【現実】
S殺しから数週間が経った。その間も、僕は良太と翼さんの事を心配して連絡を取っていたけれども、二人ともニュースや新聞で情報を集めるのみに終始しているらしく、無事だったようで何よりだった。彩音も天国で喜んでいたはずだ。
だが、犯人は止まらなかった。続いて、Rという少女が殺害された。
Rは、彩音やSとは違う高校に通っていた。それも、そこそこ遠くの位置にある高校だった。だが、共通点として見た目はかなり似通っていた。Sと彩音に比べれば似ていないと言えるかもしれないが、ニュースを見た人の中には画像の使いまわしではないかと疑って、テレビ局に問い合わせを送る人がいるほどには似ていた。
そのことからわかるのは、犯人にとって重要なのは容姿が似通った少女であるという事だ。すべての犯行において殺害されたのは薄い色をした髪の少女で、みなスタイルが良くて背も女子にしては高い。彩音の贋作と言ってもいいだろう。
警察もいよいよ沽券に関わるという事で捜査の手は僕にまで及んだ。その日は、家ですることもなくだらだらと時間を殺していた時だった。
「すみません。警察です。後藤光誠君はいらっしゃいますか?」
訪ねてきたのは、こわもての刑事と若い女性刑事の二人だった。僕はとりあえず母に呼ばれて玄関へと行き、二人をリビングに通した。彼らは出されたお茶に手を付けるよりも先に、手帳を開いて僕に質問を開始した。かなり焦りが見える。
「まず、事件当日の行動を教えていただきたい」
R殺しの当日。彼女が亡くなったのも夜だったから、僕はそれでいいだろうと思って学校が終わってからの事を話した。一応、日記は日頃からつけるような習慣があるので、記憶をたどることはそこまで難しいことでもない。
「学校が終わって、僕は友人の太田君、長峰さん、吉野さんと一緒にショッピングモールへと行きました。その時のレシートはありませんけど、防犯カメラが至るところに設置されていたので、僕の姿は映っていると思います」
別に犯人でもない限り、防犯カメラの視覚に入って移動するようなことはしないだろう。後で警察が確認したところ、確かに僕の姿は何度も防犯カメラの映像で目撃された。少なくとも、僕にはかっこたるアリバイがあるわけだ。
「ちなみに、どうしてショッピングモールに行ったんですか?」
若い女性の刑事が聞いてきた。僕は意外な質問に少し驚いたけれども、よどみなく答えることを心掛ける。まさか、防犯カメラで十分だと思っていたからだ。
「友達の太田君から、新しいゲームの発売日だから買い物に付き合ってくれと頼まれました。僕も、ちょうどシャープペンシルの芯を切らしていたので、ついでだと思って了承しました。長峰さんと、吉野さんも誘うとついてきてくれただけです」
僕がそこまで答えると、こわもての刑事が何も言わずに手帳へと書きこんでいたけれども、女性の方は納得がいっていないようだった。何か、不備があっただろうか。
「もしかして、準備してました?」
「おい、やめろ」
若い女性刑事の言葉を、こわもての刑事が遮る。どうやら、僕に対して都合の悪いことか、それとも失礼に当たることかもしれない。だが、僕だって事件発生から多少は気を病んでいるのだ。同年代の何も罪がない少女がどんどん殺害されている。
できるだけはやく警察には事件を解決してほしいと思っている。
「別に構いませんよ。続けてもらって。それが事件解決のためになるのなら」
僕がそう言いながら手で話を促すと、こわもての方が首だけをすっと動かして女性刑事に話すように促した。それを確認したところで、女性刑事は僕の目をしっかりと見つめて、まるでお前が犯人だとでも言わんばかりに告げた。
「普通は、思い出すのに時間がかかったり、細かいところはわからないというはずなんですけれども、光誠君の証言にはそれが無かったので。少し不思議に思っただけです。故意ではないとはいえ、不快な思いをさせて申し訳ありません」
彼女の謝罪が、心のこもっていないことだけは分かった。だけど、僕よりも隣で聞いていた母の方が怒っていた。別に僕としては疑われていることなど百も承知だ。
彩音が亡くなった時の恋人であり、更には彩音に見た目の似た少女が続けて二人も殺害されている。筋書きとしては、彩音と何かしらのトラブルがあって殺害。そして、彼女と同じ見た目をした二人にもなんらかの黒い感情を抱いた。
そして凶行に走ったというのなら、まあ納得はしないけど理解はできる。
低俗なサスペンスにありそうな話だ。
「うちの子が殺人鬼だとでもいうんですか!」
「いえいえ、お母さん。そういうわけではなくてですね」
こわもてが顔を緩めて、なんとか母をなだめている。僕も大丈夫だと伝えて座らせると、なんとか母は落ち着いてくれた。自分の子が殺人鬼だと言われるのはどんな気持ちだろうか。とりあえず、落ち着いてくれたようで良かった。
それから、三十分ほどひたすらこわもてに質問されたけれども、どうやらおかしな部分は無かったらしい。まあ、犯人ではないし、このインターネットが発展した現代なのだから、なにかしらの行動は高確率でその形跡が残る。
「では、失礼しました」
最後までこわもての方は平身低頭で頭を下げながら帰っていった。母はまだ怒っていたけれども、僕はどうなのだろう。もしかすると心の中ではどこか怒りのようなものがあったのかもしれない。僕が彩音を故意に殺害するなんてあり得ないのだから。
僕はそんな二人の背中に一言、声をかけた。
「気を付けてください。女性の刑事さんは、犯人の殺害対象ですから」
その女性刑事はスタイルもよく、また髪の毛の色素も薄かった。
これくらいの嫌がらせは別にいいだろう。
世間の注目というのは、かなり女子高生連続殺人事件の犯人に向いていた。常にネットニュースのトピック欄には女子高生連続殺人に関する嘘か本当かもわからないような情報が錯綜し、コメンテーターがあることないことを得意げな顔で語っている。
「物騒だね。あんたの周りにいる女の子は大丈夫なの?」
ここのあたりまでくれば、かなり犯人の人物像についてどこの局でもかなり統一されてきたおかげで、マスメディアの作り上げた犯人像が固定されてきた。
それによると、犯人は二十代から五十代の男性。
まあ、これに関しては一切の手掛かりがないけれども、一般的に人を殺害するのに十分な体力を有しており、また女子高生を殺害する動機の有力である性欲が旺盛であるということから推測された。警察はやはり、情欲の歪みと捉えているらしい。
同年代の男子、いわゆる高校生に関しては可能性がゼロではないにしても、特に移動や自由な時間に関してかなりの制限がかかってしまうため可能性は低いだろうと報道されているけれども、その割に僕や良太に対しての調査が厳しいのは、警察の報道管制が上手く効いているという事だろう。なかなか自由には行動できない。
「大丈夫じゃないかな。僕の周りに金髪の女の子はいないし」
そして、被害者女性の特徴から犯人は金髪や茶髪などの女子高生に対して何かの悪感情があることはあきらかだった。それが、例えば茶髪の女子高生に対して特に性欲をそそられるという場合と、茶髪の女子高生に対してトラウマなどがあってそれを殺害して回っているのか。ニュースはやはり当事者にくらべるとかなり遅れている。
「そう、でも気を付けてね」
もしも、僕が茶髪の女子だったら母はどれほどまでに気を病んで、発狂したのだろうか。きっと、僕も子供がそんな危険にさらされるようならば心配で家のなかに居させてもおかしくはない。事実、良太の高校でも欠席が相次いでいるそうだ。
だけど、そのために青春を犠牲にするのは正しいのだろうか。
人は、何かを成すためならば死をかけてもいいんではないのだろうか。
ある人は、財を成して豊かな生活をするために命をかける。
ある人は、後世に名を残すために命をかける。
ある人は、永遠の愛をこの世に証明するため、そのために命をかける。
そんな人生のほうが、幸せじゃないか?
「聞いてるの、光誠」
「ああ、ごめん。ぼうっとしてた」
「しっかり、帰り道には気を付けてね」
「わかってるよ」
僕はそれだけ返事をして、二階にある自室へと向かった。
S殺しから数週間が経った。その間も、僕は良太と翼さんの事を心配して連絡を取っていたけれども、二人ともニュースや新聞で情報を集めるのみに終始しているらしく、無事だったようで何よりだった。彩音も天国で喜んでいたはずだ。
だが、犯人は止まらなかった。続いて、Rという少女が殺害された。
Rは、彩音やSとは違う高校に通っていた。それも、そこそこ遠くの位置にある高校だった。だが、共通点として見た目はかなり似通っていた。Sと彩音に比べれば似ていないと言えるかもしれないが、ニュースを見た人の中には画像の使いまわしではないかと疑って、テレビ局に問い合わせを送る人がいるほどには似ていた。
そのことからわかるのは、犯人にとって重要なのは容姿が似通った少女であるという事だ。すべての犯行において殺害されたのは薄い色をした髪の少女で、みなスタイルが良くて背も女子にしては高い。彩音の贋作と言ってもいいだろう。
警察もいよいよ沽券に関わるという事で捜査の手は僕にまで及んだ。その日は、家ですることもなくだらだらと時間を殺していた時だった。
「すみません。警察です。後藤光誠君はいらっしゃいますか?」
訪ねてきたのは、こわもての刑事と若い女性刑事の二人だった。僕はとりあえず母に呼ばれて玄関へと行き、二人をリビングに通した。彼らは出されたお茶に手を付けるよりも先に、手帳を開いて僕に質問を開始した。かなり焦りが見える。
「まず、事件当日の行動を教えていただきたい」
R殺しの当日。彼女が亡くなったのも夜だったから、僕はそれでいいだろうと思って学校が終わってからの事を話した。一応、日記は日頃からつけるような習慣があるので、記憶をたどることはそこまで難しいことでもない。
「学校が終わって、僕は友人の太田君、長峰さん、吉野さんと一緒にショッピングモールへと行きました。その時のレシートはありませんけど、防犯カメラが至るところに設置されていたので、僕の姿は映っていると思います」
別に犯人でもない限り、防犯カメラの視覚に入って移動するようなことはしないだろう。後で警察が確認したところ、確かに僕の姿は何度も防犯カメラの映像で目撃された。少なくとも、僕にはかっこたるアリバイがあるわけだ。
「ちなみに、どうしてショッピングモールに行ったんですか?」
若い女性の刑事が聞いてきた。僕は意外な質問に少し驚いたけれども、よどみなく答えることを心掛ける。まさか、防犯カメラで十分だと思っていたからだ。
「友達の太田君から、新しいゲームの発売日だから買い物に付き合ってくれと頼まれました。僕も、ちょうどシャープペンシルの芯を切らしていたので、ついでだと思って了承しました。長峰さんと、吉野さんも誘うとついてきてくれただけです」
僕がそこまで答えると、こわもての刑事が何も言わずに手帳へと書きこんでいたけれども、女性の方は納得がいっていないようだった。何か、不備があっただろうか。
「もしかして、準備してました?」
「おい、やめろ」
若い女性刑事の言葉を、こわもての刑事が遮る。どうやら、僕に対して都合の悪いことか、それとも失礼に当たることかもしれない。だが、僕だって事件発生から多少は気を病んでいるのだ。同年代の何も罪がない少女がどんどん殺害されている。
できるだけはやく警察には事件を解決してほしいと思っている。
「別に構いませんよ。続けてもらって。それが事件解決のためになるのなら」
僕がそう言いながら手で話を促すと、こわもての方が首だけをすっと動かして女性刑事に話すように促した。それを確認したところで、女性刑事は僕の目をしっかりと見つめて、まるでお前が犯人だとでも言わんばかりに告げた。
「普通は、思い出すのに時間がかかったり、細かいところはわからないというはずなんですけれども、光誠君の証言にはそれが無かったので。少し不思議に思っただけです。故意ではないとはいえ、不快な思いをさせて申し訳ありません」
彼女の謝罪が、心のこもっていないことだけは分かった。だけど、僕よりも隣で聞いていた母の方が怒っていた。別に僕としては疑われていることなど百も承知だ。
彩音が亡くなった時の恋人であり、更には彩音に見た目の似た少女が続けて二人も殺害されている。筋書きとしては、彩音と何かしらのトラブルがあって殺害。そして、彼女と同じ見た目をした二人にもなんらかの黒い感情を抱いた。
そして凶行に走ったというのなら、まあ納得はしないけど理解はできる。
低俗なサスペンスにありそうな話だ。
「うちの子が殺人鬼だとでもいうんですか!」
「いえいえ、お母さん。そういうわけではなくてですね」
こわもてが顔を緩めて、なんとか母をなだめている。僕も大丈夫だと伝えて座らせると、なんとか母は落ち着いてくれた。自分の子が殺人鬼だと言われるのはどんな気持ちだろうか。とりあえず、落ち着いてくれたようで良かった。
それから、三十分ほどひたすらこわもてに質問されたけれども、どうやらおかしな部分は無かったらしい。まあ、犯人ではないし、このインターネットが発展した現代なのだから、なにかしらの行動は高確率でその形跡が残る。
「では、失礼しました」
最後までこわもての方は平身低頭で頭を下げながら帰っていった。母はまだ怒っていたけれども、僕はどうなのだろう。もしかすると心の中ではどこか怒りのようなものがあったのかもしれない。僕が彩音を故意に殺害するなんてあり得ないのだから。
僕はそんな二人の背中に一言、声をかけた。
「気を付けてください。女性の刑事さんは、犯人の殺害対象ですから」
その女性刑事はスタイルもよく、また髪の毛の色素も薄かった。
これくらいの嫌がらせは別にいいだろう。
世間の注目というのは、かなり女子高生連続殺人事件の犯人に向いていた。常にネットニュースのトピック欄には女子高生連続殺人に関する嘘か本当かもわからないような情報が錯綜し、コメンテーターがあることないことを得意げな顔で語っている。
「物騒だね。あんたの周りにいる女の子は大丈夫なの?」
ここのあたりまでくれば、かなり犯人の人物像についてどこの局でもかなり統一されてきたおかげで、マスメディアの作り上げた犯人像が固定されてきた。
それによると、犯人は二十代から五十代の男性。
まあ、これに関しては一切の手掛かりがないけれども、一般的に人を殺害するのに十分な体力を有しており、また女子高生を殺害する動機の有力である性欲が旺盛であるということから推測された。警察はやはり、情欲の歪みと捉えているらしい。
同年代の男子、いわゆる高校生に関しては可能性がゼロではないにしても、特に移動や自由な時間に関してかなりの制限がかかってしまうため可能性は低いだろうと報道されているけれども、その割に僕や良太に対しての調査が厳しいのは、警察の報道管制が上手く効いているという事だろう。なかなか自由には行動できない。
「大丈夫じゃないかな。僕の周りに金髪の女の子はいないし」
そして、被害者女性の特徴から犯人は金髪や茶髪などの女子高生に対して何かの悪感情があることはあきらかだった。それが、例えば茶髪の女子高生に対して特に性欲をそそられるという場合と、茶髪の女子高生に対してトラウマなどがあってそれを殺害して回っているのか。ニュースはやはり当事者にくらべるとかなり遅れている。
「そう、でも気を付けてね」
もしも、僕が茶髪の女子だったら母はどれほどまでに気を病んで、発狂したのだろうか。きっと、僕も子供がそんな危険にさらされるようならば心配で家のなかに居させてもおかしくはない。事実、良太の高校でも欠席が相次いでいるそうだ。
だけど、そのために青春を犠牲にするのは正しいのだろうか。
人は、何かを成すためならば死をかけてもいいんではないのだろうか。
ある人は、財を成して豊かな生活をするために命をかける。
ある人は、後世に名を残すために命をかける。
ある人は、永遠の愛をこの世に証明するため、そのために命をかける。
そんな人生のほうが、幸せじゃないか?
「聞いてるの、光誠」
「ああ、ごめん。ぼうっとしてた」
「しっかり、帰り道には気を付けてね」
「わかってるよ」
僕はそれだけ返事をして、二階にある自室へと向かった。
