ずっといっしょにいるって約束

◇◇◇

 食堂のある建物につながる渡り廊下の手前で、臨を見つけた。

 もう俺が追ってこないと油断しているのか、少し下を向いて歩いている。

 気づかれたら、また逃げちゃうかも。

 だから、静かに背後から近付いていって、声をかけるより先に手首をしっかり捕まえた。

「臨」

 俺の声に、臨がビクッと大きく肩を揺らす。

「は? え……? 快、なんで……?」

 振り向いた臨が、目を見開いて口をハクハクさせている。

 驚きすぎてる臨の顔がおもしろいけど、ちょっと可愛い。

「ふっ……、臨ちゃん、変な顔」

 にこっと笑いかけると、少し冷静になった臨が眉間にきゅっとシワを寄せた。

「ついてくんな、って言っただろ」
「でも、ひとりで四人分の席とっとくのって大変じゃん。いっしょに行こうよ」

 つかまえた臨の手首を引く。そのまま歩き出そうとしたら、立ち止まって動かない臨に反動でぐいっと後ろに引っ張り返された。

「行かないの?」
「行くけど、手は離せ」

 臨が、俺に引っ張られた手を見つめてつぶやく。

「やだよ。離して、また逃げられたら嫌だし」
「俺は、快に手を引っぱられながら歩くのが嫌だ」
「なんで? 別にいいじゃん。友達なんだし」
「よくない。友達だから、嫌なんだよ。友達なら、むやみに触んな」

 ぼそっとつぶやく臨の言葉に、俺はちょっと傷付いた。

 え……? 友達なのに、俺だけ今までみたいに臨に触っちゃだめってこと?

 久保とか三上や、他のやつは気安く臨に触ってたのに? なんで……?

「臨が何言ってんのか全然わかんない。こんなん、今までふつーだった」

 臨の手首をつかんでいた手を動かして、臨の手を繋ぐ。親指の腹で、臨の手の甲をすっと撫でたら、臨が繋いでいないほうの手を口元にあてて小さく肩を震わせた。

「そ、れは……。俺が快のこと好きで、快が俺には気を許してくれてると思うと嬉しかったから……。でも、快は俺と友達がいいって思ってるだろ。なのに、こんなふうにされたら、嫌でも勘違いして期待すんだよ。それに、快に気持ちバレてるんだって思うと、意識しちゃって今までみたいにふつうにできない……。だからしばらく、今までみたいな距離感で近付くのはやめて。これまでどおりいっしょに学校行くし、弁当も食うし、避けたりはしないけど……。むやみに触んな。俺が、快と近付いてもなんとも思わなくなるまで」
「え……? ちょっと待って。しばらくって……どれくらい……?」
「そんなの、わかるわけないだろ。ふつう、友達の手はこんなふうに握ったりしないから」

 そんなふうに臨に抗議されて、焦るというか。俺は、ちょっと頭の中が混乱していた。

「じゃあ、これからは、友達だから臨に触るの我慢しなきゃいけないってこと……? 俺、臨といっしょにいて、触らないでいるとかムリなんだけど……」 
「だから……、そういうのをやめろって言ってんだって……」

 やや上目遣いに俺を睨みながら、臨が繋いだ手を思いきり振り払う。

「そういうのって何?」
「もういいって。食堂行くんだろ……!」

 臨がちょっとキレ気味にそう言って、早足で歩いていく。

「よくないって。俺、まだ全然納得できてない」
「快が納得するとかしないとかの問題じゃないんだよ」

 俺に背中を向けて進んでいく臨の歩みが、少しずつ速くなる。そのまま、渡り廊下の先にある階段を駆け足で降りていく臨。

「ちょっと待って、臨」

 その背中に並ぼうと階段を駆け下りていた俺は、最後の五段を焦って踏みはずした。

「う、おわーっ!」

 俺の変な悲鳴に、臨が振り返る。

「快、あぶなっ……」

 ふわっと軽く宙を舞った俺の身体は、階段下に駆け寄ってきてくれた臨に正面からがしっと抱きとめられた。

 臨がいてくれて、助かった。

 落下の衝撃をクッションみたいに受け止めてくれた臨にぎゅっと抱きつく。

 鼻先に触れた臨の髪から、臨の家のシャンプーの匂いがした。

 嗅ぎ慣れた、安心する臨のにおい。

 でも、こんなくっついてたら、臨はまた怒るかな。

 友達だったら、触るなって。

 でも、最近の臨は全然近寄らせてくれないし。

 これから触るの我慢なら、今のうちにしっかり臨を摂取しとかないと。

 抱きしめる腕にぎゅーっと力を込めると、臨の首筋に鼻を近付けて、すーはー吸い込む。

 はあ……。やっぱり臨ちゃん、いい匂い。

 好きだわ……。ちょー好き。

 へ……? 好き? そうだ。俺、好きなんじゃん。

 この好きってもう、友達としての範疇を超えてる……?

 突然、はっきりと胸をよぎった感情。それを自覚してパッと顔をあげたら、俺の腕の中で目を伏せた臨が、耳まで真っ赤になっていた。

 え、なに……。臨って、こんな顔することあんの……?

 これって、俺のこと好きだから……?

 どうしよ。めっちゃ可愛いんだけど……。

「好き……!」

 途端に溢れ出してきたクソデカ感情。それをまっすぐにぶつけたら、臨がふと無の顔になった。

「へ……?」
「だから、やっぱり、俺も臨のこと好き!」
「わかってるよ。友達としてだろ」
「そう、思ってたんだけど……。臨、やっぱり俺と付き合おう」
「は……?」

 臨が低い声でつぶやいて、怪訝に眉を寄せる。

 さっきまで真っ赤になってかわいかったのに。今は、まるで宇宙人でも見るような目で俺を見ている。

 あれ? もしかして、俺の告白がうまく伝わってない……?

「だからさ、付き合おうよ。そうしたら、もうこうやって臨にくっつくのも我慢しなくていいんだよね?」
「な、に言ってんだよ! 離せ……!」

 だけど、ぎゅっと抱きつこうとしたら、臨が暴れて俺から逃げてしまった。

「違うだろ、そういうの……」
「何が違うの?」
「なにが、って……まず前提からだよ」

 唇を噛んだ臨が、振り絞るような声でつぶやく。

「快が俺にくっついてんのは、お母さんのこととかいろいろあって、近くにいる人が離れてくのが嫌っていうか……トラウマだからだろ。心配しなくても、俺はこれからも友達として快といっしょにいるよ。今までみたいにくっつかないと不安なら、ちょっとはいい。なかなか難しいけど……なるべく不自然な態度取らないように気をつけるし。だから、本気で好きでもないくせに付き合うとか言うな」
「なんで? 俺、好きだよ。臨のこと。今、そう言ったじゃん」

 ふにやっと笑って手を伸ばすと、臨がなんだか苦しそうな顔で俺を睨んでくる。

「知ってるけど……違うじゃん。快のは。だから、付き合わない……!」
「え……? なんで……?」

 なんで……? 俺は臨が好きで、臨も俺のこと好きなんじゃないの……?

 浮かれた気持ちが、一気にぐちゃぐちゃになって。ワケわかんなくなる。

「俺、べつに快に同情してほしいわけじゃないから」

 つかもうとした手が、臨に乱暴に振り払われた。

「臨……?」

 臨は唇を噛むと、呆然とする俺を置いて食堂のほうに走っていく。

 混乱で頭がうまく回らなくて、臨を追いかけたらいいのかどうかもわからない。

 わからないけど……。もしかして俺、フラれた……?

 なんで……?

 臨はもう、恋愛感情では俺を好きじゃないってこと……?

 なんで、付き合わないとか言うんだよ。

 臨が言ってくれた「好き」の意味が、やっとちゃんとわかったのに……。