琥太郎の縁談は白紙に戻った。

 代わりに、あんなに僕らの恋路を反対していた琥太郎の母親が、僕と琥太郎の仲を応援し始めた。

【あんな子に横取りされちゃダメよ。琥太郎!】

 琥太郎のスマホのスピーカーから、琥太郎の母親の声がする。

「当たり前だよ。誰があんなインテリメガネに……それからアイツも」

 琥太郎に唇を親指でなぞられ、ドキリとする。

 琥太郎の顔が近付いてきたので、急いで琥太郎の口を手で塞ぐ。

「こ、琥太郎さん。今、電話中」

 琥太郎は、難なく僕の手を払いのけて言った。

「母さん、じゃあね」
【ちょ、琥太郎。待ちなさ————】

 ピッと琥太郎が通話を切った。

「電話、終わった」

 琥太郎に、買ったばかりのソファに押し倒され、キスされた。
 何度も角度を変えながら、時に……いや、ほぼほぼ貪られるような深い深い口付けを交わす。

「んんッ」

 糸を引きながら離れて行く琥太郎の唇。それがまた、僕の口を塞いだ。

「んん……」

 しつこいくらいにキスをする琥太郎の肩をトントン叩けば、一旦唇が離れた。

「ぷはッ……こ、こたろ……さん。もう、もう許して」
「あー、アイツが変なこと言うから。今のキスも、智とアイツがキスしたみたいな気がする」
「はは、気のせいですって」
「智。元はと言えば、君がアイツのスプーンでパフェ食べるからだよ。分かってる?」
「ごめんなさい」

 そう、琥太郎のねちっこいキスは、僕と元カレさんが間接キスをした上書きだ。

 ただ、琥太郎の場合、それは一回じゃ終わらない。例の見合いから一週間が経とうとするのに、家にいる間は、ほぼずっとしているような気がする。

 それ以上を求めたくなってしまうが、琥太郎はキスに拘っている。僕も恥ずかしくてそれ以上は何も言えない。

 それもこれも、元カレさんの言った言葉が原因だ——。

『オレは琥太郎とチューしたし、お前だってしてんだろ? 自動的にオレらはもう間接キスしてる訳だ』

 これが琥太郎には引っかかるようだ。
 今、僕としたキスも、それは僕と元カレさんがキスをしたと同義になってしまうようだ。

 つまるところ、琥太郎とキスをすればする程、僕が元カレさんのモノになっているような気分になるのだとか。

「僕は、琥太郎さんとしかキスしたことないですよ」
「うーん……」

 何を言っても納得出来ないようだ。

 ただ、こっちの問題は多分大丈夫。元カレさんが、実はノンケだったから。

 僕のことも可愛い後輩くらいにしか思っていないし、琥太郎のことも友人としか見ていない様子。だから、琥太郎の気が済むまでキスをすれば多分解決する。

 今一番の問題は——立花 薫。

 琥太郎のお見合い相手だったはずなのに、あろうことか僕に告白してきたのだ。

『ボクと結婚を前提に、お付き合いして下さい』

 でも、僕はきちんとお断りした。

『ごめんなさい』

 そこで終わりかと思えば、立花先輩がメガネを押し上げて言った。

『桐原君。君は偶然と言ったけど、こんな所でも会うなんて……運命の何者でもないよ』
『立花先輩』

 見た目に似合わずロマンティックな人だ。

『でも僕。本当に立花先輩とは、お付き合い出来なくて……』

 琥太郎の怒りの目が気になってしょうがない。琥太郎の方をチラチラ見ていたら、立花先輩は、何やら勘違いし始めた。

『ああ、そうか。こんな公衆の面前で照れているのだな』
『いえ、そりゃ恥ずかしいですけど。そうじゃなくって……』
『まぁ、時間はたっぷりある。ゆっくりと愛を育もう』

 立花先輩は、僕の胸ポケットに一輪の花をさして去っていった——。

 絶賛、モテ期到来だ。男に。

 喜びたいところだが、素直に喜べないのが現状だ。

 ピンポーン♪

「しつこいな。また来た」

 琥太郎は、イラっとしながら僕の胸元に吸い付いた。

「ちょっと、琥太郎さん。また」
「マーキングしとかないと」

 インターフォンが鳴る度に、僕の体にキスマークが増えていく。もうじき夏が来るのに、薄着出来るだろうか。心配になってくる。

「智は、ここで待ってて」
「はい」

 琥太郎が、来客者である薫の相手をしに行った——。

 お茶を飲んで一服していると、玄関先で言い争う声が聞こえてきた。

「はぁ……」

 この一週間、毎日の事すぎて溜め息しか出ない。

 近所迷惑になるので、僕も重い腰をあげる。そして、玄関へ。

「智は俺のって言ってんじゃん」
「ボクにフラれた腹いせに、ボクから桐原君を奪うなんて……この卑怯者め」
「だから、元々付き合ってんの……って、智。出て来ちゃダメって言ったでしょ」
「だって……」

 このまま放置していたら、僕の恥ずかしい事を大声で喋り出すのだ。近所を歩けなくなるのでやめて頂きたい。

「とにかく、琥太郎さんも立花先輩も入って下さい」

 僕は、二人の背を押して、中へと誘導した。