【過去】
僕は久しぶりに翼さんたちの住む県へと遊びに行くことを告げると、翼さんに一人で会いたいと四人でよく遊んだ公園に呼び出された。綺麗な赤いペンキで塗られていたブランコの柱も、はがれて赤茶色の部分が露になっている。
「あの、ごめんね。良太が」
僕はそれを誰にも話していなかったし、良太が話すとは思えなかった。もちろんだが彩音は気が付いていないし、彼女はあまりにも善性が強すぎるせいで基本的に何かが起こっても人を疑うことをしない。なのに、翼さんは頭を下げている。
「どういうこと?」
僕はそれをわからないというように言ったが、どうやらそれは通用しないらしかった。翼さんの目は鋭く僕を見つめている。それには、力がなかった。
「ううん、わかってるの。良太に聞いたら素直に教えてくれた」
その表情を見た時点で、僕はさすがに翼さんがすべてを理解していることはわかった。だが、それを翼さんが謝る理由はない。それに、別に僕は怒っていない。
「そうならいいんだ。だけど、別に僕も気にしていないし、彩音も気づいていない」
「そ、そっか。ならよかった」
本来なら、許されて喜ぶべきなのに翼さんは明らかに顔を暗くしていた。よく見れば、いつもはハリのある綺麗な肌もかなりやつれている。もともと、かなり痩せているほうだが、少し頬が浮き上がっているように見えた。明らかに疲れている。
「大丈夫か、かなりやつれているように見えるけど」
「ううん、ごめんね。良太も私も二人に迷惑をかけて」
「いや、いいんだけど。ゆっくり休んで」
体を気遣うように言おうとした時だった。翼さんの体がふわっと体が浮いたかと思うと、すぐに崩れた。慌てて、俺は抱きかかえる。その体はあまりにも軽かった。彩音とハグした時のような温かみも、千草を抱いた時の生命力も感じなかった。
「翼さん!」
手をおでこに添えると、ものすごい熱が出ていた。まるでこのまま翼さんが雪のように溶けてなくなってしまいそうなほどの高熱に、僕は思わず手を引く。しかし、彼女は平静を装っている。だが、その姿がなんとも寂しかった。
僕の細い腕の上で小さく震えながら顔を白くさせている翼さん。僕はとにかく冷静に、左手で体ごと翼さんをなんとか支えながら、右手で電話を取り出す。
「いい、救急車を呼ぶほどじゃない」
翼さんが、かろうじて出せる声で僕のことを押しとどめた。確かに、そのとおりだったけれどもならば誰を呼ぶべきか。僕は迷うことなく一人を選んだ。
「おい、大丈夫か?」
僕の電話を受けて、慌てて駆けつけた良太は珍しく息を切らしていた。普段はサッカーで鍛えていることもあって、四人ででかけても疲れひとつ見せずに僕らを牽引する良太がだ。それだけ、翼さんに対して強い感情を持っている証明だった。
東屋で翼さんを休ませ、良太が来たら二人で力を合わせてとりあえず近くにある良太の家に運ぶつもりだった。しかし、そんなことは必要ない。良太はすぐさま翼さんの足と背中に手を回すと抱きかかえた。そのまま、公園の外へ向かって歩き出していく。その顔は必死だった、まさかそこまで心配するとは。
翼さんからすれば幸せな時間だっただろう。
でも、僕はなぜかその光景を見ていて胸の奥底に鈍い痛みを感じたような気がした。きっと、僕でも気が付いたくらいなのだから翼さんもわかっているはずだ。良太の気持ちが自身に向いていないということくらいは。
そういう時は、突き放されたほうがいいのか、それとも甘やかして夢を見させてやったほうがいいのか。翼さんと千草はよく似ている。だから、僕にはわからない。
それでも、一つだけ言えることがあるとすれば、それは良太にこの翼さんの思いが届くことはないということだ。良太は、もう二度と翼さんのことを恋愛対象として見ることもなければ、おそらくこれから先ずっとその思いが叶うことはないだろう。
なんとか良太のベッドに寝かせてとりあえず看病する。良太はすぐに薬などを買いに外へ出かけた。僕は特に何もできることはない。彩音にも連絡はいれたけれども、遠くにいるせいでどれだけ急いでも三十分はかかるらしい。
「あ、あのね」
ベッドの隣に座っていると、翼さんが苦しそうに口を開いた。僕は慌てて、近くに水の入ったペットボトルを差し出す。それを飲んで、また咳き込む翼さん。こんな時にまで、無理をして喋らないでほしいと思った。
「携帯を貸してほしい。彩音に連絡がしたい」
僕はそれを不思議に思ったけれども、素直に従うことにした。翼さんはブルーライトに目をしかめながらもなんとか文字を打つ。
「できれば、彩音が来るまで中は見ないで置いて。そして、彩音が来たらすぐに貸してあげて。たぶん、何も言わなくてもわかってくれると思う」
「わかった」
それだけ言い残して、翼さんはまるで気絶するように眠り込んだ。
そのあと、良太の家にやってきた彩音はすぐさま僕の携帯を回収して、会話内容を見ていないかを念入りに確認してきた。もちろん、別に翼さんと彩音からの信頼を失ってまで見たい情報なんてないので、素直に見ていない。
だから、この時の翼さんに何が起こっていたのかを知るのはずいぶん、後だ。
【現実】
「お悔やみ申し上げます」
僕が頭を下げると、それに応じて向かいにいる二人も頭を下げた。
いやなことに、慣れてしまったものだ。
僕は久しぶりに翼さんたちの住む県へと遊びに行くことを告げると、翼さんに一人で会いたいと四人でよく遊んだ公園に呼び出された。綺麗な赤いペンキで塗られていたブランコの柱も、はがれて赤茶色の部分が露になっている。
「あの、ごめんね。良太が」
僕はそれを誰にも話していなかったし、良太が話すとは思えなかった。もちろんだが彩音は気が付いていないし、彼女はあまりにも善性が強すぎるせいで基本的に何かが起こっても人を疑うことをしない。なのに、翼さんは頭を下げている。
「どういうこと?」
僕はそれをわからないというように言ったが、どうやらそれは通用しないらしかった。翼さんの目は鋭く僕を見つめている。それには、力がなかった。
「ううん、わかってるの。良太に聞いたら素直に教えてくれた」
その表情を見た時点で、僕はさすがに翼さんがすべてを理解していることはわかった。だが、それを翼さんが謝る理由はない。それに、別に僕は怒っていない。
「そうならいいんだ。だけど、別に僕も気にしていないし、彩音も気づいていない」
「そ、そっか。ならよかった」
本来なら、許されて喜ぶべきなのに翼さんは明らかに顔を暗くしていた。よく見れば、いつもはハリのある綺麗な肌もかなりやつれている。もともと、かなり痩せているほうだが、少し頬が浮き上がっているように見えた。明らかに疲れている。
「大丈夫か、かなりやつれているように見えるけど」
「ううん、ごめんね。良太も私も二人に迷惑をかけて」
「いや、いいんだけど。ゆっくり休んで」
体を気遣うように言おうとした時だった。翼さんの体がふわっと体が浮いたかと思うと、すぐに崩れた。慌てて、俺は抱きかかえる。その体はあまりにも軽かった。彩音とハグした時のような温かみも、千草を抱いた時の生命力も感じなかった。
「翼さん!」
手をおでこに添えると、ものすごい熱が出ていた。まるでこのまま翼さんが雪のように溶けてなくなってしまいそうなほどの高熱に、僕は思わず手を引く。しかし、彼女は平静を装っている。だが、その姿がなんとも寂しかった。
僕の細い腕の上で小さく震えながら顔を白くさせている翼さん。僕はとにかく冷静に、左手で体ごと翼さんをなんとか支えながら、右手で電話を取り出す。
「いい、救急車を呼ぶほどじゃない」
翼さんが、かろうじて出せる声で僕のことを押しとどめた。確かに、そのとおりだったけれどもならば誰を呼ぶべきか。僕は迷うことなく一人を選んだ。
「おい、大丈夫か?」
僕の電話を受けて、慌てて駆けつけた良太は珍しく息を切らしていた。普段はサッカーで鍛えていることもあって、四人ででかけても疲れひとつ見せずに僕らを牽引する良太がだ。それだけ、翼さんに対して強い感情を持っている証明だった。
東屋で翼さんを休ませ、良太が来たら二人で力を合わせてとりあえず近くにある良太の家に運ぶつもりだった。しかし、そんなことは必要ない。良太はすぐさま翼さんの足と背中に手を回すと抱きかかえた。そのまま、公園の外へ向かって歩き出していく。その顔は必死だった、まさかそこまで心配するとは。
翼さんからすれば幸せな時間だっただろう。
でも、僕はなぜかその光景を見ていて胸の奥底に鈍い痛みを感じたような気がした。きっと、僕でも気が付いたくらいなのだから翼さんもわかっているはずだ。良太の気持ちが自身に向いていないということくらいは。
そういう時は、突き放されたほうがいいのか、それとも甘やかして夢を見させてやったほうがいいのか。翼さんと千草はよく似ている。だから、僕にはわからない。
それでも、一つだけ言えることがあるとすれば、それは良太にこの翼さんの思いが届くことはないということだ。良太は、もう二度と翼さんのことを恋愛対象として見ることもなければ、おそらくこれから先ずっとその思いが叶うことはないだろう。
なんとか良太のベッドに寝かせてとりあえず看病する。良太はすぐに薬などを買いに外へ出かけた。僕は特に何もできることはない。彩音にも連絡はいれたけれども、遠くにいるせいでどれだけ急いでも三十分はかかるらしい。
「あ、あのね」
ベッドの隣に座っていると、翼さんが苦しそうに口を開いた。僕は慌てて、近くに水の入ったペットボトルを差し出す。それを飲んで、また咳き込む翼さん。こんな時にまで、無理をして喋らないでほしいと思った。
「携帯を貸してほしい。彩音に連絡がしたい」
僕はそれを不思議に思ったけれども、素直に従うことにした。翼さんはブルーライトに目をしかめながらもなんとか文字を打つ。
「できれば、彩音が来るまで中は見ないで置いて。そして、彩音が来たらすぐに貸してあげて。たぶん、何も言わなくてもわかってくれると思う」
「わかった」
それだけ言い残して、翼さんはまるで気絶するように眠り込んだ。
そのあと、良太の家にやってきた彩音はすぐさま僕の携帯を回収して、会話内容を見ていないかを念入りに確認してきた。もちろん、別に翼さんと彩音からの信頼を失ってまで見たい情報なんてないので、素直に見ていない。
だから、この時の翼さんに何が起こっていたのかを知るのはずいぶん、後だ。
【現実】
「お悔やみ申し上げます」
僕が頭を下げると、それに応じて向かいにいる二人も頭を下げた。
いやなことに、慣れてしまったものだ。
