目が覚めたら目の前に人の顔があったら驚きますよね、俺は驚いた。しかもものすごく綺麗なお顔があったら、自分がどんなアホ面で寝ていたのか恥ずかしくなりますね。しかもじいっとこっちを見てくるんだ! やめてぇ。
「起きた?」
「起きた……」
俺はハムスターみたいに顔を手で擦る。み、見んなって。絶対ヨダレ垂らしてた自信あるぞ!
「あれ、俺こっち向きになってる」
「先輩、寝相凄いですね。蹴られました」
「うわ、ごめん!」
「嘘です」
しれっとした態度はいつもの北門だ。俺はほっとして窓の方に寝返る。外はすっかり晴れていて、青空に雲が流れていた。
「今何時?」
「三時です」
「え、まずい。バイト、バイト遅刻する」
慌てて飛び起きようとしたら、手首を北門に取られ、そのまま指の間に指をいれられた。きゅっと優しく指を締め付ける、いわゆる恋人繋ぎってやつだ。そのまま何度かにぎにぎってしてくる、北門の目は優しい。
「あ、あの、バイト……」
醸し出されるなんだか甘い雰囲気にどっと汗が出てくる。
「今日は五時からでしたよね。まだ時間ありますね」
「そ、そうだね」
俺のシフトの予定を熟知している、北門恐るべし。
「話をする約束」
寝る前の事が頭からすこんって抜け落ちかけてたけど、北門はちゃんと覚えていて促された。
「そうだな、うん。じゃあ俺から話すか」
「俺から話させて」
「あ、分かった。お先どうぞ……」
眠って起きたらテンションがいつも通りに戻ってしまった。北門も置き上がって、二人して右手と左手、何となく繋いだままベッドの下の床にそろりと下りる。
俺はなんか落ち着かなくてTレックスを膝に抱えてその頭の上に顎を載せた。
「俺と初めて会った時の事、思い出したんですね」
「思い出した……。中学の時、今日みたいに雨で清掃活動が中止になった日、だったよな」
「そうです」
「お前がすごくでっかくなって、見た目変わりすぎてて全然わからなかった。あの後サッカー部でも見かけなくなってたし、引越ししたんだな」
「中二の途中で両親が別居して、一度父方の祖父母と一緒に暮らしていたんです。部活も身体が急激に成長してきて、無理して続けてたらスポーツ障害で膝が痛むようになって転校する前から休部してました」
「だから見かけなかったんだな。あの後も、あいつどうしてるかなってしばらくサッカー部なんとなくみてたから」
「そうだったんですね」
「ああ」
「じゃあ、転校してなかったら、もっとずっと早く、先輩とまた会えてたのにな。もったいないことした」
寂しげな笑いから伝わる、この後に続く、こいつの話の哀しみの予感。
「転校先は、部活は?」
「あまり部活に力を入れている学校じゃなかったんで、それなりに。家もごたごたしてて、先輩とも離れてしまったから、なんかあの頃の記憶はあんまり思い出したくないせいか、曖昧なことも多いけど……」
ぎゅっと俺の方から北門の手を握った。
「嫌なら、話さなくてもいいぞ」
北門はゆっくりと首を振る。首を少し傾けて、頭に手をやってる。握った手はすごく大きいのに、まだ少し細い首をみたら、青年にはなり切れていない、こいつの幼さを感じた。
俺がこいつに出来ることって何だろうって思ってしまう。何でもしてあげたいとも思ってしまった。
「俺、人の目を惹くみたいで、優しくしてくれる人は女子が多くて」
「うん、そうだな」
とんでもないイケメンだからな。それだけじゃなくて、この放っておけない独特の雰囲気もうちのクラスの女子からも、いまだってメロいって来るたびに陰で騒がれてる。
「中学生の時は、中学生だけじゃなくて、高校生からも一緒に遊びに行こうとか色々誘われて。頻繁だったからもう、面倒で傍に来るのを拒まなかった時期があった。でも好きだから付き合ってって言われても、付き合いたいとかは思えなくて、誰にたいしても曖昧な態度を取っていた。だから近づいてくる人が多くても、俺から離れていく人も多くて。別にそれを追いかけることもなかった」
「……そっか」
こいつの傍に居て、自分だけを見て欲しいと思った子たちは、多分寂しかっただろうし沢山泣いただろうなって、彼女たちに同情した。同情したけど、こいつの事を救ってあげられる人は誰もいなかったのかなと思って複雑な気持ちになった。
これは奢りかもしれないけど、俺がずっと傍に居てやれていたら、良かったのに。
「一度だけ……。二個上の先輩から付き合ってくれないなら、最後にキスだけは欲しいって言われたことがあって……」
キスの二文字に思いの外ショックを受けて、俺はぎゅっと一瞬目を瞑った。
引っ越した後も東中で関わり合いがある人がいたのなら、どうして俺を頼ってくれなかったんだろう。悔しいな。
これはなんのために覚えた痛みなのか、自分でも少しわかりにくかったけど。確かに今、俺の胸はぎゅうって絞られたみたいに苦しくなった。今はただ、勇気を出して告白してくれている、北門の手を握り返してやることしかできないでいた。
繋いでいない方の手がそっと俺の頬に触れた。いつもならもっと遠慮がないほどがしっと肩を組んでくるくせに、こんな風に壊れ物でも触るみたいにされると、切なくなる。
「……その人とは塾が一緒だったから、何となく連絡先を知ってて、たまに会ったりしてました。色々親切にしてくれて、高校受験の時の相談にも乗ってくれた人だった。いい人だなとは思ってたけど、唇が近づいてきた時、思い出したのは……」
堪らない気持ちになって見あげた北門の目は、いつの間にか熱を帯びていた。
「昔、雨でずぶ濡れになった俺の髪を一生懸命に拭いてくれた人の、雨で赤くなった頬と鼻先と、柔らかそうな唇だった」
親指の先で、そっと唇をなぞられ、びくっと俺は肩を揺らした。
「ごめん」
指が離れていく。お互いに見つめあっていた目を逸らす。
「あっ……、い、いや……、その」
頬といい、耳といい、血が頭にのぼっていくような感覚に唇から吐息が漏れてしまった。
「つ……、つづけて」
「……キスはしたくないって言ったんだけど、先輩は諦めなくて、俺は無理やり口をくっつけられて、反射的に彼女を突き飛ばしてしまった。女の子を突き飛ばすなんて、あり得ないだろ」
「……ありえない、けど、無理やりキスするのも、あり得ない」
そういったら、北門は俺から手を離して膝に顔を埋めて頭を抱えてしまった。
「あー、情けない、こんな話、誰にもしたことない。一番知られたくない相手に話した」
「一番知られたくない、相手?」
「先輩だよ。燈真先輩。俺の憧れの人」
北門ほどの男にそんなこと言われると、照れを通り越して何て反応していいのか分からなくなる。俺も頬に手を当てて、火照ってきた頬をぎゅっぎゅっと擦った。
「憧れ……、俺そんなすごい奴じゃないよ。バスケだってさ、兄貴と親父がやってたから真似して何となく始めたけど、別に特別うまいわけじゃなかったし、兄貴の事は尊敬してるけど、何もかもあいつには敵わないなあって、本当はすげぇコンプレックス持ってたし。バスケ辞めたのだって、自分が見つけた自分だけの居場所を探して、兄貴の事も俺がバスケをしていたことも、誰も知らない場所で一から人間関係築いて、頼りにされてみたいって思ったからで……、お前に憧れられるような人間じゃ、俺はないと思う」
「そんなことない」
少しだけ潤んだように見える黄金の飴玉みたいな目が、窓から差し込む光にきらきらと輝いて見えた。
「今までだって、先輩はバスケ部でも、美化委員会でも、今のクラスでも。自分の魅力で人を惹きつけてた。そんなの誰かの真似だけしてたらできることじゃない。自分で考えて迷いなく行動できるから、それが人を惹きつけるんだ」
「北門……」
「俺は、俺の為にあんな風に戦ってくれる人に人生で初めて出会った。あの日から」
もう一度素早く俺の手をとった北門は、指先に触れるか触れないかのキスをした。感謝の籠った仕草、だけど眼差しの熱量がそれだけの想いじゃないと俺に先に語る。
一拍空いた。俺は息を飲む。
「俺は先輩の事が好きです」
「起きた?」
「起きた……」
俺はハムスターみたいに顔を手で擦る。み、見んなって。絶対ヨダレ垂らしてた自信あるぞ!
「あれ、俺こっち向きになってる」
「先輩、寝相凄いですね。蹴られました」
「うわ、ごめん!」
「嘘です」
しれっとした態度はいつもの北門だ。俺はほっとして窓の方に寝返る。外はすっかり晴れていて、青空に雲が流れていた。
「今何時?」
「三時です」
「え、まずい。バイト、バイト遅刻する」
慌てて飛び起きようとしたら、手首を北門に取られ、そのまま指の間に指をいれられた。きゅっと優しく指を締め付ける、いわゆる恋人繋ぎってやつだ。そのまま何度かにぎにぎってしてくる、北門の目は優しい。
「あ、あの、バイト……」
醸し出されるなんだか甘い雰囲気にどっと汗が出てくる。
「今日は五時からでしたよね。まだ時間ありますね」
「そ、そうだね」
俺のシフトの予定を熟知している、北門恐るべし。
「話をする約束」
寝る前の事が頭からすこんって抜け落ちかけてたけど、北門はちゃんと覚えていて促された。
「そうだな、うん。じゃあ俺から話すか」
「俺から話させて」
「あ、分かった。お先どうぞ……」
眠って起きたらテンションがいつも通りに戻ってしまった。北門も置き上がって、二人して右手と左手、何となく繋いだままベッドの下の床にそろりと下りる。
俺はなんか落ち着かなくてTレックスを膝に抱えてその頭の上に顎を載せた。
「俺と初めて会った時の事、思い出したんですね」
「思い出した……。中学の時、今日みたいに雨で清掃活動が中止になった日、だったよな」
「そうです」
「お前がすごくでっかくなって、見た目変わりすぎてて全然わからなかった。あの後サッカー部でも見かけなくなってたし、引越ししたんだな」
「中二の途中で両親が別居して、一度父方の祖父母と一緒に暮らしていたんです。部活も身体が急激に成長してきて、無理して続けてたらスポーツ障害で膝が痛むようになって転校する前から休部してました」
「だから見かけなかったんだな。あの後も、あいつどうしてるかなってしばらくサッカー部なんとなくみてたから」
「そうだったんですね」
「ああ」
「じゃあ、転校してなかったら、もっとずっと早く、先輩とまた会えてたのにな。もったいないことした」
寂しげな笑いから伝わる、この後に続く、こいつの話の哀しみの予感。
「転校先は、部活は?」
「あまり部活に力を入れている学校じゃなかったんで、それなりに。家もごたごたしてて、先輩とも離れてしまったから、なんかあの頃の記憶はあんまり思い出したくないせいか、曖昧なことも多いけど……」
ぎゅっと俺の方から北門の手を握った。
「嫌なら、話さなくてもいいぞ」
北門はゆっくりと首を振る。首を少し傾けて、頭に手をやってる。握った手はすごく大きいのに、まだ少し細い首をみたら、青年にはなり切れていない、こいつの幼さを感じた。
俺がこいつに出来ることって何だろうって思ってしまう。何でもしてあげたいとも思ってしまった。
「俺、人の目を惹くみたいで、優しくしてくれる人は女子が多くて」
「うん、そうだな」
とんでもないイケメンだからな。それだけじゃなくて、この放っておけない独特の雰囲気もうちのクラスの女子からも、いまだってメロいって来るたびに陰で騒がれてる。
「中学生の時は、中学生だけじゃなくて、高校生からも一緒に遊びに行こうとか色々誘われて。頻繁だったからもう、面倒で傍に来るのを拒まなかった時期があった。でも好きだから付き合ってって言われても、付き合いたいとかは思えなくて、誰にたいしても曖昧な態度を取っていた。だから近づいてくる人が多くても、俺から離れていく人も多くて。別にそれを追いかけることもなかった」
「……そっか」
こいつの傍に居て、自分だけを見て欲しいと思った子たちは、多分寂しかっただろうし沢山泣いただろうなって、彼女たちに同情した。同情したけど、こいつの事を救ってあげられる人は誰もいなかったのかなと思って複雑な気持ちになった。
これは奢りかもしれないけど、俺がずっと傍に居てやれていたら、良かったのに。
「一度だけ……。二個上の先輩から付き合ってくれないなら、最後にキスだけは欲しいって言われたことがあって……」
キスの二文字に思いの外ショックを受けて、俺はぎゅっと一瞬目を瞑った。
引っ越した後も東中で関わり合いがある人がいたのなら、どうして俺を頼ってくれなかったんだろう。悔しいな。
これはなんのために覚えた痛みなのか、自分でも少しわかりにくかったけど。確かに今、俺の胸はぎゅうって絞られたみたいに苦しくなった。今はただ、勇気を出して告白してくれている、北門の手を握り返してやることしかできないでいた。
繋いでいない方の手がそっと俺の頬に触れた。いつもならもっと遠慮がないほどがしっと肩を組んでくるくせに、こんな風に壊れ物でも触るみたいにされると、切なくなる。
「……その人とは塾が一緒だったから、何となく連絡先を知ってて、たまに会ったりしてました。色々親切にしてくれて、高校受験の時の相談にも乗ってくれた人だった。いい人だなとは思ってたけど、唇が近づいてきた時、思い出したのは……」
堪らない気持ちになって見あげた北門の目は、いつの間にか熱を帯びていた。
「昔、雨でずぶ濡れになった俺の髪を一生懸命に拭いてくれた人の、雨で赤くなった頬と鼻先と、柔らかそうな唇だった」
親指の先で、そっと唇をなぞられ、びくっと俺は肩を揺らした。
「ごめん」
指が離れていく。お互いに見つめあっていた目を逸らす。
「あっ……、い、いや……、その」
頬といい、耳といい、血が頭にのぼっていくような感覚に唇から吐息が漏れてしまった。
「つ……、つづけて」
「……キスはしたくないって言ったんだけど、先輩は諦めなくて、俺は無理やり口をくっつけられて、反射的に彼女を突き飛ばしてしまった。女の子を突き飛ばすなんて、あり得ないだろ」
「……ありえない、けど、無理やりキスするのも、あり得ない」
そういったら、北門は俺から手を離して膝に顔を埋めて頭を抱えてしまった。
「あー、情けない、こんな話、誰にもしたことない。一番知られたくない相手に話した」
「一番知られたくない、相手?」
「先輩だよ。燈真先輩。俺の憧れの人」
北門ほどの男にそんなこと言われると、照れを通り越して何て反応していいのか分からなくなる。俺も頬に手を当てて、火照ってきた頬をぎゅっぎゅっと擦った。
「憧れ……、俺そんなすごい奴じゃないよ。バスケだってさ、兄貴と親父がやってたから真似して何となく始めたけど、別に特別うまいわけじゃなかったし、兄貴の事は尊敬してるけど、何もかもあいつには敵わないなあって、本当はすげぇコンプレックス持ってたし。バスケ辞めたのだって、自分が見つけた自分だけの居場所を探して、兄貴の事も俺がバスケをしていたことも、誰も知らない場所で一から人間関係築いて、頼りにされてみたいって思ったからで……、お前に憧れられるような人間じゃ、俺はないと思う」
「そんなことない」
少しだけ潤んだように見える黄金の飴玉みたいな目が、窓から差し込む光にきらきらと輝いて見えた。
「今までだって、先輩はバスケ部でも、美化委員会でも、今のクラスでも。自分の魅力で人を惹きつけてた。そんなの誰かの真似だけしてたらできることじゃない。自分で考えて迷いなく行動できるから、それが人を惹きつけるんだ」
「北門……」
「俺は、俺の為にあんな風に戦ってくれる人に人生で初めて出会った。あの日から」
もう一度素早く俺の手をとった北門は、指先に触れるか触れないかのキスをした。感謝の籠った仕草、だけど眼差しの熱量がそれだけの想いじゃないと俺に先に語る。
一拍空いた。俺は息を飲む。
「俺は先輩の事が好きです」



