「なあ、良太。ここからは誰に頼まれたでもない。僕からの話だ」
「なんだ?」
「本当にお前は彩音を殺していないんだな」
良太は、これまでに見せた反応の中で最も早く頷いた。
「もちろんだ。俺が言うとおかしいかもしれないが、神に誓って彩音を殺害してはいない。彩音を殺した奴は別にいる。それだけは信じて欲しい」
「もちろん、お前の言う事は信じているよ」
どうしても人間は、最後のところでポジティブに考えたがるところがある。だからこそ、良太が彩音を殺害していたら世間にとって都合がいいのだろう。
世間としては、良太の他にも女子高生を焼いて殺害するなどできるような人間が、今もまだ野に放たれている可能性を無視したいがために、良太が彩音を殺害したと裁判所が認めて欲しいと思っているはずだ。しかし、それは真実じゃない。
目の曇った人たちにはわからないだろうけど、僕はそれを知っている。
しかし、僕は俯瞰的な立場で見れば良太の行動には不可解な点が多い。どうしようと、きっと良太は死刑だ。これまで、日本で死刑が下されたパターンと、そうでないパターンには明確ではないけれども、一本の線が引かれている。
良太は、犯行内容だけを見ればそのラインを大きく超えている。
「なあ、良太。死ぬのは怖いか」
僕が静かにそう問いかけると、良太は潔く首を振った。
「いや。もう、この世に彩音も翼もいないんだから。それなら、天国で二人と一緒に過ごせたらいい。もちろん、俺みたいな人間が天国に行けるとは思っていないけど、そんな人間のために、煉獄があるんだろ。俺はよく知らないけどさ」
「煉獄か。うん、お前なら大丈夫だよ」
煉獄。現世での罪を罰によって悔い改め、天国へと行くための場所。
「そうだよな。できれば、俺も早く殺してほしいとすら思ってるんだ。別に、床が開いて落ちるような大層な仕組みを使わなくてもいい。ほんの一本、ナイフを牢屋の中に投げ入れてくれれば、喉を一突きで終わりだ。だけど、それじゃあ俺が彩音を殺害した事になってしまう。別に彩音を殺した真犯人を見つけて欲しいとかそういう事じゃないんだ。だけど、俺が彩音を殺したと思われたまま死ぬのは嫌なんだ」
そう、彼はただの快楽殺人鬼じゃない。
どうしようもなく彩音の代わりを求めるしかなくて、それを裏切られて。それこそ、まるで天国にでもいるような気持ちだったはずなのに、再び地獄へと叩き戻されたことに抗おうとして、妄想を幻想のままにしておきたくて。
彼の行動もまた愛であるはずなんだ。だが、それは彩音以外を殺害した事にのみ通じる話。彩音まで殺害すれば、いよいよ快楽殺人鬼だ。
実際に、週刊誌なんかでは大々的に報道される中で彩音との話は弁護士と相談して情状酌量で死刑を免れるために創作した、でっちあげだという記事も出ていた。
それなら、もっとうまい理由があるだろう。彩音を殺害したと疑われてるのに。
「この翼が残した日記帳も、翼がくれたプレゼントも、思い出も愛があったんだ。そのことだけはわかるんだ。そして、それは俺の中にもあったんだ。それを証明したい。それだけなんだ。俺は間違いなく彩音を愛していたんだ」
この愛の言葉は、天国に届くだろうか。いつか、誰かが届けてくれるだろうか。
「なら、翼さんを殺害したのは、どうしてだ」
「俺は、翼を愛そうとした。四人目を殺害した時点で、俺は絶望していたんだ。もう、彩音は俺の前に現れてくれることは無いんだって。そうわかっていたはずなんだけれども、翼が、俺が四人を殺害した事も受け入れてくれたんだ」
それはきっと、翼さんが愛を持っていつも良太のことを見ていたからだろう。
「そのときに感じたんだ。大事なのは、見た目じゃない。俺が愛したのは、彩音の見た目なんかじゃない。もちろん、あの薄い色の髪、綺麗ないろをした目、高く美しい鼻、小さいけれども色気のある唇、笑うと見える小さなえくぼ」
……
「俺はそれよりも、彩音の温かさを愛していたんだ。彼女の放つ温かさを、まるで毛布の様に求めていたんだ。彼女がいないと、寒くて寒くてたまらないんだ。凍えてしまいそうで、辛いんだ。その温かさを、翼が俺の罪を認めて、与えてくれた」
……
「だけど、俺は最後まで翼を愛してやることはできなかったんだ。結局、俺は最後の最後。愛を結ぶために、翼と本当のハグをして、キスをした。だけれども、その瞬間に俺の中に口から広がるような寒気がした。このままだと凍り付いてしまう。体の内側から、俺は死んでしまうと思った。次の瞬間には、翼の首に手をかけていた」
……
「その時の翼が、苦しいはずなのに。一瞬だけ笑ったんだよ。思えば、それまでの間に翼は出来る限り彩音に近づこうとして話し方とか、雰囲気とか、化粧とかそういう部分を変えていたんだ。その顔が彩音に重なって、次の瞬間には冷たくなった」
……
「あとのことは覚えていない。気が付いたら、ホテルの従業員が部屋に飛び込んできた。後は、パトカーのサイレンがうるさくなっていて、気が付いたらここにいた。弁護士と名乗る奴が何か言っていたけれど、わからなかった。警察には、聞かれたことに対して何も考えずに、知っていることだけを伝えた」
「そうか。だから、こんなにもスムーズに警察が動いたんだな」
良太が現行犯で逮捕されてからの警察は、動きが早かった。それまでの事件、その恐怖が夢であったかのように、真実が各報道機関によって連日のように報道されて、梶原良太の名前は全国に知られることになった。
「外の事はよく知らないんだ。弁護士も、気にしない方がいいっていうんだけど、そこまでひどいのか? やったことの重さは理解しているから、バッシングを受けるのは想像していたけれども、俺はいいけれども親が心配だ」
「ああ、ひどいよ。冗談にすらできない」
あの裁判以来、報道各所はやはり良太の犯行動機について詳しい記事を上げた。そのなかに、良太に対して好意的な意見を寄せるものはやはりいなかった。愛とか恋とかを歌っている音楽家、描いている芸術家、書いている小説家すらも良太の考えには賛同できないと一般人と同じ場所から批判していた。
事実として良太を弁護する弁護士の所属する事務所の入り口付近では、『快楽殺人鬼に死刑を』『変態は全員、殺すべき』『全国の女子高生に恐怖を植え付けた罪は重い』『死刑を』『絞首台へ』そんな言葉が書かれたプラカードと、どこから拾ったのかわからないような良太の顔写真の上に、赤いバツ印が濃く描かれたプラカードもあった。意味なんて想像したくもないけど、色というものはそれだけで意味を持つ。
「そうか……やっぱり、両親に迷惑をかけるのは申し訳ないな」
良太の父親は会社を辞めさせられて、母親も解雇はなかったけれども居づらくて自主的にやめたらしい。ここから、被害者遺族が賠償を求めれば良太の両親は間違いなくそれを払う能力は無い。そういう意味もあって、良太は刑事罰を望んでいる。
そこまでになることは、良太も理解していたはずなんだ。
なのに、どうしてもそれをやめることができなかった。何よりも彩音を大切に思っていたから。彩音を世界で一番、欲していたから。欲望に飲まれたんだ。
手に入るはずの位置にありながら、彼はそれをついには手にすることなく彩音は去ってしまった。もう、二度と手に入らないことをわかってしまった。
それを確信させたのが、四人の少女と翼さんだったというだけだ。
「なあ、最後にこれだけは親に伝えて、それとお前の心に刻んでくれ」
「なんだ」
「俺は、彩音を殺していない。それだけだ」
「ああ、わかっている。天国にいる彩音もそれは知っている」
僕がそう言うと、良太の顔からは憑き物が落ちたようにさっぱりとした。
死してなお、彩音の事を思い続けて、代用品だとしても求め続ける。
それが、梶原良太の愛だった。
「なんだ?」
「本当にお前は彩音を殺していないんだな」
良太は、これまでに見せた反応の中で最も早く頷いた。
「もちろんだ。俺が言うとおかしいかもしれないが、神に誓って彩音を殺害してはいない。彩音を殺した奴は別にいる。それだけは信じて欲しい」
「もちろん、お前の言う事は信じているよ」
どうしても人間は、最後のところでポジティブに考えたがるところがある。だからこそ、良太が彩音を殺害していたら世間にとって都合がいいのだろう。
世間としては、良太の他にも女子高生を焼いて殺害するなどできるような人間が、今もまだ野に放たれている可能性を無視したいがために、良太が彩音を殺害したと裁判所が認めて欲しいと思っているはずだ。しかし、それは真実じゃない。
目の曇った人たちにはわからないだろうけど、僕はそれを知っている。
しかし、僕は俯瞰的な立場で見れば良太の行動には不可解な点が多い。どうしようと、きっと良太は死刑だ。これまで、日本で死刑が下されたパターンと、そうでないパターンには明確ではないけれども、一本の線が引かれている。
良太は、犯行内容だけを見ればそのラインを大きく超えている。
「なあ、良太。死ぬのは怖いか」
僕が静かにそう問いかけると、良太は潔く首を振った。
「いや。もう、この世に彩音も翼もいないんだから。それなら、天国で二人と一緒に過ごせたらいい。もちろん、俺みたいな人間が天国に行けるとは思っていないけど、そんな人間のために、煉獄があるんだろ。俺はよく知らないけどさ」
「煉獄か。うん、お前なら大丈夫だよ」
煉獄。現世での罪を罰によって悔い改め、天国へと行くための場所。
「そうだよな。できれば、俺も早く殺してほしいとすら思ってるんだ。別に、床が開いて落ちるような大層な仕組みを使わなくてもいい。ほんの一本、ナイフを牢屋の中に投げ入れてくれれば、喉を一突きで終わりだ。だけど、それじゃあ俺が彩音を殺害した事になってしまう。別に彩音を殺した真犯人を見つけて欲しいとかそういう事じゃないんだ。だけど、俺が彩音を殺したと思われたまま死ぬのは嫌なんだ」
そう、彼はただの快楽殺人鬼じゃない。
どうしようもなく彩音の代わりを求めるしかなくて、それを裏切られて。それこそ、まるで天国にでもいるような気持ちだったはずなのに、再び地獄へと叩き戻されたことに抗おうとして、妄想を幻想のままにしておきたくて。
彼の行動もまた愛であるはずなんだ。だが、それは彩音以外を殺害した事にのみ通じる話。彩音まで殺害すれば、いよいよ快楽殺人鬼だ。
実際に、週刊誌なんかでは大々的に報道される中で彩音との話は弁護士と相談して情状酌量で死刑を免れるために創作した、でっちあげだという記事も出ていた。
それなら、もっとうまい理由があるだろう。彩音を殺害したと疑われてるのに。
「この翼が残した日記帳も、翼がくれたプレゼントも、思い出も愛があったんだ。そのことだけはわかるんだ。そして、それは俺の中にもあったんだ。それを証明したい。それだけなんだ。俺は間違いなく彩音を愛していたんだ」
この愛の言葉は、天国に届くだろうか。いつか、誰かが届けてくれるだろうか。
「なら、翼さんを殺害したのは、どうしてだ」
「俺は、翼を愛そうとした。四人目を殺害した時点で、俺は絶望していたんだ。もう、彩音は俺の前に現れてくれることは無いんだって。そうわかっていたはずなんだけれども、翼が、俺が四人を殺害した事も受け入れてくれたんだ」
それはきっと、翼さんが愛を持っていつも良太のことを見ていたからだろう。
「そのときに感じたんだ。大事なのは、見た目じゃない。俺が愛したのは、彩音の見た目なんかじゃない。もちろん、あの薄い色の髪、綺麗ないろをした目、高く美しい鼻、小さいけれども色気のある唇、笑うと見える小さなえくぼ」
……
「俺はそれよりも、彩音の温かさを愛していたんだ。彼女の放つ温かさを、まるで毛布の様に求めていたんだ。彼女がいないと、寒くて寒くてたまらないんだ。凍えてしまいそうで、辛いんだ。その温かさを、翼が俺の罪を認めて、与えてくれた」
……
「だけど、俺は最後まで翼を愛してやることはできなかったんだ。結局、俺は最後の最後。愛を結ぶために、翼と本当のハグをして、キスをした。だけれども、その瞬間に俺の中に口から広がるような寒気がした。このままだと凍り付いてしまう。体の内側から、俺は死んでしまうと思った。次の瞬間には、翼の首に手をかけていた」
……
「その時の翼が、苦しいはずなのに。一瞬だけ笑ったんだよ。思えば、それまでの間に翼は出来る限り彩音に近づこうとして話し方とか、雰囲気とか、化粧とかそういう部分を変えていたんだ。その顔が彩音に重なって、次の瞬間には冷たくなった」
……
「あとのことは覚えていない。気が付いたら、ホテルの従業員が部屋に飛び込んできた。後は、パトカーのサイレンがうるさくなっていて、気が付いたらここにいた。弁護士と名乗る奴が何か言っていたけれど、わからなかった。警察には、聞かれたことに対して何も考えずに、知っていることだけを伝えた」
「そうか。だから、こんなにもスムーズに警察が動いたんだな」
良太が現行犯で逮捕されてからの警察は、動きが早かった。それまでの事件、その恐怖が夢であったかのように、真実が各報道機関によって連日のように報道されて、梶原良太の名前は全国に知られることになった。
「外の事はよく知らないんだ。弁護士も、気にしない方がいいっていうんだけど、そこまでひどいのか? やったことの重さは理解しているから、バッシングを受けるのは想像していたけれども、俺はいいけれども親が心配だ」
「ああ、ひどいよ。冗談にすらできない」
あの裁判以来、報道各所はやはり良太の犯行動機について詳しい記事を上げた。そのなかに、良太に対して好意的な意見を寄せるものはやはりいなかった。愛とか恋とかを歌っている音楽家、描いている芸術家、書いている小説家すらも良太の考えには賛同できないと一般人と同じ場所から批判していた。
事実として良太を弁護する弁護士の所属する事務所の入り口付近では、『快楽殺人鬼に死刑を』『変態は全員、殺すべき』『全国の女子高生に恐怖を植え付けた罪は重い』『死刑を』『絞首台へ』そんな言葉が書かれたプラカードと、どこから拾ったのかわからないような良太の顔写真の上に、赤いバツ印が濃く描かれたプラカードもあった。意味なんて想像したくもないけど、色というものはそれだけで意味を持つ。
「そうか……やっぱり、両親に迷惑をかけるのは申し訳ないな」
良太の父親は会社を辞めさせられて、母親も解雇はなかったけれども居づらくて自主的にやめたらしい。ここから、被害者遺族が賠償を求めれば良太の両親は間違いなくそれを払う能力は無い。そういう意味もあって、良太は刑事罰を望んでいる。
そこまでになることは、良太も理解していたはずなんだ。
なのに、どうしてもそれをやめることができなかった。何よりも彩音を大切に思っていたから。彩音を世界で一番、欲していたから。欲望に飲まれたんだ。
手に入るはずの位置にありながら、彼はそれをついには手にすることなく彩音は去ってしまった。もう、二度と手に入らないことをわかってしまった。
それを確信させたのが、四人の少女と翼さんだったというだけだ。
「なあ、最後にこれだけは親に伝えて、それとお前の心に刻んでくれ」
「なんだ」
「俺は、彩音を殺していない。それだけだ」
「ああ、わかっている。天国にいる彩音もそれは知っている」
僕がそう言うと、良太の顔からは憑き物が落ちたようにさっぱりとした。
死してなお、彩音の事を思い続けて、代用品だとしても求め続ける。
それが、梶原良太の愛だった。
