三笠先輩の元カレ。其れすなわち、三笠先輩に愛された男。

 悔しいが、三笠先輩には、こういう如何にも日常生活を謳歌していそうな陽キャな男がお似合いだ。三笠先輩が僕のことを好きだなんて、ただの思い違いだ。そう思わずにはいられない。

「琥太郎、オレのこと何て?」

 彼は、何の躊躇いもなく話しかけてくる。気弱な僕は、律儀に返す。

「写真しか見せてもらっていません」
「そっか。アイツの相手、大変だろ」
「大変? 掃除が……ですか?」

 この人も部屋の片付けを頼まれたのだろうか。確かに、あれは大変だったが、片付いてしまえばどうってことない。

「は? 掃除?」

 どうやら違ったらしい。怪訝な顔を向けられた。

「いえ、何でもないです。何が大変なんですか?」
「…………マジで?」

 聞いたのに聞き返された。しかも、非常に驚いた顔をされて、意味が分からない。

「えっと、何が『マジ』なんでしょう?」
「お前、琥太郎とどれくらい?」

 どれくらい……言葉が曖昧過ぎて分からない。

 聞き返そうか考えていたら、彼は苛々したように続けた。

「あー、まぁ良いや。とにかくさ、アイツ普段からキツめじゃん? それが、付き合ったら……」
「キツめ? 三笠先輩が?」

 驚きのあまり、彼の話を遮ってしまった。

 三笠先輩に、普段からキツめなイメージはない。むしろヘラヘラして柔いイメージだ。

 さっきから話が噛み合わず、互いにキョトンとする。

「琥太郎、会った時はトゲトゲしかっただろ?」
「いえ。わたあめのようにフワフワですけど……?」
「は? アイツが?」
「はい」
「有り得ねえ。マジで?」

 椅子は幾つかあるのに、彼は僕の隣の椅子に座って、前のめり気味に話し出した。

「アイツ、顔は良いから男女問わず寄ってくんだけど、基本誰も寄せ付けねーんだよ。大学入ってからも変わってねーはずなんだけどなぁ」

 そういえば、三笠先輩の交友関係を知らない。大学内で色んな人に話しかけられる姿は見たことあるが、いつも遠目から。他者との接し方は知らなかった。

「でも、そんな三笠先輩とどうやって付き合ったんですか?」
「オレらの高校、男子校だろ?」

 そうなのか。初耳だが、さっきから反応する度に話の腰を折っているので、黙っておく。

「で、やっぱお年頃だし。どうせなら顔の良いやつとしたいじゃん? そしたらさぁ、付き合った奴としかしないって言うから」

 当たり前だ。三笠先輩は悪くない。

「だから、とりあえず付き合うってなったんだけど、束縛ハンパねぇし、絶倫な上にドSだし、一週間も耐えらんなかったな。尻が」
「そ、そうなんですね」
「ま、柔いなら変わったのかな? オレん時は、ちょっと他の奴とやろうとしただけで激怒してさぁ。監禁されるかと思ったぜ」
「はは……まさか」

 苦笑しておくが、他の人と浮気しようとしたのが悪いのでは?

「でも、まさか同じ大学受けてたなんて知らなくて、入学式で会った時には驚いたぜ」
「それって、元カレさんに未練があって……?」
「分かんねぇけど、あんのかなって思うよな……なんてな。実は元々————」

 何だかモヤモヤしてきた。最後の方なんて話が聞こえないくらいモヤモヤだ。

 モヤモヤしたところに、ピロン♪とメッセージが届いた。

【何時頃になりそう?】

 それに対し、すぐに返信する。

【今日はやめときます。僕なんかより、元カレさんでも誘ってみたらどうですか?】

 八つ当たりのような返信をしたら、彼が思い出したように乾燥機の中身を取り出し始めた。

「あ、オレ。早く帰んないと。ま、頑張れよ。じゃ」
「はい。それでは」

 彼は、洗濯物をカゴに入れて、早々とコインランドリーを出て行った——。

「嵐のような人だったな……」

 静かになった店内には、乾燥機が稼働している音だけが鳴り響いている。
 残り十分の赤い表示。それが少しずつ減っていく様をぼんやりと眺め————ゼロになった時だった。

 ピーピーと終わりを知らせる音と、ウィーンと自動ドアが開く音が重なった。

「智」
「三笠先輩」

 会いたかったはずなのに、日常生活が疎かになってしまう程に会いたかったはずなのに、今はその顔を見て苛々が募る。

「何しに来たんですか?」

 ツンとしながら言えば、三笠先輩は不安そうな顔を無理矢理笑顔にして言った。

「手伝おうかなぁって」
「結構です」
「智、怒ってる?」
「怒ってませんけど」

 そう言いながらも、口調がキツくなっているのは自分で分かる。

 机の上を除菌シートで乱暴に拭き、その上に取り出した洗濯物を置いた。バスタオルを一枚取って畳めば、三笠先輩もTシャツを畳み始めた。

「手伝わなくて結構です」
「二人の方が早く終わるよ」
「今なら、まだ元カレさん起きてますよ。オムライス、誘ってみたら如何ですか?」

 三笠先輩の手が止まった。

「あのさ、智。もしかして、アイツに会ったの?」
「さっきココで。チャラそうですけど、格好良い人でしたね」

 トゲのある言い方をすれば、三笠先輩は曇った表情で俯き加減に聞いて来た。

「アイツ、何か言ってた?」
「いえ、大したことは……」
「だから智、そんなに怒ってるの? 俺に嫌気がさした? 嫌いになった?」
「…………嫌いですよ」

 小さな声で言った。そして、徐々に声を荒げながら言った。

「こんな自分が大っ嫌いですよ!」
「え?」
「一人で勝手に嫉妬して、八つ当たりして、でも自分の気持ちは言えなくて、本当は会いたいのに会いたいって言えないし。三笠先輩にキスされたのも、告白されたのも無かったことにしようとして逃げてるし、こんな僕」
「キスって、智……」

 まずい。苛々しすぎて、思わず勢いで言ってしまった。三笠先輩も戸惑いながら口元を押さえている。

 ええい。こうなったらヤケだ。全て、全て言ってしまおう。思いの丈を。

「僕はね、先輩が好きなんですよ。それが恋愛の好きなのか、はたまた友情や兄弟のようなものか、男同士なんて考えたこともなかったから分からなくて、めっちゃ悩みましたよ。散々悩んだ挙句、分かったんです」
「……」
「キスされても突き飛ばさなかったでしょ? それが答えなんだなって」
「智……」
「でも、僕があんなのに勝てる訳ないじゃないですか。先輩の隣には、元カレさんのように華やかな人じゃないと。だから、僕は、お隣さんで我慢しようと思ったんです。こんなこと言うつもりなんて無かっ」

 ふわっと抱きしめられた。
 懐かしい。琥太郎の匂い。温もり。
 もう味わえないと思っていた。

「智、好きだよ」

 僕も三笠先輩の背に腕を回した。

「俺、愛が重いんだって」
「愛されてる証拠です。てか、僕のどこが好きなんですか?」
「分かんない」
「……は?」

 今までの気持ちを返してほしい。あんなに考えて、我慢して、泣きそうになってまで打ち明けたのに。

「だって、好きなものは好きなんだもん。じゃあ、智は俺のどこが好き?」
「えっと……顔?」
「そっちの方が酷いじゃん」

 はははと笑い合い、ふいに静かになった。

 目と目が合い、自然と閉じる瞼。三笠先輩の唇と僕のそれが重なった——。