「はぁ……そろそろ動かなきゃなぁ」
自分の部屋に戻ってから三日が経った。大学とアルバイトには行っている。皆も知っての通り、僕って真面目だから。
けれど、ご飯を作る気力もなく、掃除をする気力もない。洗濯物も溜まっているが、コインランドリーに行くのすら面倒だ。家にいる時は大抵、三笠先輩の匂いが染み付いてしまった布団にくるまって横になっている。
ちなみに、三笠先輩の家に持って行っていたキャリーケースや旅行鞄は開けっぱなしで、雑に床に放置してある。
中身は引き出しに入れる事なく、そこから引っ張り出して着ている。
まさか、三笠先輩の部屋から帰ってくるだけで、こんなにも虚無感に苛まれるとは思わなかった。
「はぁ……何だか失恋した時みたい」
——中学生の頃、好きだった女の子に振られたことがある。ただ、僕が告白した訳じゃない。
『桐原君が、さよちゃんのこと好きらしいよ』
『えー、マジで?』
良くある噂話だ。それをたまたま聞いてしまったのだ。意外と脈アリなんじゃないかと思っていたので、ドキドキしながら続きを聞いた。
『マジないわぁ。私は佐藤君みたいなのがタイプ』
佐藤君とは、髪を茶色に染めて、ピアスもつけて、校則を破っているようなヤンチャ系男子。真面目な僕には到底真似出来ない。
何だかんだ初恋だったので、それなりにショックだった。ただ、フラれたというより、僕自身が否定された感じが嫌だった。存在意義を否定されているようで。
その時も、同じように布団にくるまっていた。
当時は中学生なので、家事は母親がやってくれる。しかし、今はさすがに自分しかいないので、やらなければ酷い有様になりそうだ。それこそ三笠先輩の部屋のように。
「三笠先輩、大丈夫かなぁ。僕がいなくなって掃除してるかな」
自分のことは棚にあげて、他人の心配をするなんて。三笠先輩も良い迷惑だろう。
「よし、とりあえずコインランドリーだけ行くか」
家が汚いのは誰にも迷惑がかからないが、服が臭いのは有害だ。帰りにコンビニでご飯を買えば良い。そう思って起き上がり、電気をつけた。
「うわ、もうこんな時間」
布団に包まったのは十六時頃。遮光カーテンもして光をシャットアウトしていたせいで分からなかった。時計は既に二十二時過ぎをさしていた。
「はぁ……僕、ダメダメだな」
コインランドリーに行くのをやめようかと思った。しかし、やる気が出た時に行かないと、次いつ行く気になるか分からない。
渋々洗濯物をカゴに入れてコインランドリーに向かうことに——。
◇◇◇◇
誰もいないコインランドリー。その中で、乾燥機が一つだけ稼働していた。
僕も洗濯物を洗濯乾燥機の中に放り込み、蓋を閉めてスイッチを押した。
早速小さく揺れ動き始めた洗濯機。終わるまで約六十分。一旦家に帰っても良いが、また来るのが面倒だ。椅子に腰掛け、グルグルと回る洗濯物をボゥッと眺めることに。
——眺めること十分。
さすがに飽きてきた。
ポケットからスマホを取り出した。
「あれ? 通知が来てる」
メッセージが四時間も前に来ていた。
僕は友人が少ない。大学では未だにゼロだ。いや、正確に言えば、話しかけてくる者はいる。しかし、そのどれもが三笠先輩と繋がりたくて接触してくる者ばかり。下心が見え見えだから、僕はテキトーにはぐらかして、連絡先すら教えていない。
高校の時の友人は滅多にやり取りをしないし、僕に連絡してくるのは母親くらい。今回も母親からだろうと、顔認証でスマホのロックを解除した。
すると、送り主のところに“三笠 琥太郎”と表示されていた。
胸が高鳴った。
何の要件だろうか。僕が必要なのだろうか。そんなことを考える間もなく、メッセージをタップして開いた。
【作りすぎたからどうですか?】
と、オムライスの写真が添えられていた。可愛くケチャップでクマさんの絵まで描かれている。
「はは……オムライスの作りすぎって。せめて煮物とかにしなよ」
僕に会いたくて、わざわざ口実作りのために作ったのが見え見えだ。不器用すぎる。でも、そんな不器用な三笠先輩が愛おしく感じた。
「やっぱ僕、先輩のこと好きなのかな」
未だに出ない答え。
いや、本当は出ている。もっと前に。
しかし、“僕じゃ釣り合わない”そう思ってしまうのだ。
ひとまずメッセージに返信しなければ。
今すぐに走り出したいところだが、既に二十三時になろうとしている。そんな時間に訪問する程、僕は常識はずれではない。
【すみません。今、気付きました。もう寝ましたか?】
送った瞬間に既読が付いた。そして、返信はすぐに来た。
【オムライスまだあるよ。食べる?】
【食べたいですけど、今コインランドリーです】
【終わるの待ってる】
それにも返信しようとすれば、若い男性が一人店内に入って来た。洗濯物を持っていないので、乾燥機を使用していた人だろう。
(どこかで会ったかな?)
その顔に見覚えがある。
おそらく僕よりも年上。上下スウェットにサンダルでラフな格好をしており、髪は金。ピアスも一つじゃなく片耳に三つは付いている。
ただ、僕にそんな知り合いはいない。大学ですれ違ったのかもしれない。そう思っていたら、その彼に声をかけられた。
「ねぇ。あんたってさ、琥太郎の?」
「え?」
「最近よく一緒にいるじゃん」
「あー」
やはり、同じ大学の生徒らしい。
「アイツ、テクだけはあるんだけどな。重いのがなぁ。今も相変わらず?」
「テク? 重い?」
何の話だろうとポカンとしていたら、一枚の写真を思い出した。
「あ、三笠先輩の元カレさん……ですか?」
「琥太郎、オレのこと喋ったんだ」
どうやら僕は、三笠先輩と再会する前に、三笠先輩の元カレと出会ってしまったようだ——。
自分の部屋に戻ってから三日が経った。大学とアルバイトには行っている。皆も知っての通り、僕って真面目だから。
けれど、ご飯を作る気力もなく、掃除をする気力もない。洗濯物も溜まっているが、コインランドリーに行くのすら面倒だ。家にいる時は大抵、三笠先輩の匂いが染み付いてしまった布団にくるまって横になっている。
ちなみに、三笠先輩の家に持って行っていたキャリーケースや旅行鞄は開けっぱなしで、雑に床に放置してある。
中身は引き出しに入れる事なく、そこから引っ張り出して着ている。
まさか、三笠先輩の部屋から帰ってくるだけで、こんなにも虚無感に苛まれるとは思わなかった。
「はぁ……何だか失恋した時みたい」
——中学生の頃、好きだった女の子に振られたことがある。ただ、僕が告白した訳じゃない。
『桐原君が、さよちゃんのこと好きらしいよ』
『えー、マジで?』
良くある噂話だ。それをたまたま聞いてしまったのだ。意外と脈アリなんじゃないかと思っていたので、ドキドキしながら続きを聞いた。
『マジないわぁ。私は佐藤君みたいなのがタイプ』
佐藤君とは、髪を茶色に染めて、ピアスもつけて、校則を破っているようなヤンチャ系男子。真面目な僕には到底真似出来ない。
何だかんだ初恋だったので、それなりにショックだった。ただ、フラれたというより、僕自身が否定された感じが嫌だった。存在意義を否定されているようで。
その時も、同じように布団にくるまっていた。
当時は中学生なので、家事は母親がやってくれる。しかし、今はさすがに自分しかいないので、やらなければ酷い有様になりそうだ。それこそ三笠先輩の部屋のように。
「三笠先輩、大丈夫かなぁ。僕がいなくなって掃除してるかな」
自分のことは棚にあげて、他人の心配をするなんて。三笠先輩も良い迷惑だろう。
「よし、とりあえずコインランドリーだけ行くか」
家が汚いのは誰にも迷惑がかからないが、服が臭いのは有害だ。帰りにコンビニでご飯を買えば良い。そう思って起き上がり、電気をつけた。
「うわ、もうこんな時間」
布団に包まったのは十六時頃。遮光カーテンもして光をシャットアウトしていたせいで分からなかった。時計は既に二十二時過ぎをさしていた。
「はぁ……僕、ダメダメだな」
コインランドリーに行くのをやめようかと思った。しかし、やる気が出た時に行かないと、次いつ行く気になるか分からない。
渋々洗濯物をカゴに入れてコインランドリーに向かうことに——。
◇◇◇◇
誰もいないコインランドリー。その中で、乾燥機が一つだけ稼働していた。
僕も洗濯物を洗濯乾燥機の中に放り込み、蓋を閉めてスイッチを押した。
早速小さく揺れ動き始めた洗濯機。終わるまで約六十分。一旦家に帰っても良いが、また来るのが面倒だ。椅子に腰掛け、グルグルと回る洗濯物をボゥッと眺めることに。
——眺めること十分。
さすがに飽きてきた。
ポケットからスマホを取り出した。
「あれ? 通知が来てる」
メッセージが四時間も前に来ていた。
僕は友人が少ない。大学では未だにゼロだ。いや、正確に言えば、話しかけてくる者はいる。しかし、そのどれもが三笠先輩と繋がりたくて接触してくる者ばかり。下心が見え見えだから、僕はテキトーにはぐらかして、連絡先すら教えていない。
高校の時の友人は滅多にやり取りをしないし、僕に連絡してくるのは母親くらい。今回も母親からだろうと、顔認証でスマホのロックを解除した。
すると、送り主のところに“三笠 琥太郎”と表示されていた。
胸が高鳴った。
何の要件だろうか。僕が必要なのだろうか。そんなことを考える間もなく、メッセージをタップして開いた。
【作りすぎたからどうですか?】
と、オムライスの写真が添えられていた。可愛くケチャップでクマさんの絵まで描かれている。
「はは……オムライスの作りすぎって。せめて煮物とかにしなよ」
僕に会いたくて、わざわざ口実作りのために作ったのが見え見えだ。不器用すぎる。でも、そんな不器用な三笠先輩が愛おしく感じた。
「やっぱ僕、先輩のこと好きなのかな」
未だに出ない答え。
いや、本当は出ている。もっと前に。
しかし、“僕じゃ釣り合わない”そう思ってしまうのだ。
ひとまずメッセージに返信しなければ。
今すぐに走り出したいところだが、既に二十三時になろうとしている。そんな時間に訪問する程、僕は常識はずれではない。
【すみません。今、気付きました。もう寝ましたか?】
送った瞬間に既読が付いた。そして、返信はすぐに来た。
【オムライスまだあるよ。食べる?】
【食べたいですけど、今コインランドリーです】
【終わるの待ってる】
それにも返信しようとすれば、若い男性が一人店内に入って来た。洗濯物を持っていないので、乾燥機を使用していた人だろう。
(どこかで会ったかな?)
その顔に見覚えがある。
おそらく僕よりも年上。上下スウェットにサンダルでラフな格好をしており、髪は金。ピアスも一つじゃなく片耳に三つは付いている。
ただ、僕にそんな知り合いはいない。大学ですれ違ったのかもしれない。そう思っていたら、その彼に声をかけられた。
「ねぇ。あんたってさ、琥太郎の?」
「え?」
「最近よく一緒にいるじゃん」
「あー」
やはり、同じ大学の生徒らしい。
「アイツ、テクだけはあるんだけどな。重いのがなぁ。今も相変わらず?」
「テク? 重い?」
何の話だろうとポカンとしていたら、一枚の写真を思い出した。
「あ、三笠先輩の元カレさん……ですか?」
「琥太郎、オレのこと喋ったんだ」
どうやら僕は、三笠先輩と再会する前に、三笠先輩の元カレと出会ってしまったようだ——。



