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 ことの発端は、昨日の夜。グループラインに届いたメッセージだ。

 部活後に快の家に寄って夜ご飯をごちそうなった俺は、帰るのが面倒で、快の部屋でしばらくだらだらマンガを読んでいた。

 俺の家は、母親と二人暮らし。父親は三歳のときに病気で亡くなってて、顔もほとんど覚えてない。

 介護士をしている母さんは、シフトによって夜勤がある。

 だから小学生の頃までは、近所に住む母方の祖父母の家に泊まりに行かされることが多かった。

 ばあちゃん家と隣同士だったのが、快の家。正確には、快のばあちゃんの家だった。

 快がばあちゃん家の隣に住み始めたのは保育園の頃。

 快の母親が離婚して、子連れで実家に帰ってきたのだ。

 偶然にも、俺と快は通う保育園がいっしょで、よくいっしょに遊ぶようになった。

 おたがいのばあちゃん家同士を行き来することも多くて、俺のじいちゃんとばあちゃんは、快を自分の孫みたいにかわいがってた。

 逆に、快のばあちゃんも俺のことをほんとうの孫みたいにかわいがってくれた。

 その縁は高校生になった今でも続いていて、快のばあちゃんは頻繁に、俺を夕飯に誘ってくれる。

 みんなで食べたほうが楽しいから、って。

 快の家は居心地がいい。

 快のばあちゃんは優しいし、なんだかんだ言っても、俺は快といっしょにいられる時間が長いと嬉しい。

 快のこと、好きだから。

 昨日の夜も、そうだった。

 快のばあちゃんが作ってくれた肉じゃがを腹いっぱい食べて、快の部屋のでっかいヨギボーでくつろぎながら、帰んのめんどいなあって思ってた。

 そんなときだ。俺と快がふたりとも入ってるライングループに合コンの誘いがあったのは。

《地元の友達に、A女学院の子たち紹介してもらった! 来週土曜日、その子たちといっしょにカラオケ行かね?》

 企画の主催者は、高一、高二と同じクラスの坂部(さかべ)。野球部で、いつもうるさいくらいに元気。

 高校に入ったときからずっと「彼女ほしい!」って騒いでは、地元の友達経由でよく合コンを企画してくる。その合コンで彼女ができるのは坂部が連れてった他のメンバーばっかりで、坂部本人は未だに彼女がいない。

 悪いやつではないけど、残念ながらあまりモテないのはちょっとうるさすぎるせいなんじゃないかと思う。

 届いたメッセージを眺めていると、ベッドで寝転んでいた快が速攻で返信を入れた。

《不参加で》

 しかも、笑うくらいそっけない。

《秒で断んな、紫藤!》
《キョーミない》

 坂部からのメッセージに、快がまた秒で返してスマホを手放す。

《ちょっとは検討しろ!》

 そのあとも、坂部から快に参加を促すメッセージがピコン、ピコンと入るけど、快は全部未読無視。

 おそらく、坂部は第一印象だけは女子ウケが良い快に合コンに参加してほしいんだと思う。

 センターパートの黒髪、くっきりとした二重に、高い鼻梁。目鼻立ちのはっきりとした快の顔は男っぽくて、イケメンの部類に入る。ただし、黙っていれば。

 中学のときはそこまでじゃなかったけど、高校になってから、快が何人かの女の子に告白されてたのを知ってる。そうして、今のところ全部断ってることも。

 聞いたところによると、快は女の子からの告白を「学校以外の時間は臨といるから」と、真顔で断っているらしい。

 そのせいで、快に振られた子から「紫藤って長濱と付き合ってるの?」と確認されたことがある。

 違うから「違う」って答えると、その子はなんだか不服そうだった。

 せっかくモテるのに、なぜか快は、昔から幼なじみの俺との付き合いが第一優先。それ以外は、おざなりだ。

 態度には出さないけど、快の一番でいられるのはもちろん嬉しい。

 だけど最近、それもいつまでだろうなって思う。

 快がやたらと俺といっしょにいたがるのは、たぶんまだ幼いときのトラウマが残っているからだ。

 きっと無意識で、ちょっとでも離れたら俺がいなくなるんじゃないかって思ってるんだろう。

 快の両親がそうだったみたいに。

 俺が快といっしょにいたいと思う理由と、快が俺といっしょにいる理由。それは、たぶん根底から違う。

 だから快に本気で好きな子ができたら、今みたいに俺にべったりじゃなくなると思う。

 快から「彼女できた」って笑顔で報告される日がきたら……。想像するだけで鬱になる。

 そうなるくらいなら――。

「行ってみよっかな……」

 心の中でつぶやいた瞬間、

「はあ?」

 すぐそばで、快の低い声がした。

「行ってみるってどこに? まさか合コンじゃないよね?」

 どうやら、思ったことが声に出ていたらしい。

 気まずい気持ちで振り向くと、快が不機嫌な顔でベッドから起き上がった。

「貸して、スマホ」

 快が俺の手から強引にスマホを奪う。そうして、無言でなにか文字を打ち始めた。

「なにしてんだよ」
「臨の分、俺が返事しとく。不参加で」

 その瞬間、ピコンと快のスマホから受信音が聞こえてきた。

「やめろよ、勝手に」

 呆れ顔で言いながら、快からスマホを取り上げる。見ると、《臨も不参加で》というメッセージが俺のラインから送信されていた。

《悪い、快が勝手に送った》

 訂正すると、ベッドに座った快が上から俺をにらんできた。

「なんで謝んの?」
「俺の意志で送ったラインじゃないから」
「なにそれ。臨は、俺が不参加でも合コン行くってこと?」
「まだ決めたわけじゃないけど……」

 とは言っても、べつに積極的に行きたいわけじゃない。

 快がいつか俺から離れたいと思ったときの保険をつくっときたい。ほんのわずかだけど、そういう気持ちがあるだけだ。

 でもどうせ、参加したところで誰かとうまくいくなんてことはないだろうなあ。

 曖昧に苦笑いすると、快が俺を見つめる目をつりあげた。

「臨、今までそういうの行きたがったことないよね。なのに、なんで? もしかして、彼女ほしくなった?」
「え……」

 聞かれて、答えに詰まった。

 考えてみれば、保育園の頃からいっしょにいるのに、快とはあまり恋バナみたいなことはしたことがない。

 快がどんな女の子が好きかなんて、全然聞きたくなかったし。俺のほうも、誰が好きとか話せなかった。特に快には。

「どうなんだよ。ほしいの、彼女」

 真顔で詰められて、唇の端がひきつった。

 べつに、彼女がほしいわけじゃない。でも、快の質問に本音では答えられない。だから、ウソをついた。

「そ、そりゃ、まあ……いたら楽しいかなって」

 俺の言葉に、快があからさまに不機嫌になる。

「いなくたってべつに楽しいだろ。俺がいるんだから」

 一瞬、耳を疑った。

「え、なんて?」
「だから、臨には俺がいるじゃん。俺は臨がいたら楽しいけど。臨はそうじゃないの?」

 口を尖らせて訴えてくる快を見て、なんて自己中なんだと思った。まあ、知ってはいたけど……。

 じゃなきゃ、俺は快にこんなに振り回されてない。

「そりゃ、俺だって快といるのは楽しいけど……、彼女といる楽しさとはまた種類が違うだろ」
「どんなふうに?」
「どんな、って……」

 間髪入れずに聞き返されて、また答えに詰まる。

 そんなの、わかるわけない。俺だって彼女いたことないし。

「答えられないのに作んなくていいじゃん。彼女なんて。ほら、臨も早く坂部に断ってよ」

 快が、ため息混じりにうながしてくる。

「だから、なんで快が俺のこと勝手に決めるんだよ」

 今は、快は合コンにも彼女を作ることにも興味がないのかもしれない。

 でも、いつかそういうのに興味が出たときに、今度は「臨も彼女作れば?」って、そういうふうに無神経に誘ってくるに決まってるんだ。

 俺たちはもう高校生で。保育園や小学生のときみたいに、お互いにべったりくっついてる年頃じゃないから。いつそうなったっておかしくない。

 唇を噛んでうつむくと、「臨〜」と快が俺のご機嫌を窺うように横から顔をのぞかせてきた。

 その距離が、また近すぎる。夕飯の前に風呂に入ってた快の髪から漂うシャンプーの香りを胸いっぱいに吸い込みたくなるくらいに。

 心臓の音が騒がしくて顔を背けると、快がむっと眉根を寄せるのが気配でわかった。

「なに? そんなに断るのいやなの? 臨も、彼女作って水族館デートしたり、映画見に行ったり、スタバでいっしょにテスト勉強したり。そういうのがやりたいなあって思ってるってこと?」

 快が早口で並べる聞き覚えのあるワードたちは、全部彼女がほしい坂部の願望。

「べつに――」
「そんなん全部、俺とできるじゃん!」

 そんなんじゃなくて、って言おうとしたら、快が半ばキレ気味にかぶせてきた。

「……へ?」
「臨がそういうのやりたいなら、俺が付き合うよ」

 快の言葉に、もしかしたらともしかするのでは……と期待した。

「快、それどういう意味で言ってる? 付き合うって……、俺のこと好きってこと……?」
「あたりまえだろ。臨は、俺の親友なんだから」

 だから一か八かで訊ねたら、失敗した。

 堂々と「親友だ」と言い切る快に、がっかりする。

 快と俺の「好き」は根底が違う。

 そんなの初めからわかってたのに、期待させられた分ショックが大きかった。もちろん、勝手に期待したのは俺で、快は何にも悪くない。

 だけど、快に対して少し腹が立った。

「やっぱり、俺、合コン行くことにする」
「なんで? 行くなって言ってんじゃん」

 当てつけにそう言うと、快が乱暴に俺の肩をつかんできた。

「いってぇーな。ただの友達のくせに、俺のやることに指図すんな」
「臨、どうしちゃったんだよ。いつもは俺が行かないでって言ったら、言うこと聞いてくれるのに」
「それは……、快のこと好きだから……」

 つい、ぽろっとこぼしてしまった本音に、快がほっとしたように頬をゆるめる。

「俺だって好きだよ。だから、もうこの話でケンカすんのやめよ」

 快が声の調子をやわらげて、俺をなだめようとしてくる。

 快の唇から紡がれる「好き」の言葉が、嬉しいのに嬉しくない。だって、根底が違うから。

「快は、俺のことなんて好きじゃないだろ……」

 ぼそっとつぶやくと、快が困り顔になる。

「なんで? 俺、臨のこと好きだよ」
「違うよ。俺の『好き』とおまえの『好き』は全然違う」
「臨……?」

 俺を見つめる快の瞳が、戸惑いに揺れる。

 口を開いて息を吸い込みながら、次の言葉を言えば、もう友達としてもいっしょにいられなくなるかもしれない。

 でも、言わずにいられなかった。

 ずっと我慢してきて、そろそろ限界だったから。

「俺の快への好きは、結構前から友情じゃなくて恋愛感情」

 そう言った瞬間、快の大きな目が見開かれた。

「そういう意味で付き合ってって言ったら、快は応えてくれんの?」

 俺の問いかけに、快の瞳が左右に揺れる。

「え……、え? だって、臨はずっと友達で――」

 さっきまで、俺に彼女作るなとか、好きだとか豪語してきたくせに。

 快は俺との「好き」の解釈違いにあきらかな戸惑いをみせた。

 そんなふうに困るくらいなら、軽率に「好き」とか言わないでほしい。

 気まぐれな独占欲で縛ろうとするのもやめてほしい。

 わかってても、期待しそうになってしまうから。

 快の俺への好意は、初めからずっと友達の範疇を超えてない。

 快が過剰に俺にくっついているのは、小学生のときに母親を亡くしたときのトラウマがあるからだ。

 わかっていて、先に友達の範疇を超えた好意を持ってしまったのは俺のほう。鈍感なところはムカつくけど、快が悪いわけじゃない。

「悪い、急に変なこと言って」

 ふっと笑いかけると、快が所在なさげに俺を見つめてくる。

「やっぱ、今のなし。約束したもんな、ずっと友達でいるって」

 そう言うと、快がほっとしたように、俺の肩にとんっと頭をもたせかけてきた。

「もう……、なんだよ。臨……」

 気の抜けたような快の声。肩にかかる重みが、胸を苦しくさせる。

 小学生のとき、母親が亡くなって「ひとりぼっちになった」と泣く快と約束をした。

『俺は絶対ずっといっしょにいるから。だって、快の友達だもん』

 幼い頃に快と交わした約束が、今は呪いのように纏わりついて。俺の心をがんじがらめに縛りつけてる。