灰被り千夜、桜灯の宵宮で踊る――虐げられた次女が藩を救う和風シンデレラ

 静寂が、舞台を包んでいた。
  拍子木の音がひとつ、山にこだまし、そのたびに千夜の袖がわずかに揺れた。
  一歩、また一歩。
  その所作には、飾りも力みもなかった。
  ただ、風の流れと拍子の間(ま)に合わせて、身体が舞うように動いていた。
 篝火の灯りが揺らめき、赤銅に染められた袖が、まるで紅蓮の炎のように空を裂く。
  その色は、見る者の胸に何かを突き立てた。
  華やかではない。
  けれど、深く、苦しく、そして確かに“祈って”いた。
 「……巫女様の舞だ」
 最前列にいた老女が、誰ともなくつぶやいた。
 「これは、見せる舞ではない。……封じるための……」
 ざわめきは、次第に沈黙へと変わっていった。
  ただの娘が舞っている——その認識は、すでに誰の中にも残っていなかった。
 千夜の動きは、徐々に速度を増す。
  それでも乱れは一切ない。
  夜に磨いた感覚が、いま、光と風のなかで形となっていた。
 扇が開かれ、月光を受けてきらめく。
  その瞬間、観客席の奥にひとつの影が膝をついた。
 百花だった。
 彼女は顔を上げ、妹の舞を、まっすぐに見つめていた。
  目には、涙があった。
  悔しさでも、恥でもない。
  それは——“認める”ということの重みによる涙だった。
 (ごめん、千夜。あたし……ずっと、あんたを下に見てた。
  でもあんたは、誰よりも、高く、遠く、ここに届く舞をしてる)
 両の手を、百花は地に突いた。
  それは、名もなき巫女に贈る、心からの礼だった。
 そして——
 督真が立ち上がる。
 「……神が、動く」
 その声と同時に、山の奥で、封が軋むような音が鳴った。