翌日。僕と琥太郎は、水族館にやってきた。
何だかんだ、付き合い始めて一回目のデート。常に一緒にいるので、改まってのデートは新鮮だ。
ところで、今日、僕はやりたいことがある。それはズバリ!
“琥太郎に贈り物を贈りたい!”
昔から憧れていた。恋人にプレゼントをあげることに。琥太郎の誕生日は十月なので、初デート記念と称して渡すのが無難だろう。せっかくだから、お揃いにするのも良いかもしれない。バイト代も入ったことだし、奮発しよう。
(キーホルダーにストラップ、置物、何が良いかな。あー、でも、お揃いでも、Tシャツは恥ずかしいかも)
琥太郎の喜ぶ顔を思い浮かべながら、いざ、館内の入場ゲートを通る。
巨大な水槽を泳ぐ魚達を目前に、感嘆の声が漏れる。
「わぁ! 僕、水族館なんて中学生ぶりです」
「中学生の頃、誰と来たの?」
「幼馴染の男の子と二人で……」
言って後悔だ。琥太郎がイラッとしたのが分かった。
「あ、でもあれですよ! こんな立派な水槽とかなくて、めっちゃショボい水族館でしたよ」
焦るあまり、フォローする方を間違えた。琥太郎の眉間に皺がよる。
「その子とは、良く遊んでたの?」
「あー、まぁ。それなりに」
「今も接点あるの?」
「いえ、琥太郎さんが連絡先削除したので……」
「連絡先消さなかったら、俺に内緒で連絡取り合う気だったんだ?」
琥太郎のねちっこい尋問から早く逃れようと、僕は水槽の中を見ながら話を逸らすことに。
「琥太郎さん、このクラゲ可愛いですよ!」
「ふわふわしてて癒されるね」
ニコッと微笑みかけてくる琥太郎。話を逸らすことに成功——。
「で? 幼馴染だったら連絡先とかなくたって、家行けたりするよね? まさか、帰省ついでに会おうとか考えてる?」
「ま、まさか」
暫く幼馴染ネタで尋問が続きそうだ。
ただ、この束縛が少しだけ嬉しかったりする。
立花先輩の言うように、キス止まりの僕ら。もしかして、僕には興味がないのではないかと思ってしまう。
「智? 何かおかしい?」
嬉しさのあまり、つい頬が緩んでいたようだ。引き締める。
「いえ、琥太郎さんの束縛が嬉しいなんて、口が裂けても言えません」
「はは、もう智ったら。それいつまで続けんの?」
琥太郎にも笑顔が戻る。
「心の声、たまに出るの良いですね」
「相手が喜ぶやつならね」
「ですね」
僕らは昨日、立花先輩が帰ってから二人で話した。立花先輩について——。
『琥太郎さん。さっきのアレは何だったんでしょう?』
立花先輩が漏らした心の声。
“これだけ仲の良さを見せつけられて、無理なことくらい重々承知だよ。むしろ、そんなに仲良いくせにキス止まりなんて、どんだけ奥手なんだって話だよ。後押しもしたくなるってもんだ。それにしても美味い”
この長々とした呟き。これが何を意味するのか。
『立花先輩は、僕らのこと本当は応援してくれてるんですかね?』
机に並べられた水族館のチケット。それを眺めながら言えば、琥太郎もスマホで創作料理のレシピを検索しながら言った。
『あの“美味い”も本心な気がするよね』
『あれは間違いないでしょうね』
『あ、来た来た』
『琥太郎さん?』
琥太郎は、自身のスマホの画面を僕に見せてきた。
『和也……さん、って誰ですか?』
『え?』
和也からのメッセージには、【明日、ボランティアサークルの集まりなんて無いって】と書かれている。
この内容から、立花先輩が嘘を吐いていることが発覚。ただ、僕はそっちよりも、“和也”が誰なのかが気になってしょうがない。
『琥太郎さん、僕には交友関係全て削除させたくせに……浮気ですか?』
『いや、智。立花薫が余計なことしないように、直近二週間の大学でのスケジュール探るよう頼んだじゃん』
『……?』
いや、それは僕も知ってる。僕にパフェを“あーん”した罪で、琥太郎が元カレさんをパシリ……偵察係に任命していた。
『え? 和也ってもしかして』
『俺の元カレ。名前、知らなかったの? あんなに仲良さそうにしてて?』
元カレさんの名前が“和也”だと知った瞬間だった——。
ではなく、今は立花先輩の話。
『でも、明日サークルの集まりなんてないのに、何で嘘吐いたんでしょう?』
『何でだろうね』
『だけど、琥太郎さん。さっきのが本心なら、たまに心の声が漏れるのは、思ったより悪く無いかもですね』
『随分ひねくれてるけどね』
結局、立花先輩が何をしたいのか、その真意は分からない。けれど、僕らは時折り会話の中に敢えて心の声を漏らしながら話す……という遊びをして過ごした。
まぁ、本音で話しているだけなので、いつもと変わらないっちゃ変わらないのだが、“遊び”と思うだけで、普段小っ恥ずかしくて言えないことも言えたりする。
だから、今なら言い易い——。
僕らは、人のいない水族館の暗闇空間のコーナーに入り、静かに触れ合うだけのキスをした。
「琥太郎さんは、どうしてキスの続き……してくれないんですか? なんて」
「それ、本気で聞いてる?」
聞き返されて、僕の顔は真っ赤だ。しかし、ここは暗くて相手の顔の色なんて分からない。
僕は、照れながらも琥太郎のシャツの裾を掴んで小さくコクリと頷いた。
「本当はさ、俺だって抱きたいよ。抱きたいけどさ、智とは心で通じ合ってるって言うか……愛されてるなって実感出来るから」
「それで満足なんですか?」
「満足って訳じゃ……」
「僕は全然足りません。童貞の分際でって思われそうですけど、僕は琥太郎さんに触れる度にそういう気持ちでいっぱいになります」
真昼間から、しかも外で恥ずかしいことを言っている自覚はある。しかし、この暗闇空間が僕を後押ししてくれている。
「僕……同棲始める時、ちゃんと覚悟してたんですよ。ま、毎日やるって……だから」
「智。良いの?」
「どうせ縛るなら、心も体も雁字搦めに縛って下さいよ。じゃないと僕、立花先輩のとこに行っちゃうかも」
最後だけ冗談を交えたのが悪かった。
琥太郎の表情は分からないものの、空気が変わったのが分かった。
「出るよ」
「え、まさか今から!? いや、心の準備が」
有無を言わさず琥太郎に手を取られ、そのまま引っ張られるように出口ゲートの方へと歩き出す。
「こ、琥太郎さん。イルカショー、始まりますよ」
「イルカショーより、智に逃げられたら困るから」
「逃げませんって」
「立花薫、あいつと会話禁止。目を合わせるの禁止。笑いかけるなんて以ての外。分かった?」
「そんな無茶な……立花先輩だって、僕らのこと後押ししたいって。僕のことなんて、もう何とも思ってませんよ」
「アイツの肩持つの?」
ダメだ。琥太郎のスイッチを完全に入れてしまった。
「心も体も雁字搦めに縛って欲しいんだよね? 智が怯えないようにって思ってたけど、容赦しなくて良いんだよね?」
「多少は容赦して欲しいな……なんて」
「安心して。俺なしじゃいられない体にしてあげるから」
「ははは」
もう笑いしか出ない。
観念したところで、お土産コーナーが目に映る。
「こ、琥太郎さん!」
「何? 自分から煽っておいて、今のなしはないからね」
「それは言いませんけど、お揃いの物欲しいなって……」
「お揃い?」
お土産コーナーを指さして言ってみる。
「ダメ……ですか?」
琥太郎の顔が満面の笑みに変わる。
「良いね」
僕の今日の目標は達成出来そうだ。
「俺、智とお揃いのTシャツ着たい」
「え!? Tシャツですか?」
「嫌なの?」
急に目が据わるので、怖すぎる。
「あ、いや、全然。めっちゃ着たいです。お揃いのTシャツ」
慌てて賛同すれば、琥太郎の表情は穏やかなものに。
「洗い替えもいるから、二着……一応三着は買っとく?」
「もしかして、毎日着る気ですか!?」
「そうだけど? 大学でお揃い着てったら、智にちょっかいかける人いなくなりそうだよね」
「いや、元々ちょっかいかける人いませんから」
でも、琥太郎が僕を自分のモノだと大々的に牽制していくのは、ちょっぴり嬉しい。
愛が重すぎるのは多少、いや、随分と疲れるが、それも愛されている証。遊ばれて終わり……なんて恋より、断然良い。
「お隣さんが、琥太郎さんで良かったです」
「俺も、早まらなくて良かったよ」
「早まる?」
「実は、智をセフレにしようとしてた……なんて言える訳ないじゃん」
「あ! 心の声が漏れてますよ! てか、僕、セフレ候補だったんですか!?」
「Tシャツ、これにしよっか」
「もう、話逸らさないで下さいよ!」
——この後、僕は真実を聞かされる。
それでも、僕は琥太郎がお隣さんで良かったと思った。それは、これからもずっと——。
「琥太郎さん。僕、くらげのが良いです」
おしまい。
何だかんだ、付き合い始めて一回目のデート。常に一緒にいるので、改まってのデートは新鮮だ。
ところで、今日、僕はやりたいことがある。それはズバリ!
“琥太郎に贈り物を贈りたい!”
昔から憧れていた。恋人にプレゼントをあげることに。琥太郎の誕生日は十月なので、初デート記念と称して渡すのが無難だろう。せっかくだから、お揃いにするのも良いかもしれない。バイト代も入ったことだし、奮発しよう。
(キーホルダーにストラップ、置物、何が良いかな。あー、でも、お揃いでも、Tシャツは恥ずかしいかも)
琥太郎の喜ぶ顔を思い浮かべながら、いざ、館内の入場ゲートを通る。
巨大な水槽を泳ぐ魚達を目前に、感嘆の声が漏れる。
「わぁ! 僕、水族館なんて中学生ぶりです」
「中学生の頃、誰と来たの?」
「幼馴染の男の子と二人で……」
言って後悔だ。琥太郎がイラッとしたのが分かった。
「あ、でもあれですよ! こんな立派な水槽とかなくて、めっちゃショボい水族館でしたよ」
焦るあまり、フォローする方を間違えた。琥太郎の眉間に皺がよる。
「その子とは、良く遊んでたの?」
「あー、まぁ。それなりに」
「今も接点あるの?」
「いえ、琥太郎さんが連絡先削除したので……」
「連絡先消さなかったら、俺に内緒で連絡取り合う気だったんだ?」
琥太郎のねちっこい尋問から早く逃れようと、僕は水槽の中を見ながら話を逸らすことに。
「琥太郎さん、このクラゲ可愛いですよ!」
「ふわふわしてて癒されるね」
ニコッと微笑みかけてくる琥太郎。話を逸らすことに成功——。
「で? 幼馴染だったら連絡先とかなくたって、家行けたりするよね? まさか、帰省ついでに会おうとか考えてる?」
「ま、まさか」
暫く幼馴染ネタで尋問が続きそうだ。
ただ、この束縛が少しだけ嬉しかったりする。
立花先輩の言うように、キス止まりの僕ら。もしかして、僕には興味がないのではないかと思ってしまう。
「智? 何かおかしい?」
嬉しさのあまり、つい頬が緩んでいたようだ。引き締める。
「いえ、琥太郎さんの束縛が嬉しいなんて、口が裂けても言えません」
「はは、もう智ったら。それいつまで続けんの?」
琥太郎にも笑顔が戻る。
「心の声、たまに出るの良いですね」
「相手が喜ぶやつならね」
「ですね」
僕らは昨日、立花先輩が帰ってから二人で話した。立花先輩について——。
『琥太郎さん。さっきのアレは何だったんでしょう?』
立花先輩が漏らした心の声。
“これだけ仲の良さを見せつけられて、無理なことくらい重々承知だよ。むしろ、そんなに仲良いくせにキス止まりなんて、どんだけ奥手なんだって話だよ。後押しもしたくなるってもんだ。それにしても美味い”
この長々とした呟き。これが何を意味するのか。
『立花先輩は、僕らのこと本当は応援してくれてるんですかね?』
机に並べられた水族館のチケット。それを眺めながら言えば、琥太郎もスマホで創作料理のレシピを検索しながら言った。
『あの“美味い”も本心な気がするよね』
『あれは間違いないでしょうね』
『あ、来た来た』
『琥太郎さん?』
琥太郎は、自身のスマホの画面を僕に見せてきた。
『和也……さん、って誰ですか?』
『え?』
和也からのメッセージには、【明日、ボランティアサークルの集まりなんて無いって】と書かれている。
この内容から、立花先輩が嘘を吐いていることが発覚。ただ、僕はそっちよりも、“和也”が誰なのかが気になってしょうがない。
『琥太郎さん、僕には交友関係全て削除させたくせに……浮気ですか?』
『いや、智。立花薫が余計なことしないように、直近二週間の大学でのスケジュール探るよう頼んだじゃん』
『……?』
いや、それは僕も知ってる。僕にパフェを“あーん”した罪で、琥太郎が元カレさんをパシリ……偵察係に任命していた。
『え? 和也ってもしかして』
『俺の元カレ。名前、知らなかったの? あんなに仲良さそうにしてて?』
元カレさんの名前が“和也”だと知った瞬間だった——。
ではなく、今は立花先輩の話。
『でも、明日サークルの集まりなんてないのに、何で嘘吐いたんでしょう?』
『何でだろうね』
『だけど、琥太郎さん。さっきのが本心なら、たまに心の声が漏れるのは、思ったより悪く無いかもですね』
『随分ひねくれてるけどね』
結局、立花先輩が何をしたいのか、その真意は分からない。けれど、僕らは時折り会話の中に敢えて心の声を漏らしながら話す……という遊びをして過ごした。
まぁ、本音で話しているだけなので、いつもと変わらないっちゃ変わらないのだが、“遊び”と思うだけで、普段小っ恥ずかしくて言えないことも言えたりする。
だから、今なら言い易い——。
僕らは、人のいない水族館の暗闇空間のコーナーに入り、静かに触れ合うだけのキスをした。
「琥太郎さんは、どうしてキスの続き……してくれないんですか? なんて」
「それ、本気で聞いてる?」
聞き返されて、僕の顔は真っ赤だ。しかし、ここは暗くて相手の顔の色なんて分からない。
僕は、照れながらも琥太郎のシャツの裾を掴んで小さくコクリと頷いた。
「本当はさ、俺だって抱きたいよ。抱きたいけどさ、智とは心で通じ合ってるって言うか……愛されてるなって実感出来るから」
「それで満足なんですか?」
「満足って訳じゃ……」
「僕は全然足りません。童貞の分際でって思われそうですけど、僕は琥太郎さんに触れる度にそういう気持ちでいっぱいになります」
真昼間から、しかも外で恥ずかしいことを言っている自覚はある。しかし、この暗闇空間が僕を後押ししてくれている。
「僕……同棲始める時、ちゃんと覚悟してたんですよ。ま、毎日やるって……だから」
「智。良いの?」
「どうせ縛るなら、心も体も雁字搦めに縛って下さいよ。じゃないと僕、立花先輩のとこに行っちゃうかも」
最後だけ冗談を交えたのが悪かった。
琥太郎の表情は分からないものの、空気が変わったのが分かった。
「出るよ」
「え、まさか今から!? いや、心の準備が」
有無を言わさず琥太郎に手を取られ、そのまま引っ張られるように出口ゲートの方へと歩き出す。
「こ、琥太郎さん。イルカショー、始まりますよ」
「イルカショーより、智に逃げられたら困るから」
「逃げませんって」
「立花薫、あいつと会話禁止。目を合わせるの禁止。笑いかけるなんて以ての外。分かった?」
「そんな無茶な……立花先輩だって、僕らのこと後押ししたいって。僕のことなんて、もう何とも思ってませんよ」
「アイツの肩持つの?」
ダメだ。琥太郎のスイッチを完全に入れてしまった。
「心も体も雁字搦めに縛って欲しいんだよね? 智が怯えないようにって思ってたけど、容赦しなくて良いんだよね?」
「多少は容赦して欲しいな……なんて」
「安心して。俺なしじゃいられない体にしてあげるから」
「ははは」
もう笑いしか出ない。
観念したところで、お土産コーナーが目に映る。
「こ、琥太郎さん!」
「何? 自分から煽っておいて、今のなしはないからね」
「それは言いませんけど、お揃いの物欲しいなって……」
「お揃い?」
お土産コーナーを指さして言ってみる。
「ダメ……ですか?」
琥太郎の顔が満面の笑みに変わる。
「良いね」
僕の今日の目標は達成出来そうだ。
「俺、智とお揃いのTシャツ着たい」
「え!? Tシャツですか?」
「嫌なの?」
急に目が据わるので、怖すぎる。
「あ、いや、全然。めっちゃ着たいです。お揃いのTシャツ」
慌てて賛同すれば、琥太郎の表情は穏やかなものに。
「洗い替えもいるから、二着……一応三着は買っとく?」
「もしかして、毎日着る気ですか!?」
「そうだけど? 大学でお揃い着てったら、智にちょっかいかける人いなくなりそうだよね」
「いや、元々ちょっかいかける人いませんから」
でも、琥太郎が僕を自分のモノだと大々的に牽制していくのは、ちょっぴり嬉しい。
愛が重すぎるのは多少、いや、随分と疲れるが、それも愛されている証。遊ばれて終わり……なんて恋より、断然良い。
「お隣さんが、琥太郎さんで良かったです」
「俺も、早まらなくて良かったよ」
「早まる?」
「実は、智をセフレにしようとしてた……なんて言える訳ないじゃん」
「あ! 心の声が漏れてますよ! てか、僕、セフレ候補だったんですか!?」
「Tシャツ、これにしよっか」
「もう、話逸らさないで下さいよ!」
——この後、僕は真実を聞かされる。
それでも、僕は琥太郎がお隣さんで良かったと思った。それは、これからもずっと——。
「琥太郎さん。僕、くらげのが良いです」
おしまい。



