コンビニでおにぎりと唐揚げを購入し、再度ビーチにやってきた。

「智、そんなので足りるの?」
「三笠先輩こそ、サンドウィッチだけじゃないですか。それに、こんな時間にガッツリ食べたら、三笠先輩のご飯が食べられなくなりそうで」
「はは、俺の手料理そんなに食べたいんだ」
「もちろん!」

 残り三週間しか食べられないと思うと、今日のこの一食でさえ勿体無いと思ってしまう。

「こことか座れそうだね」

 三笠先輩が、砂浜にある大きな二つの流木を指さした。そして、三笠先輩がその一つに座る。僕も向かい側にあるもう一つの流木……には座らず、三笠先輩の横に並んで座った。

 まだ、面と向かっては顔を見られない。

「智……?」
「何でしょう」

 コンビニ袋からサンドウィッチを取り出し、三笠先輩に手渡す。三笠先輩は、それを受け取りながら弱々しく聞いてきた。

「えっと……俺の隣、嫌なんじゃないの?」
「誰が嫌って言ったんですか」
「だって、今日も全然隣歩いてくれないし」
「それは、だって……」

 おにぎりの包装を丁寧に破りながら、小さな声で言った。

「三笠先輩が格好良いから」
「え? ごめん、聞こえなかった」

 三笠先輩が少しこちらに顔を寄せてきたので、ドキリとした。

 理由を何度も言いたくはないが、三笠先輩は僕が隣を歩かないことを至極気にしている。言わなければ、その度に寂しい顔をさせるようになるのかと思うと、言うしかない。

「三笠先輩が格好良いから、僕のダサさが際立つんですよ」

 照れを隠すように、おにぎりをパクリと頬張った。海苔がパリパリしていて美味しい。

 三笠先輩が何の返事もしないので、チラリと横を見れば、三笠先輩は呆気に取られていた。

「理由って、本当にそれだけ?」
「それだけって、随分と大事なことですよ。僕のメンタルの弱さ舐めないで下さいよ」
「俺のこと嫌いなんじゃ……?」
「嫌いなら一緒にいませんよ」

 むしろ好きだ。見ず知らずの三笠先輩の彼女……いなかったが、そんな相手にも嫉妬してしまう程に。

 ただ、何度も言うが、恋愛の好きかは分からない。何せ相手が男だから。一緒に住んでいるから、三笠先輩は僕のものだと勘違いしているのだと思う。兄が誰かに取られた……多分、そんな感覚の嫉妬……だと思っている。

「本当に? 本当に嫌ってない?」

 嬉しそうに、けれど不安そうに聞いてくる三笠先輩。いつもならここでスキンシップでもしてくるのに、してこない。何だか少し物足りない気分になりながら、僕は言った。

「まだ知り合って一週間ちょっとですけど、三笠先輩の良いところ沢山見ましたから」
「例えば?」
「え、それ聞きます?」
「うん。聞きたい」

 期待の眼差しを向けられ、若干引き気味に応える。

「ご飯が美味しい」
「それは、知ってる。他には?」
「えっと、顔が良い」
「それも知ってる。後は?」
「後は…………」

 後は何だ?

 部屋は汚いし、言っても聞かないし、マイペースだし、バイトは覗きにくるし、酒癖も悪い。良いところが出て来ない。

 しかし、他にも何か言わないと。何か……。

「あ、そうだ。三笠先輩は良い匂いがします」
「良い匂い? それなら智も同じでしょ。同じシャンプーとか洗剤使ってるんだから」
「そうなんですけど。そうじゃなくって、どんなに良い匂いでも、嫌いな人の匂いは不快に感じるらしいですよ」
「へぇ」

 少しは納得してくれただろうか。
 それにしても、反対に聞きたい。一週間ちょっとで、僕のどこを好きになったのかと。

「わッ! 三笠先輩?」

 三笠先輩が、犬のように僕の周りをクンクンと嗅ぎ出した。

「本当だ。良い匂いする」
「も、もう。やめて下さいよ。これは洗剤の匂いですから」

 恥ずかしくなって、残りのおにぎりを口の中に放り込んで立ち上がった。

「洗剤は関係ないって言ったの智じゃん」
「そ、そうですけど」

 三笠先輩から逃げるように移動すれば、三笠先輩も同じようについてきた。

「何で逃げるの?」
「何でって、三笠先輩がついてくるから」
「智が逃げるからじゃん」
「じゃあ付いてこないで下さいよ」

 ヤバい。

 側から見れば、カップルが海辺でウフフ、アハハと笑い合いながら追いかけっこをしているような構図になっている。

 ここで海の水なんてかけられたなら——。

 パシャッ!

 三笠先輩が海水をかけてきた。

 これはもう、いつぞやの少女漫画のようにやるしかない。

「三笠先輩。やりましたね」

 僕も靴を脱いでズボンを捲り、海の中に足を入れた。

「冷たッ!!」

 海水は、ひんやり冷たいが、それがまた気持ち良い。

 僕も仕返しとばかりに、三笠先輩に向けて海水をパシャッとかけた。

「ははは。智、下手すぎ」

 三笠先輩には、全くかからなかった。

 笑われたことに若干イラッとしたが、三笠先輩の笑顔を見てホッとした。

「三笠先輩、戻りますよ」
「えー」 
「『えー』って、転んでビシャビシャになったらどうすんですか。レンタカー返さなきゃなのに」
「そうなったら、延長してアソコに泊まるしかないね」

 三笠先輩は、道路沿いを指差した。その先を見れば、一軒のラブホテル。

「なッ!?」
「冗談だよ。行こう」

 三笠先輩が、笑って手を差し出してきた。その手を取るが、僕は三笠先輩の気持ちを知っているばっかりに冗談に聞こえない。

(でも、男同士ってどうやってするんだろ)

 童貞の僕には到底分からないが、ぼんやりと三笠先輩に押し倒される妄想に囚われる。

「智?」
「あ、は、はい。何でしょう」
「顔が真っ赤だけど大丈夫? 潮風に当たりすぎた?」
「い、いえ……」

 三笠先輩とエッチなことをしている妄想をしていた……なんて言えるはずない。

 そして、これはただの興味であって、決して三笠先輩としたいとか、そういうのではない……と、思う。男ならそういうことを一度はしたいと思うお年頃なのだ。

 ——自分の気持ちに気付かないフリをしながら、僕は三笠先輩の手をギュッと握って海辺を歩いた。