ずっといっしょにいるって約束


 教室の自分の席から、廊下に立っている臨のことをじっと見つめる。

 他クラスの友達ふたりに呼ばれて出ていった臨が、なかなか戻ってこない。

 あのふたり、たしか臨と同じバスケ部だよな。

 何の話してんだろ。

 ずっと楽しそうに笑っている臨が気になる。

 ほんとうなら、すぐにでも割り込んでいって臨を奪還してきたいところだけど……。ぎゅっと歯を食いしばって我慢した。

 正直言って、今の俺と臨の関係はすげー微妙。

 変に距離を詰めて臨に嫌われたくないし、逃げられたくない。

 ちゃんと我慢できてる俺、超成長してるし、めっちゃエラくない!?

 俺がこんなにも我慢してるっていうのに、臨は俺以外のやつを相手に、可愛い笑顔を振り撒いている。

 臨は、子どもの頃から軽く目を細めて、少しだけ口角をあげて笑う。

 にこにこってわかりやすい感じでも、ガハハって大胆な感じでもないんだけど。嬉しいとか、楽しいんだなって空気は、ちゃんと伝わってくる。

 俺は臨のちょっとひかえめな笑い方が、好きだし、昔から可愛いと思ってた。

 離れたところから見てても、笑ってる臨は可愛い。

 てか、好きって気付くと、より可愛く見えるな。

 そしてその笑顔が向けられている相手が自分じゃないことにモヤつく。

 そういえば最近、臨はあんなふうに俺に笑いかけてきてくれない。今までは、臨の笑顔を間近で見られるのが幼なじみの俺の特権でもあったのに。

 いつからあんまり笑いかけてくれなくなったんだろう。

 やっぱり臨に告白されてからかな……。

 最近の臨は、俺が近付くと眉根を寄せて、しかめっ面ばっかする。

 なんでだろ。たぶん、俺がタイミングを間違えたんだよな。

 臨が部屋で告白してくれたときに、すぐに俺も同じ好きだって気付けていたら。

「付き合おう」って答えてたら、臨は今頃、俺にだけ笑いかけてくれていたのかもしれない。

「はあーっ……」

 ため息を吐くと、ズボンのポケットからスマホを取り出す。

 タップすると画面が明るくなって、そのなかで、今よりも少し幼い印象の臨が上目遣いに俺に笑いかけてくる。

 はあ……。今すごく、臨に触りたい……。

「なあ、紫藤」

 スマホをじっと眺めていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

 振り向くと久保で、俺の手元を見て、ちょっと口端をひくつかせている。

「は? おまえのスマホの画面、臨なの?」
「そーだよ。めっちゃ可愛いだろ。ちなみにこれは、中学のときの部活の大会で逆転ゴール決めたあと、嬉しそうに振り向いて俺に笑いかけてくれた臨」

 意気揚々と説明する俺に、久保がしらけた目で「ひくわー」とつぶやく。

 失礼なやつだ。

「ほんとはあんまり見せたくないけど、ほかにもあるよ。これは中学の修学旅行で鹿にせんべいあげてるやつでー、これは俺んちに勉強しに来たのに途中で寝ちゃった臨。あとは、入学式の日に桜の下で撮った臨。全部可愛いから甲乙つけがたくて。日替わりにしてんの」
「は? キモ」

 スマホを見せながらニヤける俺を、久保は短いひとことで一刀両断した。

「それ、臨も知ってんの?」
「知ってるよ。たまに見て、苦笑いしてるかな」
「へえ……。そんなキモくて、よく今まで臨に嫌われなかったな」
「嫌われる……」

 呆れ顔の久保の言葉に、突然、スーッと血の気が引いた。

 え。こういうのも、嫌われる要因になんの……。

 どうしよう……。

「ていうかさ。そんな好きなのに、なんでフったわけ?」

 スマホを握りしめて青ざめる俺に、久保が臨のほうをちらっと見ながら意味ありげに訊ねてくる。

 誰をフったか。はっきり名前は出さないけど、臨のことを聞かれてるってことはわかる。

 もしかして臨は、俺のこと久保に相談とかしてたのか……?

「フってないよ。でも、あのときはまだ友達だと思ってたから、友達として好きって返しちゃって……」
「あのときってことは、今は……?」
「今は……、友達以上に好きって気付いた。だから付き合おうって言ったんだけど、全然信じてくれないし、同情するなって言われた……。それに、しばらくはむやみにくっついたらダメだって……」

 久保に説明しながら、なんだかせつなくなってきた。

「なんか拗れてんな……」

 しょんぼりとうなだれる俺を哀れむような目で見ながら、久保が小さく肩をすくめる。そのとき。

「ねえ、さっきから何の話してんの? 恋バナ?」
「紫藤くんの恋バナ、めっちゃ気になるんだけど」

 近くにいたサキとナホが、興味津々な顔で話しかけてきた。

 ピアスを開けたり、髪にメッシュを入れたりしているふたりは、うちのクラスの中では派手目の女子だ。

 特別仲がいいわけじゃないけど、ヒマつぶしなのか、たまに絡んでくる。

「ふたりは恋愛相談って得意?」

 ちょっと聞いてみたら、サキとナホがお互いにきょとんと顔を見合わせる。それから同時に俺のほうを見て、ニヤリと口角を引き上げた。

「もちろん」
「超~得意!」

 ふたりのニヤケ顔がちょっと胡散臭い。

 でも、ふたりは常に途絶えず付き合ってる人がいるっていうから。相談するメリットはある気がする。少なくとも、久保よりは。

「で? 紫藤くんは何に悩んでんの?」
「悩んでるっていうか……。一度お付き合いを断った相手に告白するのってアリだと思う……?」
「え、紫藤くん、一度フった子に告白するの? フったあとで、やっぱりその子のことが気になっちゃったってこと?」

 俺の質問に、サキが質問返ししてくる。しかも、聞き返してくる声がデカい。

 廊下の臨まで聞こえたらどうしようと思って、俺はあわてて顔の前で手を振った。

「いや、違う! 俺がどうとかじゃなくて……」
「友達の話?」
「そうそう、友達!」

 一応そう答えたけど、にんまりしているサキとナホが信じてるかどうかはあやしい。

「うーん。時と場合によるだろうけど……フラれた側の気持ちでいうと、ダメだった時点で、あきらめて次行こってなるかな」
「だね。ずっと引きずっててもしょうがないし」
「え。フラれたら、もうその人のこと好きじゃなくなるってこと?」
「どれくらいで諦められるかは、人に寄るだろうけど。あたしは、フラれたらすぐに見切るタイプ」
「あたしも。ちょっとだけ落ち込むけど、わりと切り替え早いかも」
「そうなの? 自分から告白するくらい好きだったのに?」

 びっくりする俺に、サキとナホが「そうだねー」とあっさりうなずく。

「でもさ、一度フったくせにあとから告ってくるって、ちょっとズルいよね。じゃあなんで、最初に告ったときオッケーしてくれなかったのってなんない?」
「なるなる。それに、ちょっと冷めるかな」
「わかる。まず本気が伝わってこないし、とりあえず自分のことキープしときたいのかなって疑っちゃう」
「わかるー! ていうか、告ったからってこっちがずっと好きでいると思うなよって感じじゃない?」
「ね。勘違いキモい」

 あきらめて次。
 本気が伝わってこない。
 ずっと好きでいると思うな。
 勘違いキモい。

 きゃっきゃと無邪気に笑うサキとナホの言葉が、脳天をガンガン全力で殴りつけてくる。

 ふたりが言うことも、もっともだ。

 フラれた相手をいつまでも想ってたって、生産性がない。

 もし、臨がもう次の相手を探してたらどうしよう……。

 廊下を見ると、臨が楽しそうにしゃべってる友達との距離が近い。

 あんな近くにいたら、周りのやつら、みんな臨のこと好きになるじゃん……!

 だって臨は、誰が見たって美人で可愛い。

 もしあいつらの誰かから……。いや。あいつらじゃなくても、ほかの男子や女子から告白されたら……。

 臨だって、俺のことなんで忘れて次行こうって思うかもしれない。

 それに臨は、あとから「好きだ」って言い出した俺のことを怒ってた。同情で付き合ってほしくないって。

 それってつまり……。サキとナホが言ってるみたいに、俺の本気度が臨に全く伝わってないからだ。

「じ、じゃあ……。本気だってわかってもらうにはどうすればいいと思う?」

 サキとナホのほうに向き直ると、縋るようにふたりの腕を片方ずつつかむ。

「えー。なんだろう……。なんか、本気だって伝わるようなプレゼントとかしてみるのは?」
「普段行かないような場所にデートに誘ってみるのもいいかもよ」
「必死じゃん、紫藤」

 サキたちに助言を求める俺のことを久保がゲラゲラと笑う。

 だけど、必死になるに決まってる。

 臨に見捨てられたら、俺はもう生きていけない……。

「プレゼントとデート……。たとえば、水族館とか映画とか、スタバで勉強したりとか……?」

 思いついた行き先は全部、よく俺と臨を合コンに誘ってくるクラスメートの坂部の入れ知恵だ。

 保育園の頃からずっと臨とばかりつるんでたから、デートなんてしたことないし、一般的なデートがどんなものなのかイマイチわからない。

「だったら、あたしは水族館に行きたいかなあ」

 サキが口元に指を当てながら上目遣いにそう言ったとき。

「快、次、体育で移動……」

 いつのまにか俺のところに来ていた臨に、声をかけられた。

「あ、臨!」

 嬉しくなって笑顔で振り向いたら、無表情な臨の目がなんだか怒っていた。

 え、なんで……。さっきまで、友達と楽しそうにしゃべってたじゃん。

 あいつらとなんかあった……?

 いや、違う。俺がなんかした……?

 冷たい臨の目が、俺を不安にさせる。

「久保、行こう」

 くるくる考えていると、臨が久保の腕を引っ張って、ロッカーに体育着を取りに行く。

「あー、待って。臨、俺も……ってぇ!」

 急いで立ちあがろうとしたら、机の脚に左足の脛をぶつけた。

 しゃがみ込む俺に気付いて、臨が一瞬心配そうに振り返ってくれた。だけど……。

「えー、大丈夫? 紫藤くん」

 スカートの後ろを押さえてしゃがんだナホに声をかけられた途端、臨がすっと無の表情になって久保と教室を出てしまった。

 あー、臨が行っちゃう……。

 せっかく話しかけてきてくれたのに。

「ごめん……。俺、体育……。いろいろありがと」

 ぶつけたところを押さえて立ち上がると、サキとナホに手を振る。

「はーい。なんか頑張れ〜」

 やる気なく手を振り返してくるふたりに見送られて、右足でピョンピョンしながら体育着を取りに行く。

 それからしばらくして痛みが治ってくると、速足で臨を追いかけた。

「待って、臨」

 やっと追いついて臨の肩をつかまえると、「あ、そーだ!」と、久保が急に大きな声を出す。

「俺、トイレ行きたかったんだわ! じゃあ、あとで体育館でな」

 シュバッと右手をあげた久保が、俺に向けてニヤッと笑い、トイレとは真逆の方向に走りだす。

「何あいつ……」

 不審げに眉を寄せる臨だったけど、俺は気付いた。

 久保に気を遣われたんだってことに……。

 だってさっき、恋愛相談全部聞かれたもん。

 臨とふたりきりは嬉しいけど、恋愛相談直後でっていうのはちょっと気まずい。

 どうしよう。もう、この勢いでデートに誘っちゃう……?

 そういえば、二週間ほど先。11月22日が臨の誕生日だ。

 しかも、今年は運良く土曜日。

 その日にデートに誘って、俺の気持ちが本気だってわかってもらえるようなプレゼントしたらいいんじゃない……?

 うん。それがいい。

 とにかく、俺の「好き」が本気だってことを臨にちゃんとわかってもらわないと。

「臨――」
「快、あのふたりのどっちかと水族館行くの?」

 なんて切り出そうかと考えながら口を開いたら、臨がちょっと不機嫌そうに言葉をかぶせてきた。

「あのふたりって?」
「サキとナホ……」
「なんで、俺がサキとナホと水族館行くの?」
「だって、なんかデートがどうとか言ってただろ」

 きょとんと目を丸くする俺を、臨がじとっと睨んでくる。

 どうして俺がサキたちと水族館に行くと思われてるのか、さっぱりわからない。

 俺はただ、ふたりに相談してただけなのに。

「俺がデートに誘いたいと思ってるのは臨だけだよ」
「は……?」

 ちょっとムキになって言ったら、臨が一瞬固まって。それから、腕で顔をおおって下を向いた。

「い、いきなり何?」

 耳の先を赤くした臨の声が、動揺してるのがわかる。それを見たら、まだ臨に嫌われてないかもって思えてほっとした。

「なあ、二週間後の臨の誕生日に水族館行こう」
「俺と快で?」
「もちろん。誕生日祝いも兼ねて、デートしようよ」

 口を固く閉ざした臨が、ちょっと困った顔になる。

 あれ……。やっぱり、嫌なのかな。

 臨にはもう、俺以外にデートしたい人がいるとか……?

 臨の反応に、今度は胃がキリキリしてきた。

「好き」って気付くと、感情のコントロールが今まで以上に難しい。

「嫌……?」
「……嫌ではない」

 不安な面持ちで訊ねた俺に、臨がぼそっと返してくる。

「じゃあ、臨の誕生日は俺が予約。約束ね」

 右手の小指を差し出すと、臨が遠慮がちに小指の先で触れてくる。それを逃さないように、ぎゅっと絡めた。

 そうしながら、ふっとあることを思いついた。
 
 その日、家に帰ると、俺はドタバタとキッチンに駆け込んだ。

「ばあちゃん! 俺の貯金通帳に入ってるお金、全額おろしていい?」

 夕飯の準備のために鍋に火をかけようとしていたばあちゃんが、怪訝そうに振り返る。

「はあ? なに言ってんの、あんた」
「俺と臨の未来のために必要な軍資金なんだよ」

 真剣に訴える俺を、ばあちゃんが「また、変なこと言い出した」という目で見てくる。

「あんた、またなにか臨ちゃんに迷惑かけようとしてるでしょ」
「違うって。俺が本気だってことをどうしても臨にわかってもらいたいの!」
「何なの、本気って……」

 疑わしげに俺を見てきたばあちゃんは、結局貯金通帳を渡してくれることはなく……。

「二ヶ月分のお小遣い前払いね」

 臨と出かけるという俺に、ばあちゃんが渡してくれた軍資金は一万円だった。