ずっといっしょにいるって約束


◇◇◇
 
 学校を出てから電車に乗って、久保と別れて地元の駅で降りてからも、ずっと背後につきまとう気配。

 声をかけてくることもなく、それでいて一定の距離を保ったまま離れない。

 話しかける気がないなら、ついてくるなよ。

 イラッとして振り向くと、俺から五歩後ろで快がビクッと立ち止まった。

「うざい……」
「だけど、俺の家もそっちだし」

 ボソッとつぶやくと、快が進行方向を指差しながら、へらっと笑う。

「そうじゃなくて……黙ってついてくんのがうざい」
「え! じゃあ、臨と話しながら隣を歩いていいの?」
「……黙ってつきまとわれるよりはマシ」
「そっか!」

 俺はつきまとわれるよりはマシって言っただけなのに。

 何をどう前向きに解釈したのか、快がにこにこしながら俺のそばに駆け寄ってきた。

「はい、これ」

 肩を寄せてぴったりとくっついてきた快が、俺にペットボトルの炭酸飲料を差し出してきた。

 部活後で、喉は渇いてる。

 快にしては、気が利くじゃん。どうせ、俺のご機嫌取ろうとしてるだけなんだろうけど。

 仕方なく受け取ったら、触ってわかった。常温だ。

「これ、いつ買ったやつ……?」
「昼休みだったかなあ」

 あっけらかんと笑う快に冷たいまなざしを向けると、

「だって、臨ちゃん。今日ずっと、俺に話しかけんなオーラ出してくんだもん」

 と、口を尖らせて、なんか可愛い子ぶってきた。

「臨がいらないなら、俺飲むよ」
「……飲む」

 いちおう快なりに腹を立ててる俺に何かしようとしたんだから、それは受け取ってもいい。

 キャップを開けると、俺は快がくれた炭酸飲料に口をつけた。

 ぬるい……。

 わずかに眉を寄せたとき、横顔に視線を感じてドキッとした。

「なあ、そんなことより。さっき久米と近くなかった?」
「は?」
「部活のとき。あいつ、臨に抱きついてたじゃん」
「は……?」

 快が何言ってんのかよくわからなくて、いったん思考停止。

 抱きついてたってもしかして……。

「ストレッチで負荷かけてもらってただけだけど……」
「それにしては近すぎだろ。臨の背中にべったりくっついて、顔だって、すっごい近かった」
「ふつうに基礎練してただけだろ」
「基礎練なのに、あんなに顔くっつけんの? ただの部活メンバーと?」
「べつに、あれくらいふつうじゃない?」

 相手を意識してなければ。

 だから、快がなにを憤ってるのかわからない。

 しらけたまなざしを向けると、快が「あれはダメ」と真顔でつぶやいた。

 何が、どうダメなんだ……。どう考えたって、久保の距離感より快の距離感のほうが問題だろ。

「自分だって、ムダにくっついてくるくせに……」
「俺はいいの。臨の友達だから」

 俺のボヤキに、快が間髪入れずに返してくる。

「久保だって友達だけど……」

 そう言うと、くわっと快の瞳孔が開いた。

「俺は、臨のいちばんの友達だから」

 キレ気味に返してくる快のキレポイントがよくわからない。だけど……。

《臨のいちばんの友達》っていう、そこはぶれないんだ……。

 でも、まあ、快が《友達》っていう関係に拘る理由もわかる。

 快の両親は、快が保育園のときに離婚してる。父親のほうに他に好きな人ができて家を出て行ったらしい。

 それからしばらくして快の母親も交通事故で亡くなった。それも、原因不明の足の痛みで歩けなくなった快を小学校に迎えに行こうとしていたときの事故で。

 快は、母親が亡くなったのは自分のせいだとものすごく落ち込んでいた。

 立て続けに父親と母親がいなくなった快は、自分が大切にしている人も大切な関係も、脆くて、簡単に壊れてしまうものなんだと思って絶望してた。

 まともに食事をとれず、夜もうまく眠れなくなった快は、学校も休みがちになった。

 日に日に憔悴していく快が心配で、その当時の俺は、学校から帰ると毎日、快の家に行っていた。

 あるとき、目の前で泣き出してしまった快に約束した。

『俺は絶対ずっといっしょにいるから。だって、快の友達だもん』

 このままだと、やつれて細くなった快が涙に溶けていなくなってしまうのではないかと怖くて。快の肩を抱きしめた。

 それからしばらくして快は学校に来れるようになって、少しずつ笑顔を見せるようになった。

「臨ちゃんが励ましてくれたおかげ」

 元気になった快を見て、快のばあちゃんはほっとした顔をしていた。

 快がどん底に落ち込んでいたときに、俺の言葉があいつを掬いあげた。

 それもあって、快の中では、たぶん、《友達》っていうのは、何があっても切れることのない、いちばん強いキズナなのだ。

 身近な大切な人を二度失った快は、自分のそばから人が離れていくのが怖いんだと思う。

 だから、小さいときから近くにいた俺に執着するんだ。

《いちばんの友達》だって。

 俺だってもちろん、快と約束したときには《いちばんの友達》だって思っていた。

 他のどんな友達よりも快と一緒にいるのがいちばん楽しかったし、快のことが好きだった。

 だけどその気持ちが、ただの友達に対するものとは違うかもって気付いたのはいつだったんだろう。

 なんとなくだけど、きっかけは俺のじいちゃんがいなくなったことだったのかなって気がしてる。

 俺の家も片親で、父親が三歳の頃に病気で亡くなっている。

 だから、近所に住んでいた母方のじいちゃんは、俺の父親みたいなものだった。

 俺が中学に上がった頃、そんなじいちゃんの身体に病気が見つかって。急いで病院にかかったけど、そこから病状は進行し、あっという間に亡くなった。

 父親を亡くしてるけど、三歳のときで記憶にないから。それが、俺にとっては家族を亡くした初めての経験だった。

 少し前まで元気だったはずのじいちゃんの死が信じられなくて、喪失感がすごかった。

 変に子どもじゃない分、悲しいのにうまく泣き方もわからなくて。

 授業中も部活中も、気を抜くとぼーっとしてしまうことが多かった。

 夜はいつも眠りが浅くて、寝ているのか起きているのかよくわからない日もあった。

 だけどそういうのは、家や学校ではポーカーフェイスであまり表に出さないようにした。

 たぶんだけど、母親は俺がじいちゃんの死でそこまで精神的に参っていたとは気付いていなかったと思う。

 それくらい、母親の前ではいつも通りごはんを食べて、いつも通りに振る舞うようにしていたから。

 だけど、快だけは俺の小さな異変に気付いてた。

 ある日の部活帰りに、快が俺を待っていて。保育園の頃にじいちゃんが俺と快を連れてよく遊びに行った公園に連れて行ってくれた。

 なんとなくふたりで、公園のブランコを漕いで、たわいもない話をして。

 そうしたら、ふとブランコを漕ぐのをやめて立ち上がった快が、俺の前に立った。

「臨、ちゃんと泣けた?」

 優しく細められた快の目が「泣いていいよ」って言っている気がして。

 じいちゃんが死んで初めて、声をあげて泣いた。

 何年かぶりってくらいで、快の前で大泣きした。

 快はブランコに座った俺の頭を胸に引き寄せて、しばらく撫でてくれていた。

 あったかくて、ほっとした。

 しばらくして落ち着くと、快がふっと笑って言った。

『大丈夫。俺がずっと一緒にいるよ。臨の友達だから』

 見上げた快の笑顔が、夕焼け空の下で綺麗だった。

 もともと顔立ちの整っていた快は、中学になる頃にはすでにイケメンに育ってたけど。そういう客観視なしに、すごく綺麗だった。

 小さな頃から近くにいた快に、なぜかすごくドキドキした。

 そのあとくらいだと思う。

 快にバグった距離感で近付かれると、左胸が騒ぐようになった。

 耳元で話す快の声や、無邪気に触れてくる快の手に頬が熱くなった。

 快が他の――、特に女の子と話してたりするとちょっとイラついて。逆に、他のやつそっちのけで快が俺のそばに来ると、わずかに優越感を感じた。

 そのときには、もう快への気持ちをはっきり自覚してた。

 俺の快に対する気持ちは友情じゃない。

 だから、なるべく快に気持ちがバレないように気を付けていたのに。友達でい続けられるようにしようって思っているのに。

 快からの距離が無防備で近すぎるから、気持ちのセーブが難しい。

 友達だからずっと一緒にいるって約束したのに。

 そんな俺が、快が切りたくないって思ってる大事なキズナを壊しそうになる。

 この前の告白だって、大失敗だ。

 あんなの、絶対だめだった。

 快は、俺と友達じゃなくなることを望んでない。

「ごめん。俺、こっからひとりで帰るわ」
「え? なんで?」
「なんでも」

 俺はため息を吐くと、快の肩を横に押しやって歩くスピードを速めた。

 ため息は、今までどおりちゃんと友達ができそうにない自分に対して。

 快と冷静な気持ちで話せるようになるまでは、今までみたいに近い距離ではいられない。

「待ってよ、臨。さっきは隣歩いていいって言ったじゃん。今度は、何に怒っんだよ」

 追いかけてくる快の声を無視して歩く。

「なあ、臨! 一緒に帰ろうよ。どうせ同じ方向じゃん」

 快が小走りで追いかけてくる。

 それを振り切るように走ると、快も同じように駆け足になった。

「臨、そんな走んないで!」

 快がそう言うのが聞こえたけど、俺は走るのをやめなかった。

 そうしたら、途中で快が追いかけてくるのをやめるってわかってたから。

 過度に動くと、足が痛くて歩けなくなる。快は母親が事故に遭ったのは、小学生のときの自分の病気のせいだと思ってるから、今でも無理には走らない。

 意地悪だけど、快から離れるには全力で走るしかなかった。

 思ったとおり、そのうち快の追いかけてくる足音が遠くなる。

 このまま、走って逃げてしまえ。そう思ったとき。

「臨は、俺のこと好きなんじゃねーの?」

 突然、快の叫び声が聞こえてきた。

 夕方の住宅街全体に響き渡ったんじゃないかと思うくらいの快の大声に、ギョッとした。

「は……? おまえ、なにそんなでかい声で……」

 立ち止まって振り向くと、快が小走りで距離を詰めてきた。

「はあ、追いついた……」

 肩を上下させて乱れた呼吸を整えると、快がらなんだか心細そうな目で俺を見つめてきた。

「なんで、俺から逃げるんだよ。ずっと一緒にいてくれるんじゃねーの。昨日、俺のこと好きって言ってたのはウソ?」

 沈んだ表情の快に悲しそうな声で訊かれて、なんでだよって思う。

 だって、フラれたのは俺のほうなのに……。

「そう言うこと聞いてくんの、ずるい……」
「え?」

 茫然とまばたきする快に、苦笑いで首を振る。

「わかった。もう逃げない」
「絶対?」
「絶対。だって、友達だし」

 自分への戒めも込めてそう言うと、快が「いちばんのな」と、にこっと笑って付け足した。

「そーだよ……」

 約束したから。

 ずっと一緒いるって。友達だからって。

 そうやって、俺を縛りつけてくる快がむかつく。

 だけど、結局、快から本気で離れるのなんてムリだ。

 友達以上にはなれないってわかってても、快のことが好きだから。