと抱きしめ、一束に結んだ茜色の髪に顏を埋めた。
 
つぐみ「阪本さま、何を…ッ⁉」

 〇驚くつぐみ。
 〇鷹次郎は眼鏡を外して胸の襟元に仕舞い、代わりに取り出した物を指に挟んだ。

鷹次郎「おまへさんが、つぐみなんでしょう?」
つぐみ「ち、違います!」
鷹次郎「嘘を言ってもムダです。」
つぐみ「なな、何を根拠に…⁉」

 〇身をよじって鷹次郎と向き合ったつぐみは鷹次郎の瞳がまたも碧く妖しく輝いているのを見た。
 〇その吸い込まれるような瞳に魅了されたつぐみは、鷹次郎が指に挟んでいるのが桜の花びらであることを知った。

鷹次郎「根拠は…手紙に添えられた毛髪がおまへさんと同じ染粉で染められていること。
 ひばり太夫には書けなかった文字が書けること、漢字を読めること。
 決定打は、初めて会った時に私が呟いた言葉を手紙に書いたことです。」

 〇診察室を訪れてからの鷹次郎の行動は、つぐみの正体を見極めていたのだとしたら…つぐみは嘘を重ねていた自分を恥ずかしく思った。

鷹次郎「それに、私のこの碧い瞳は物の怪の退治の他に、人間の過去を数秒間だけ覗くことができるとでも言えば、もう少し素直になってもらえるでしょうか?」
つぐみ「ああ…!」

 〇ハッとして口に手を当てたつぐみを見て、鷹次郎はつぐみの額にかかる前髪をかきあげて悪戯な顏を近づけた。

鷹次郎「そんな意固地なおまへさんが、私は好きになってしまったのです。まことに恋は残酷でござんすね。」

 〇つぐみは呆然としている。
 〇鷹次郎はつぐみを愛おしく見つめた。

鷹次郎「私はおまへさんのことを愛しく想っているのですが、おまへさんは私のことを好きになれますか?」

 ◯恥じらいながらもつぐみは頷いた。

つぐみ「はい。きっと。」

 ◯少し間を置いてつぐみは頭を振った。

つぐみ「いえ、もうすでに…。好きなんです。鷹次郎さまのことが。」
 
 ◯眼光が和らいで、鷹次郎は照れたように頷いた。

鷹次郎「良かった。」

 ◯つぐみの顏が輝き、すぐに色を失って頭を垂れた。

つぐみ「お気持ちは嬉しいわ。でも、私はもう遊女です。あなたとは釣り合わない。」

 ◯顏を真っ赤にしたつぐみが背を丸めてはらはらと涙を零した。

鷹次郎「それなら、私がおまへさんを身請けしましょう。」
つぐみ「し、知っているでしょう? 私はいま、物の怪の子を腹に宿しているのですよ⁉」
鷹次郎「私は医者です。ここを出たらすぐに治療します。」
つぐみ「でも…。」

 ◯つぐみの言葉を遮り、鷹次郎が背後からつぐみの唇を奪う。
 ◯驚くつぐみから鷹次郎は身を離して、ふわりと微笑む。

鷹次郎「遊女は楼主の許可を得れば妓楼を出ることができます。雀のところに行きましょう。」
つぐみ「今からですか?」
鷹次郎「今すぐにです。」