北門にぐいぐい引っ張られながら椅子の間を縫って、俺は応援席から連れ出された。

「おい、唯、お題はなんだ。お題は」

 俺の質問に答えず、ただすごく綺麗な顔でにこっと返された。日の光の中で俺の大好きな琥珀色の目がきらりと妖しく輝いている。

「答えろって」

 こういう表情をする時って、こいつのたくらみにまんまと乗ってしまう感じになるんだ。俺はちょっと警戒して、後ずさりを試みる。

「先輩、失礼します」

 避ける間もなかった。身体が宙に浮く。

「ひうっ!」

 唯がひょいっと、俺のことを抱き上げたんだ。
 ぎゃあああ、ともきゃあああともつかない悲鳴があちこちで上がって、男子の野太い声援まで聞こえてきた。

「なああああ、何やってんだお前」
「先輩。ちゃんと掴まってください」
 
 そのまま唯がすたすたと歩き始めたから、俺はもうこいつの首に腕を回すしかなくなった。

「なんなん、なんなんこれ??」

 恥ずかしいったらない。傍を通るやつらには覗き込まれるし、女子はものすごい大騒ぎをするし、みんな教室に置いていたから、スマホを持っていられなかったのが不幸中の幸い。
 持ってたら絶対写真を撮られまくったと思う。
 
「ゆ、ゆい、下ろせって。一緒に歩くから、下ろせってば」

 片手は必死に首にしがみ付いて、もう一方でばしばし胸を叩いたけど、唯はすーんと涼しい顔してる。

「駄目です。自分は散々色んな人とハグしたり、ハイタッチしたり、俺に見せつけたくせに。トーマ先輩は、俺のトーマ先輩でしょ。俺がくっついちゃ、なんでダメなの?」
「は、はああ?? お前何言ってんだよ」

(それって、それってすげぇ)

「やきもち?」
「そーですよ。妬いちゃダメなんですか」

 立ち止まって俺を覗き込んできた唯の顔ったらなかった。恥ずかしそうな、ばつ悪そうな表情で、それが俺には堪らなく可愛く感じた。

「まじかああ。お前可愛いな」

 ぺしぺしって唯の頬を撫ぜたら、周りからまたぎゃあぎゃあ声が上がって、もみくちゃにされそうになったところに2年7組の赤ハチマキ集団が押しかけてきた。

「あーはいはい。二人の世界は後で」
「こ、こいつらは俺たちがひきつける、お前たちは先にいけ!」
「写真撮りたい人はあとで2年7組前に整列なあ。整理券配るぞ」

(こいつら、完全に面白がってるな……)
 
 俺は水筒とか眼鏡とか、上履きとかもって並んでいる人たちの横に、北門に抱っこされたまま並ぶことになった。正直死ぬほど恥ずかしい。

「ひ、姫抱っこヤメテ」

 顔を手で隠したままリクエストしたら、立て抱っこで肩に担ぎ上げられる感じになった。余計に目立つじゃーん。

 借り物競争のMCをしてたのは、生徒会書記。こいつがたまたま2年7組だったのってどういう巡り合わせなんだろう。
 にやにや笑いながら、北門にマイクを向けてきた。

「えー。サッカー部の北門君、これ自分が連れてきたいから連れてきたとかじゃないですよね? この二人すごく仲が良くて、北門君がうちの南澤を慕って、よくクラスに遊びに来てくれるんです」

 へー。みたいな声が周りから上がる。なんなの、本当にこの状況。

「それでお題はなんですか?」

 北門はポケットからお題の紙を取り出して、ちょっと皺の付いたそれをみんなの方に向けた。つまり俺からは見えない。
 北門はマイクを口元に向けられ、あの痺れるぐらいにいい声で言った。

「題は、『MVP』です。先輩は文句なしにこの大会のMVPでしょ?」

(さっきのリレーの事だ)

「いいぞ! 南澤!」
「トーマ!!!」
「北門くーん!」

 赤ブロックの応援席を中心にメガホンのバチバチ音とか尻上がりの口笛とかが鳴り響いてやがて全体に広がっていった。

「唯、ありがとう」

 俺は肩に手をついてバランスをとりながら北門を見下ろす、北門は俺を見上げながら、マイク越しにはっきりとした声で言った。

「南澤燈真先輩は、いつでも俺のMVPで、一番大事な人です」

 あああ、さっきのあれ間違ってたよ。俺のリレーのゴールの瞬間、あの時が今日一番盛り上がったと思ったのに。
 今はつんざくような悲鳴と歓声の中で、こんなにすぐ傍にいる北門の声すら聞こえない。もう先生たちもアウトコントロールで、散々大騒ぎで進行役も耳を塞いでる。
 その隙をついてさ、俺はこんなにたくさんの人の前で結構でかめの声でこういったんだ。

「唯、大好きだ!」

 

 
                                   終