千夜の言葉が空気を裂いたあとも、座敷には沈黙が続いた。
雨の名残でぬかるんだ庭先から、湿った風が吹き込む。
それが、千夜のほつれ袖をそっと揺らした。
「なぜ、おまえが舞えると思う」
督真の問いは、静かでいて、重みがあった。
「毎夜、山で舞っていました。
稽古に出ることは許されなかったけれど、姉の所作を見て、学びました。
——そして、御手洗の社で、古文書を見つけました。“鎮魂の舞”は、声なき者の中に息づいていると」
「……その言葉を、どこで知った」
「社の祠にありました。誰も目を向けぬ場所に、風に濡れながら残されていました」
その言葉に、督真の目が細められる。
ただの思い付きではない。
封の由緒に踏み込んだ者にしか辿り着けぬ文言——それを彼女は、正しく口にした。
「……おまえは、今もこの家で虐げられているのか」
唐突な問いに、千夜はわずかに目を伏せた。
だがすぐに、首を横に振る。
「いいえ。虐げられていたのは、“わたしではない”と思っています。
——この家の、目も耳も、心も、すべて、誰かに奪われていただけ」
その答えに、督真の口元がかすかに緩んだ。
微笑ではない。だが確かに、静かな肯定だった。
「ならば——試す価値はある」
ざわつく侍臣たちを片手で制し、督真は立ち上がる。
背筋は伸び、目には光が宿っていた。
「今宵、神前にて舞を披露せよ。余はそれを“本稽古”と見做す。
その舞が、ただの模倣であれば……そこで終い。
だがもし——封に響くものがあるならば、そのときは……」
言葉を切り、督真は歩み寄った。
「“藩を照らす巫女”として、そなたを迎えよう」
千夜は深く頭を垂れた。
決して喜びを見せるでもなく、ただ静かに、神前に立つ者としての所作で。
その姿を見て、藩主は確かに感じた。
——この者の舞は、誰かに見せるものではない。
——“見えざる者”に届くための、祈りだ。
そのとき、空がひとつ鳴った。
雲の奥で、雷鳴が遠くうなりを上げる。
封が、揺らぎ始めていた。
(第六章・了)
雨の名残でぬかるんだ庭先から、湿った風が吹き込む。
それが、千夜のほつれ袖をそっと揺らした。
「なぜ、おまえが舞えると思う」
督真の問いは、静かでいて、重みがあった。
「毎夜、山で舞っていました。
稽古に出ることは許されなかったけれど、姉の所作を見て、学びました。
——そして、御手洗の社で、古文書を見つけました。“鎮魂の舞”は、声なき者の中に息づいていると」
「……その言葉を、どこで知った」
「社の祠にありました。誰も目を向けぬ場所に、風に濡れながら残されていました」
その言葉に、督真の目が細められる。
ただの思い付きではない。
封の由緒に踏み込んだ者にしか辿り着けぬ文言——それを彼女は、正しく口にした。
「……おまえは、今もこの家で虐げられているのか」
唐突な問いに、千夜はわずかに目を伏せた。
だがすぐに、首を横に振る。
「いいえ。虐げられていたのは、“わたしではない”と思っています。
——この家の、目も耳も、心も、すべて、誰かに奪われていただけ」
その答えに、督真の口元がかすかに緩んだ。
微笑ではない。だが確かに、静かな肯定だった。
「ならば——試す価値はある」
ざわつく侍臣たちを片手で制し、督真は立ち上がる。
背筋は伸び、目には光が宿っていた。
「今宵、神前にて舞を披露せよ。余はそれを“本稽古”と見做す。
その舞が、ただの模倣であれば……そこで終い。
だがもし——封に響くものがあるならば、そのときは……」
言葉を切り、督真は歩み寄った。
「“藩を照らす巫女”として、そなたを迎えよう」
千夜は深く頭を垂れた。
決して喜びを見せるでもなく、ただ静かに、神前に立つ者としての所作で。
その姿を見て、藩主は確かに感じた。
——この者の舞は、誰かに見せるものではない。
——“見えざる者”に届くための、祈りだ。
そのとき、空がひとつ鳴った。
雲の奥で、雷鳴が遠くうなりを上げる。
封が、揺らぎ始めていた。
(第六章・了)

