「智、どうしてコイツを毎日のように家にあげるの?」
「琥太郎さんこそ、お昼ご飯作ってあげてるじゃないですか」
琥太郎は、文句を言いながらもキッチンで立花先輩を含めた三人分のご飯を作っている。それを僕が手伝い、立花先輩はソファでその様子を眺めている。
これが、見合いの後からの毎日の日課になりつつある。
——初めは、玄関先で喧嘩をされたら近所迷惑だからという理由で、立花先輩を中に入れた。たまたま食事時だったので、立花先輩にも琥太郎の作る食事を提供した。
これがまた、褒めるでもなく貶すでもなく、無表情で淡々と食べるのだ。琥太郎は、“美味しい”の一言を言わせてやると、もう一品作った。しかし、立花先輩の反応は変わらず。
立花先輩は毎度のように食事時を狙ってくるし、ムキになった琥太郎は、毎日のように三人分の料理を作り続けているというわけだ。
ちなみに立花先輩には、僕と琥太郎の馴れ初め話をして、付き合っていることも伝えている。伝えた時は、ショックを受けたようだった。だから、分かってくれたのだと思った。
誤解も解けて一安心……と思ったら、立花先輩は部屋の隅でブツブツと呟き始めた——。
『なんだ……そういうことか。ボクとしたことが、勘違いして。母さんに何て言おう。まぁ、そこはどうでも良いか。ボクが調教できないのは残念だが、良く見ればシャツの隙間からキスマークも見えるし……』
相変わらず声が小さすぎて、且つ、早口すぎて聞こえない。
『立花先輩……?』
声をかけてみるが、気付かないようだ。まだブツブツ言っている。
『————ボクだって、人のモノに手を出す程落ちぶれちゃいない。非常に残念な逸材だが、諦めよう。とりあえず謝るか……いや、まてよ。ここで謝ったら、ボクはただのお隣さん。しかも、隣は隣でも煙たがられるお隣さん』
『おーい』
『隣だからと言って、交友関係ゼロになる。つまりは、この上手い飯が食べられない……? 本来ならお裾分けしてもらえたかもしれないこの料理が食べられないのか……よし! ここは恥を忍んで、馬鹿のフリでもするか』
立花先輩が、僕らの方に向き直った。そして琥太郎に向けて言った。
『ボクが、見合いの席で縁談を断った腹いせか?』
『は?』
『立花先輩。全部本当のことで……』
『君は黙ってなさい。弱みでも握られているのだろう。可哀想に』
立花先輩が、とんだ勘違い発言をし始めたのだ。何度訂正しても、嘘だと言って信じてもらえない——。
食卓に琥太郎の手料理を並べると、僕と琥太郎が横に並んで座り、立花先輩が僕の向かいに座る。そして、三人で手を合わせた。
「「「頂きます」」」
食べる時は、相変わらず無表情の立花先輩。対して僕は、すぐに表情に出る。
「んー、琥太郎さん。今日のも一段と美味しいです」
舌鼓を打てば、琥太郎も僕を見て穏やかな笑みを浮かべている。二人の空間だけ、ほわほわとした空気が流れている。
「智、ご飯粒ついてるよ」
「どこですか?」
口元を手で触れば、琥太郎がふっと笑った。
「反対」
「え、こっち?」
「ううん。ここ」
琥太郎が、僕の頬についたご飯粒を手で取った。そして、それをパクッと食べた。
「こ、琥太郎さん……」
羞恥のあまり、やや俯き加減に琥太郎を見上げた。
「智、その顔反則」
「反則って言われても」
そんなやり取りを相変わらず無表情で眺める立花先輩。玄関先では、あんなに僕と琥太郎の仲を否定するのに、何も言ってこない。
不思議に思っていると、立花先輩は、ハッと思い出したように言った。
「ボクの桐原君に触るな。それはボクの役目だ」
何だか違和感のある喋り方をする立花先輩が、ポケットから二枚のチケットを取り出した。
「桐原君。ここに水族館のチケットが二枚あるんだが、一緒にいかないか?」
「水族館ですか? でも……」
琥太郎を見る。やはり、立花先輩からの誘いは断るべきだ。断ろう……そう思った時だった。
立花先輩が、大袈裟に残念がった。
「なんと言う事だ。ボクとしたことが……」
「どうかしたんですか?」
「これ、使用期限が明日までなんだ」
「使用期限とかあるんですね」
立花先輩が、琥太郎の前に水族館のチケットをサッと置いた。
「明日は日曜日、君らはバイトもないんだろう? ボクは、サークルの集まりがあるんだ」
僕は琥太郎と目を合わせ、立花先輩に恐る恐る聞いた。
「えっと……もしかして、くれるんですか?」
「ボクは行けないからな。行けるやつが使わないと勿体無いだろ」
「あ、ありがとうございます」
「そうだ。たまたまここにレストランの優待券もあるんだが。本当、偶然だなぁ」
立花先輩が、僕の前にレストランの優待券を置いた。
「でも、これは期限とかないみたいですよ。御自分で使えば……」
「あいにく、明日だけじゃなく、暫くは予定が埋まっていてな。無くしちゃ勿体ないから使ってくれ」
「えっと……」
予定が埋まっているのに、何故僕を水族館に誘ったのだろうか。不自然すぎて違和感しかない。
琥太郎も怪訝な顔で立花先輩に言った。
「あのさ、何企んでんの?」
「企む?」
「おかしいじゃん。俺と智の仲を引き裂きたいんだよね?」
立花先輩が、チーズのフライを口に入れれば、一瞬、ほんの一瞬だが、口角が上がった気がした。
「引き裂きたいに決まってるだろ」
そして、味噌汁をずずいっとひと口飲んで、立花先輩はいつものようにブツブツと呟き始めた。
「これだけ仲の良さを見せつけられて、無理なことくらい重々承知だよ。むしろ、そんなに仲良いくせにキス止まりなんて、どんだけ奥手なんだって話だよ。後押しもしたくなるってもんだ。それにしても美味い。ふぅ」
一通り呟いた立花先輩は、白ご飯を口に放り込んでから、こちらを見て言った。
「ん? 何だ?」
それはこちらのセリフだ。
立花先輩の呟き、今回はバッチリ聞こえた。
(今のは心の声が漏れたのかな?)
もしかして、今のが本心なのだろうか。では、僕と琥太郎の仲を邪魔しようと、毎日のように来訪してくるのは何故?
キョトンとしながら僕は琥太郎を見た。琥太郎も僕を見た。二人で肩をすくめた。
——それからは、何とも言えない空気のまま淡々と食事をし、片付けまで終えると、立花先輩は自身の部屋に戻って行った。
「琥太郎さんこそ、お昼ご飯作ってあげてるじゃないですか」
琥太郎は、文句を言いながらもキッチンで立花先輩を含めた三人分のご飯を作っている。それを僕が手伝い、立花先輩はソファでその様子を眺めている。
これが、見合いの後からの毎日の日課になりつつある。
——初めは、玄関先で喧嘩をされたら近所迷惑だからという理由で、立花先輩を中に入れた。たまたま食事時だったので、立花先輩にも琥太郎の作る食事を提供した。
これがまた、褒めるでもなく貶すでもなく、無表情で淡々と食べるのだ。琥太郎は、“美味しい”の一言を言わせてやると、もう一品作った。しかし、立花先輩の反応は変わらず。
立花先輩は毎度のように食事時を狙ってくるし、ムキになった琥太郎は、毎日のように三人分の料理を作り続けているというわけだ。
ちなみに立花先輩には、僕と琥太郎の馴れ初め話をして、付き合っていることも伝えている。伝えた時は、ショックを受けたようだった。だから、分かってくれたのだと思った。
誤解も解けて一安心……と思ったら、立花先輩は部屋の隅でブツブツと呟き始めた——。
『なんだ……そういうことか。ボクとしたことが、勘違いして。母さんに何て言おう。まぁ、そこはどうでも良いか。ボクが調教できないのは残念だが、良く見ればシャツの隙間からキスマークも見えるし……』
相変わらず声が小さすぎて、且つ、早口すぎて聞こえない。
『立花先輩……?』
声をかけてみるが、気付かないようだ。まだブツブツ言っている。
『————ボクだって、人のモノに手を出す程落ちぶれちゃいない。非常に残念な逸材だが、諦めよう。とりあえず謝るか……いや、まてよ。ここで謝ったら、ボクはただのお隣さん。しかも、隣は隣でも煙たがられるお隣さん』
『おーい』
『隣だからと言って、交友関係ゼロになる。つまりは、この上手い飯が食べられない……? 本来ならお裾分けしてもらえたかもしれないこの料理が食べられないのか……よし! ここは恥を忍んで、馬鹿のフリでもするか』
立花先輩が、僕らの方に向き直った。そして琥太郎に向けて言った。
『ボクが、見合いの席で縁談を断った腹いせか?』
『は?』
『立花先輩。全部本当のことで……』
『君は黙ってなさい。弱みでも握られているのだろう。可哀想に』
立花先輩が、とんだ勘違い発言をし始めたのだ。何度訂正しても、嘘だと言って信じてもらえない——。
食卓に琥太郎の手料理を並べると、僕と琥太郎が横に並んで座り、立花先輩が僕の向かいに座る。そして、三人で手を合わせた。
「「「頂きます」」」
食べる時は、相変わらず無表情の立花先輩。対して僕は、すぐに表情に出る。
「んー、琥太郎さん。今日のも一段と美味しいです」
舌鼓を打てば、琥太郎も僕を見て穏やかな笑みを浮かべている。二人の空間だけ、ほわほわとした空気が流れている。
「智、ご飯粒ついてるよ」
「どこですか?」
口元を手で触れば、琥太郎がふっと笑った。
「反対」
「え、こっち?」
「ううん。ここ」
琥太郎が、僕の頬についたご飯粒を手で取った。そして、それをパクッと食べた。
「こ、琥太郎さん……」
羞恥のあまり、やや俯き加減に琥太郎を見上げた。
「智、その顔反則」
「反則って言われても」
そんなやり取りを相変わらず無表情で眺める立花先輩。玄関先では、あんなに僕と琥太郎の仲を否定するのに、何も言ってこない。
不思議に思っていると、立花先輩は、ハッと思い出したように言った。
「ボクの桐原君に触るな。それはボクの役目だ」
何だか違和感のある喋り方をする立花先輩が、ポケットから二枚のチケットを取り出した。
「桐原君。ここに水族館のチケットが二枚あるんだが、一緒にいかないか?」
「水族館ですか? でも……」
琥太郎を見る。やはり、立花先輩からの誘いは断るべきだ。断ろう……そう思った時だった。
立花先輩が、大袈裟に残念がった。
「なんと言う事だ。ボクとしたことが……」
「どうかしたんですか?」
「これ、使用期限が明日までなんだ」
「使用期限とかあるんですね」
立花先輩が、琥太郎の前に水族館のチケットをサッと置いた。
「明日は日曜日、君らはバイトもないんだろう? ボクは、サークルの集まりがあるんだ」
僕は琥太郎と目を合わせ、立花先輩に恐る恐る聞いた。
「えっと……もしかして、くれるんですか?」
「ボクは行けないからな。行けるやつが使わないと勿体無いだろ」
「あ、ありがとうございます」
「そうだ。たまたまここにレストランの優待券もあるんだが。本当、偶然だなぁ」
立花先輩が、僕の前にレストランの優待券を置いた。
「でも、これは期限とかないみたいですよ。御自分で使えば……」
「あいにく、明日だけじゃなく、暫くは予定が埋まっていてな。無くしちゃ勿体ないから使ってくれ」
「えっと……」
予定が埋まっているのに、何故僕を水族館に誘ったのだろうか。不自然すぎて違和感しかない。
琥太郎も怪訝な顔で立花先輩に言った。
「あのさ、何企んでんの?」
「企む?」
「おかしいじゃん。俺と智の仲を引き裂きたいんだよね?」
立花先輩が、チーズのフライを口に入れれば、一瞬、ほんの一瞬だが、口角が上がった気がした。
「引き裂きたいに決まってるだろ」
そして、味噌汁をずずいっとひと口飲んで、立花先輩はいつものようにブツブツと呟き始めた。
「これだけ仲の良さを見せつけられて、無理なことくらい重々承知だよ。むしろ、そんなに仲良いくせにキス止まりなんて、どんだけ奥手なんだって話だよ。後押しもしたくなるってもんだ。それにしても美味い。ふぅ」
一通り呟いた立花先輩は、白ご飯を口に放り込んでから、こちらを見て言った。
「ん? 何だ?」
それはこちらのセリフだ。
立花先輩の呟き、今回はバッチリ聞こえた。
(今のは心の声が漏れたのかな?)
もしかして、今のが本心なのだろうか。では、僕と琥太郎の仲を邪魔しようと、毎日のように来訪してくるのは何故?
キョトンとしながら僕は琥太郎を見た。琥太郎も僕を見た。二人で肩をすくめた。
——それからは、何とも言えない空気のまま淡々と食事をし、片付けまで終えると、立花先輩は自身の部屋に戻って行った。



