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 日が沈み、空の紫色が濃くなり始めた夕暮れ時。

 浜辺に腰をおろして、ファーストフードのハンバーガーにかぶりついている臨の横顔を見つめる。

「ほんとにさっきのイタリアンじゃなくてよかったの?」

 まだ包みを開けられずにいるハンバーガーを手に訊ねると、臨が怪訝そうに眉をしかめた。

「そっちこそ、なんでそんなあのレストランにこだわんの?」
「それは、まあ……」

 少し力の入った指が、紙の上からハンバーガーのパテに食い込む。

 さっき勢いにまかせて告白しちゃったけど、側溝から拾った指輪はまだ俺が持ったままだ。

 ポケットに入れてまた落としたら怖いから、ボディバックの奥にいれて、きちんとチャックを閉めてある。

 自転車の男の人が去ったあとも俺にひっついていた臨は、しばらくして冷静になると、「やっぱ、モックのハンバーガー食いたい」と言い出した。

「レストランの順番、そろそろかもだよ」って俺が言っても、ファーストフード店のほうにずんずん歩いていく臨を止められなかった。

「そんな夕日が見たいなら、持ち帰りにして浜辺で食べればよくない?」って臨が言うから、俺たちはそれぞれハンバーガーのセットを持ち帰りで頼んだ。 

 それから水族館のそばの浜辺に戻ってきたら、もうほとんど日が沈んでいた。

 結局、海辺のレストランで夕日を見ながら告白するっていう俺の作戦は失敗。

 秋の夕暮れは海風が冷たいし。ハンバーガー片手に指輪を渡すのは、シチュエーション的にちょっと微妙だ。

 ボディバッグの上に手を置くと、俺は小さくため息を吐く。

 そんな俺を、臨がハンバーガーを食べながら横目に見てきた。

「どうせ、誕生日だから人気のレストランでごはん食べなきゃ〜とか思ったんだろ」

 それだけが理由ではないけど、俺が見栄を張ってカッコつけようとしたことはバレているらしい。

 気まずい気持ちで視線を泳がすと、臨がふっと笑った。

「べつにそんなのこだわらなくったって、いっしょならどこだっていいのに……」
「え……?」

 聞き間違えかと思ってまばたきする俺に、臨がちょっと居心地悪そうに眉をしかめる。

「だから……、俺はべつに、快といれたらどこでもいいんだって。ひさしぶりにふたりで遊べて楽しかったし」

 照れ隠しでなげやりな臨の言葉が、どうしようもなく胸にぐっときた。

 そっか。場所がどこでも、俺がちゃんと臨に本気を伝えさえすればいいんだよね。

「こだわってたのは、これを臨に渡したかったからです……」

 ハンバーガーを持ち帰り用の紙袋に置くと、ボディバッグから指輪の箱を取り出す。それを差し出しながらパカッと開くと、目を見開いて固まった臨の手から、食べかけのハンバーガーのパテがぽとりと落ちた。

「……え?」

「臨、俺が付き合ってって言ったとき、同情だって信じてくれなかったでしょ。でも、俺、ちゃんと本気だよ。臨のこと大好き。これからもずっと、いっしょにいて」

 そう言ってしまったあとで、ひとつ間違いに気付いた。

「ごめん、ちょっと間違えた」

 臨に指輪を渡すときに、絶対に言おうと思っていたセリフがあるのだ。

「臨、俺と結婚して」

 真面目にそう言う俺を見つめて、臨が茫然とする。

 だけどすぐに、ふっと目元をゆるめてクスクスと笑い出した。

「何言ってんの、快。おまえ、ほんとバカ」
「バカってなんだよ。これでも、まだ俺の気持ち信じてくんないの?」

 やっぱり、夕日の見えるレストランで告白しなきゃ、本気度は伝わらないのかな。

 口を尖らせて拗ねていると、臨が軽く目を細めて苦笑いした。

「いや、信じてないとかじゃなくて……。結婚はさすがにムリだろ。いろいろと」
「じ、じゃあ……、せめて、結婚を前提に俺と付き合って!」

 臨の言ういろいろがどういう意味か、俺だってわかってる。

 だけど俺が言いたいのは、そのくらい好きだってこと。

 だからこれでフラれたら、最低十年は立ち直れない。
 右手を差し出して必死に頭を下げると、臨の冷えた手が俺の右手の指先をそっと握りしめてきた。

「あのさあ、マジで、俺が快を好きなのと同じ意味で、快も俺のこと好きなの?」

 顔をあげると、揺れる臨の瞳と視線が交わる。

 ふだん感情の振れ幅の少ない臨のまなざしが、俺を見つめるときだけは明るく輝いたり、不安に沈んだりする。

 そのことが、嬉しくて愛おしい。

 欲張りだけど、俺は、これからも臨に俺だけ見ててほしい。

「そうだよ。臨が最初に好きって言ってくれたとき、気付けなくてごめん。俺、友達としてよりもずっと、臨のこと好き」

 繋がれた手を握り返すと、臨が居心地悪そうに目を伏せた。

 夜に向かいつつある薄暗がりのなかで、臨の頬が少し紅潮しているのがわかる。

「……俺も好き」
「やったあ、嬉しい! ありがとう、臨ちゃんっ!」

 漣の音に混ざって届いた臨の言葉。それに興奮して、我慢できずに臨に飛びつく。

 ぎゅーっと力いっぱい抱きしめると、「痛い、痛い……」と臨が小さく抗議してきた。

「だって、ひさしぶりに臨のことぎゅってできるから」
「ひさしぶりって……。さっき事故りかけたときにも、抱きついてきてただろ」
「あれは、臨が先にくっついてきたことによる不可抗力だからノーカン」
「なんだよ、それ……」

 呆れてる臨の肩に頭を擦り寄せると、落ち着く臨の匂いに心が満たされた。

 俺は臨が好きで、臨も俺が好き。

 だからもう、くっつくのも我慢しなくていいんだよな。

 抱きついたまま、髪に手を差し入れて撫でると、

「快っ……、もう離せよ……」

 臨が俺の胸を押して、うわずった声で抵抗してきた。

 でもどうせ照れてるだけだから、遠慮しないし、離せない。

 満足いくまで髪を撫でまわして、たっぷりと臨を摂取すると、俺は指輪を箱から抜き取った。

「臨、手出して」

 俺が選んだ銀の指輪は、臨の左手の薬指にぴったりだった。

 店でいくつか見せてもらって、きっとこれくらいだろうなって思うサイズにしたんだけど。

 さすが俺! 臨のこと、よくわかってる。

「臨の隣は、これからもずっと俺のものだから」

 指輪をつけた臨の手を握ると、手の甲に唇を押し付ける。臨を見上げてふっと笑うと、臨がなんだか泣きそうに表情をゆがめた。

「そんなの……。快の隣だって、ずっと俺のだからな」

 俺のこと好きって顔で声を震わせてる臨が、可愛いすぎてたまらない。

 もう片方の手を臨の頬に添えると、俺は臨と初めてのキスをした。