隣に住む先輩の愛が重いです。

※琥太郎視点です※

 俺は今、過去一で幸せかもしれない。

『あん、琥太郎さん。そこ、そこダメ』
『ここが良いの?』
『あぁ! もうダメ……抜いて、ダメだってぇ!』
『智、愛してるよ』

(あー、講義なんて受けずに智とイチャイチャしたい)

 そう、今は講義中。

 しかし、頭の中では、智にエロいことをしている妄想が繰り広げられている。ただでさえ性欲が強いのに、まだ手を出していないのだから、妄想くらい許して欲しい。

 ちなみに、単位だけ取れれば良いので、数回休む程度なら問題はない。けれど、真面目に受けないと智に嫌われる。

 そうでなくとも束縛し過ぎて嫌われるかと思ったのに——。

 やはり俺の見立ては間違いではなかった。こんな顔だけが取り柄の俺でも、智は見捨て無かった。今までの男達とは違う。

 自分も愛されている実感があるから、更に愛が増す。

 今までの恋は、体でしか繋がった実感が無くて、とにかく抱き潰した。抱いている時だけが、唯一自分の存在を認めてくれている気がしたから。

 けれど、智は大事にしなければ。

 俺だって、男だから好きな人に触れたいし、繋がりたい。しかし、それ以上に、割れ物を扱うように大切にしたい。初めてそう思える人に出会ったのだ。

 ヴヴヴ——。

 ポケットの中で、スマホのバイブ音が鳴った。

(もしかしたら智からかも)

 気分上々に、机の下でスマホを操作する。

(チッ、またか)

 メッセージの相手は、母。

【来週の土曜日。お見合いするわよ。これで更にうちの会社が大きくなるわ】
【しないよ。俺、恋人いるから】

 素っ気なく返信し、スマホの電源をオフにした。

 ——母は、昔は優しかった。

 父が不倫して家を出ていってから、女手一つで育ててくれた。仕事も頑張って、家事に育児、寝る間もない程頑張っていた。

 頑張った甲斐あってか、会社ではその功績を評価されるようになった。そして、母は挑戦したくなったようだ。独立を決意した。

 独立した母を俺も応援した。出来ることは手伝った。
 しかし、いつしか優しい母はいなくなってしまった。会社に、仕事に、金に取り憑かれたように会社を大きくすることだけを考えるようになった。

 そんな母と一緒にいるのが嫌で、大学入学と同時に一人暮らしを始めた。

『綺麗な部屋借りたら、後から使う人が可哀想でしょ? シミだらけにしそうだし』

 初めて智が俺の部屋に来た時、俺は智に嘘を吐いた。部屋が片付けられないから、今のアパートを選択したのだと。

 しかし、今のオンボロアパートに住み始めた本当の理由は、母が今のアパートなら遊びに来ないと思ったから。社長の息子が、家賃四万のオンボロアパートに住んでいるなんて恥ずかしくて来ないだろうと。

 案の定、今の今まで母が来ることはなかった。俺も実家に帰っていないし、かれこれ二年は会っていない。

 ~~♪

 講義終了のチャイムが鳴った。

(よし! 智を迎えに行こう)

 ほぼ聞いていなかった講義の資料を鞄に入れ、立ち上がった。

「ねぇねぇ、琥太郎君」
「今日、みんなで飲み会するんだけど琥太郎君もどう?」
「なぁ、たまには行こーぜ」

 講義の後、特に昼時や帰宅時は無駄に声をかけられる。

 俺は、返事をすることなく苛々を全面に出しながらスルーする。時に進路の邪魔をしてくる者もいるので、そんな人には睨みを効かせながら一言。

「邪魔」
「は、はい」

 萎縮しながら避ける女子。半分泣きそうになっている。

 しかし、彼女らはそれが逆に嬉しいようだ。

「キャー! 見た? 私、琥太郎君に話しかけられちゃった」
「ずるーい」
「あたしもそっちにいれば良かった」

 正直、バカじゃないかと思うことがある。

 そして、俺はこの薄っぺらな奴らが大嫌いだ。俺の顔と家柄、それにしか興味のない奴らに優しくする義理はない。

 俺がこんなに捻くれてしまったのは、いつからだろう。覚えていないが、母のことが原因と言っても過言ではないと思う。

 そんな中、智にだけ対応が違ったのは、俺からセフレにしようと近付いたから。

 もしも部屋が隣ではなかったら、智の部屋が雨漏りしなかったら、初対面が大学だったなら、おそらく智はこんな俺に萎縮して、話すら交わさない仲だったに違いない。俺は、心底今回の奇跡に感謝する。

「さーとーし」

 校門付近で待っている智に、大きく手を振った。

 智は、恥ずかしそうに小さく手を振り返してきた。前は気付かないフリをしていたのに、大きな進歩だ。

「もう、琥太郎さん。声大きすぎ。みんな見てるじゃないですか」
「俺は、智しか見てないから安心して」
「はは……」

 智は苦笑するが、実際にそうなのだから仕方ない。ただ、智以外にも目に入る者がたまにいる。

「智、ちょっとコレ聞いてて」
「はい……?」

 俺は、智の耳にイヤフォンを付け、音楽を流した。

 そして、チラシを持ちながら智に近付こうとしている二年生の男子二人に声をかけた。

「ねぇ、目障りなんだけど」

 いつものように見下しながら睨みを聞かせれば、彼らは怯えたように言った。

「いや、ボク達。彼をうちのボランティアサークルにどうかなって……」

 そう、一年生には入学式からサークルの勧誘が沢山くる。智は、アルバイトと俺の部屋の片付けのせいで、サークルの勧誘は全て受け流していた。

 しかし、先日のドライブ中に智はこんなことを話していた——。

『ボランティアサークルには、興味あるんですよね』
『何で? あんなの就活のポイント稼ぎだよ』
『そうなんですけど……前にここの生徒がニュースに出てて、格好良いなって思って。確か、今四年生の立花先輩』
『へぇ……』

 立花(たちばな) (かおる)、二十一歳の四年生。真っ黒の髪を七三に分けて、黒縁メガネのいわゆるインテリ男子。中身も外見も真面目そのもの。俺とは似ても似つかない。

 そんな相手を智は“格好良い”と言ったのだ。嫉妬せずにはいられない。

 他のサークルにも所属して欲しくないけれど、何としてでもボランティアサークルだけは回避せねば。

(彼氏命令で、サークル禁止って言いたいけど、昨日も連絡先削除したり色々やらかしちゃったからなぁ。これ以上は、本気で嫌われそう)

 残り数週間もすれば勧誘シーズンが終了する。『何だかんだ入り損ねちゃったね』と、サークルとは無縁の生活を送らせるのが、今の俺の目標だ——。

 俺は、引き下がらないボランティアサークルの彼らに、冷たい目を向けて言った。

「智は忙しいから」
「で、でも、聞いてみないと」
「はぁ……しつこいな。聞かなくても分かるから」
「は、はい。すみません」

 彼らは、逃げるように去っていった——。
 
「琥太郎さん……? 大丈夫ですか?」

 智の声で、ハッと我に返る。俺は急いで口角を上げる。

「うん。道に迷ったんだって」
「キャンパス内、広いですもんね」

 無理な言い訳にも納得してくれたようだ。肩を撫で下ろす。

「智、帰ろ」
「はい」

 手を繋ぎたいところだが、人前では智が嫌がるので我慢。

 そして、この笑顔は智にしか向けない。というか、智の前では自然と頬が緩む。改めて智のことが好きなんだなって実感する。

「琥太郎さん、何だか嬉しそうですね」
「そりゃ、彼氏との再会は嬉しいよ」
「再会って……ランチの時以来だから、三時間くらいしか経ってないですよ」

「俺は一分でも離れたくないよ」

 笑顔を交わしながら、並んで信号待ちをしていたら、一台の大きな黒い高級車が目の前で止まった。

「わ、僕、ベンツ初めて見た」

 興味津々な智の肩をトンと叩いて、進路を変える。

「智、あっちから帰ろ」
「え?」

 智も足早に付いてくる。

「どうしたんですか?」
「何でもないよ」

 そうは言いつつも、ベンツから一人の女性が出てきたのが分かり、更に足が早く動く。

「琥太郎! 待ちなさい!」
「え?」

 女性の声に、智が足を止める。
「智、気にしなくて良いよ」
「でも、今、琥太郎さんのこと呼んでましたよ。知り合いなんじゃ?」

 智は、おどおどしながら付いてくる。

「母さんだから、問題ないよ」
「え!? あれ、琥太郎さんのお母さんなんですか?」
「ごめんね。おっかないよね」

 今の今まで会いに来なかったので油断していた。妙なことに巻き込まれなければ良いのだが——。