【過去】
良太の件を、僕は約束通りに無かったことにした。消しゴムに関しては僕が彩音のカバンに混入させておいたおかげでばれなかったし、それを指摘すると彩音も照れくさそうに笑っていた。その笑顔もよく覚えている。
きっと、あの初めて出会ったときの四人がパズルなのだとすれば、最初は綺麗なピースでお互いをかっちりとはめあったのだろうけれども、変化するにつれて僕らはどんどんと歪になる。それに合わせて、僕も彩音も良太も翼さんも形を変えてより一層、他を求められなくなっていた。四人でいたからこそ成立した関係だった。
お互いがお互い以外を受け付けないという関係が出来上がってしまった。
『いつまでも、仲良しでいられますように』
そんな彼女の願いは、そうなることが必然であるように僕たちをきつく結びつけて離さない。最初は赤黒い糸で小指を結ばれただけの僕と彩音も、ぐるぐると巻かれたその糸で体が動かないほどがんじがらめにされていた。
「ねえ、この消しゴムを覚えてる?」
僕が彩音にカバンの中に消しゴムがあることを教えたとき、彼女はそれを取り出して笑った後にこういった。もちろん、僕は覚えている。
「僕がプレゼントしたものだろ?」
受験勉強を頑張るためにと、お互いに筆記用具を送りあったのだ。別に高いものではないし、クラスにも同じブランドの消しゴムを使っている人なんて片手で数えきれないほどにいるポピュラーなブランドのもの。だけど確かに意味があった。
「うん、そうなんだけどね。私には、もう一つ意味があるの」
「もう一つの意味?」
「そう、私と光誠君が初めて話した時のこと。覚えてるかな、良太の蹴ったボールが顔に当たって鼻血を出していた時のこと。すっごく緊張してたの」
「緊張してた?」
それは意外な言葉だった。彩音といるときは、それが初めて会った時から僕ばかりが緊張してうまく話せなかった。今では慣れたもので、ほとんど無意識に会話が成立するほどだけれども、当時の僕には彩音のことを考えているはずなのに、思いやっているはずなのに、結局は自分のことしか考えていられなかった。
しかし、僕がなかなか返事をしないと彩音は笑い出した。
「当たり前だよ。話すの初めてだし、光誠君はなんだかかっこいいなって思ってたもん。だから、鼻血を流しているときに呼ばれたの、少しだけはしゃいじゃった」
「そ、そっか」
彩音の良さは人のことを素直に褒められるところ。だから、常にデートで何かいいことがあると。例えば、僕が車道側を歩いたり、気を使って代わりにドアを開けるみたいなちょっとしたことにも気がついて、喜んだり褒めたりしてくれる。
ただ、外見をこんなに素直に褒められるのはなかなか珍しいので照れてしまう。
「そんな光誠くんと初めて話して、その次の日にはわざわざ謝ってくれて。名前の通り、すごく誠実な人なんだなって思った。そこから、だんだん気になってきた」
僕は、それを黙って聞いていた。
「その時、ふと思い出したのがあのおまじない。消しゴムカバーの見えないところに相手の名前を書くと仲良くなれるっていうの、小学生の時に流行ったじゃない」
そんなもの、あった気がする。僕はそれをしたことはない。
「その時、私が書いた名前が光誠君で、書いた消しゴムがこのブランド。だから、すごく記憶に残ってるんだ。ずっと、このブランドを使っているのもそのせい」
彩音は、女子がよく使うキャラクターのカバーがついたブランドや、匂いのついた消しゴムを使うことは確かになかった。それは、こだわりだったのか。
「えへへ、それで恥ずかしいんだけど、付き合ってからもずっと光誠君の名前を書いてるんだ。もっと、好きになってもらえますように……」
そういいながらカバーを外すと、その内側には確かに僕の名前が書かれている。もちろんうれしかったけれども、同時に良太がそれを見なくてよかったと思った。
あまりにも残酷すぎる話だ。彼ももちろん、おまじないを知っている。
「もっと、仲良くなれるようにって思って」
「そうだな。僕も彩音ともっと仲良くなりたい」
小学校の頃から、中学、高校も仲の良い人物だった人たちを失ってしまえば、きっと僕らはどうにもできずに一人で生きていくことしかできない。もう、ひどくどろどろにくずれた形では、他の人には合わないのだ。
僕は彩音と生きるしか選択肢がなかった。
それからも僕らは、秋を、そして冬を共に過ごすはずだった。高校生になったから、どこか冬休みには遠くに出かけようなんて約束をしていたはずだった。なのに、それは彩音の死によって実現することはなかった。
僕と良太と翼さんを繋ぎ止めていたのは、彩音だったのだ。僕は彩音が好きで、良太も彩音が好きで、翼さんも彩音を別の形ではあるけれども好きだったのだ。
冬の寒さが、だんだんときつくなる。
どうして、彩音が亡くなるとわかっていれば、もっと一緒にいなかったんだろう。
あの時の行動が間違っていたとは思わない。きっとそれは、僕と彩音にとっての最後になすべきことだったから。ただ、もう少し彼女と一緒にいたかった。
良太の件を、僕は約束通りに無かったことにした。消しゴムに関しては僕が彩音のカバンに混入させておいたおかげでばれなかったし、それを指摘すると彩音も照れくさそうに笑っていた。その笑顔もよく覚えている。
きっと、あの初めて出会ったときの四人がパズルなのだとすれば、最初は綺麗なピースでお互いをかっちりとはめあったのだろうけれども、変化するにつれて僕らはどんどんと歪になる。それに合わせて、僕も彩音も良太も翼さんも形を変えてより一層、他を求められなくなっていた。四人でいたからこそ成立した関係だった。
お互いがお互い以外を受け付けないという関係が出来上がってしまった。
『いつまでも、仲良しでいられますように』
そんな彼女の願いは、そうなることが必然であるように僕たちをきつく結びつけて離さない。最初は赤黒い糸で小指を結ばれただけの僕と彩音も、ぐるぐると巻かれたその糸で体が動かないほどがんじがらめにされていた。
「ねえ、この消しゴムを覚えてる?」
僕が彩音にカバンの中に消しゴムがあることを教えたとき、彼女はそれを取り出して笑った後にこういった。もちろん、僕は覚えている。
「僕がプレゼントしたものだろ?」
受験勉強を頑張るためにと、お互いに筆記用具を送りあったのだ。別に高いものではないし、クラスにも同じブランドの消しゴムを使っている人なんて片手で数えきれないほどにいるポピュラーなブランドのもの。だけど確かに意味があった。
「うん、そうなんだけどね。私には、もう一つ意味があるの」
「もう一つの意味?」
「そう、私と光誠君が初めて話した時のこと。覚えてるかな、良太の蹴ったボールが顔に当たって鼻血を出していた時のこと。すっごく緊張してたの」
「緊張してた?」
それは意外な言葉だった。彩音といるときは、それが初めて会った時から僕ばかりが緊張してうまく話せなかった。今では慣れたもので、ほとんど無意識に会話が成立するほどだけれども、当時の僕には彩音のことを考えているはずなのに、思いやっているはずなのに、結局は自分のことしか考えていられなかった。
しかし、僕がなかなか返事をしないと彩音は笑い出した。
「当たり前だよ。話すの初めてだし、光誠君はなんだかかっこいいなって思ってたもん。だから、鼻血を流しているときに呼ばれたの、少しだけはしゃいじゃった」
「そ、そっか」
彩音の良さは人のことを素直に褒められるところ。だから、常にデートで何かいいことがあると。例えば、僕が車道側を歩いたり、気を使って代わりにドアを開けるみたいなちょっとしたことにも気がついて、喜んだり褒めたりしてくれる。
ただ、外見をこんなに素直に褒められるのはなかなか珍しいので照れてしまう。
「そんな光誠くんと初めて話して、その次の日にはわざわざ謝ってくれて。名前の通り、すごく誠実な人なんだなって思った。そこから、だんだん気になってきた」
僕は、それを黙って聞いていた。
「その時、ふと思い出したのがあのおまじない。消しゴムカバーの見えないところに相手の名前を書くと仲良くなれるっていうの、小学生の時に流行ったじゃない」
そんなもの、あった気がする。僕はそれをしたことはない。
「その時、私が書いた名前が光誠君で、書いた消しゴムがこのブランド。だから、すごく記憶に残ってるんだ。ずっと、このブランドを使っているのもそのせい」
彩音は、女子がよく使うキャラクターのカバーがついたブランドや、匂いのついた消しゴムを使うことは確かになかった。それは、こだわりだったのか。
「えへへ、それで恥ずかしいんだけど、付き合ってからもずっと光誠君の名前を書いてるんだ。もっと、好きになってもらえますように……」
そういいながらカバーを外すと、その内側には確かに僕の名前が書かれている。もちろんうれしかったけれども、同時に良太がそれを見なくてよかったと思った。
あまりにも残酷すぎる話だ。彼ももちろん、おまじないを知っている。
「もっと、仲良くなれるようにって思って」
「そうだな。僕も彩音ともっと仲良くなりたい」
小学校の頃から、中学、高校も仲の良い人物だった人たちを失ってしまえば、きっと僕らはどうにもできずに一人で生きていくことしかできない。もう、ひどくどろどろにくずれた形では、他の人には合わないのだ。
僕は彩音と生きるしか選択肢がなかった。
それからも僕らは、秋を、そして冬を共に過ごすはずだった。高校生になったから、どこか冬休みには遠くに出かけようなんて約束をしていたはずだった。なのに、それは彩音の死によって実現することはなかった。
僕と良太と翼さんを繋ぎ止めていたのは、彩音だったのだ。僕は彩音が好きで、良太も彩音が好きで、翼さんも彩音を別の形ではあるけれども好きだったのだ。
冬の寒さが、だんだんときつくなる。
どうして、彩音が亡くなるとわかっていれば、もっと一緒にいなかったんだろう。
あの時の行動が間違っていたとは思わない。きっとそれは、僕と彩音にとっての最後になすべきことだったから。ただ、もう少し彼女と一緒にいたかった。
