愛慾に至る病

【現実】

 僕と翼さんは素早く予定を合わせて、翌週の週末には僕と翼さん、そして良太を合わせて三人で会うことができた。とにかく、最初は少し気まずかったけれどもそこはもう何年も付き合ってきた仲だから、いくらでも関係を修復する方法は知っている。

 素直に謝れば、良太も謝ってくれる。お互いに張るプライドもない。

 だけど、僕はそこで再び結び付けたものを壊す覚悟で話を始めた。

「もう、捜査なんてやめたほうがいい」

 翼さんに問いただしたところ、やはり良太は僕の注意を聞かずに彩音の死についていろいろと探っているらしい。だが、高校生の彼にできることなんてごくわずかでしかなく、当然ながらニュースで発表済みの情報以外にめぼしい進展は無かった。

 だが、それでも良太を犯人は危険視するだろう。

 人を殺めておいてなんだが、誰だって自分の事を探られるなんて気分のいいものじゃない。普通の犯人なら、良太を消そうという判断に至っても不思議ではないのだ。

 少なくとも、僕が彩音を殺害した犯人ならばそうするだろう。

 殺すまではいかなくても、脅しぐらいはかける。

「ちょうど良太たちの高校じゃないか、Sちゃんの殺人事件は」
 
 雑木林で遺体が見つかった被害者Sと、鷹山彩音には見た目以上に共通点が多いのが問題だった。二人とも、生まれながらに薄い色の髪をしているし、特にニュースで見たSの笑顔にはしっかりとえくぼが映っていた。僕は最初に彼女の写真を見た時にどこか懐かしさを覚えたほどに、被害者は彩音によく似ていた。

 間違いなく、犯人は彩音をSに重ねていた。それは、僕が彩音を愛していたから、より深く愛していたからこそわかることだ。だからこそ、危険だった。

「下手に探れば殺されるってことか」

 それは間違っても挑発的な雰囲気ではなくて、うなだれるように良太は言った。当たり前だ、なにせ一月には同級生でもあり友人でもある彩音が、四月には新入生であるSが亡くなったのだから。顔色も悪く、出された料理も進んでいない。

「その可能性もある。だから、あとは警察に任せる方が賢明だ」
 
 警察も、彩音の事件とSの事件を合わせて捜査している。当たり前の判断だろうと思う。似た背格好の女子で、同じ高校に通う女子生徒が近い時期に不審死を遂げたのだから。既にニュースキャスターが高校に押し寄せているらしい。

「そうだな。それはそうだと思うよ」

 良太は前回のように激昂することも無く、ただただ頷いた。それは、首が力を失って落ちただけかもしれなかったけれども、彼は頭を持ち上げてそれを否定することはしかなかった。言いたいことがあったのかもしれないけれども、黒々としたコーラを喉に押し込んで、それを体の中へとしまったのかもしれない。

「わかってくれたか。もちろん、僕だって彩音が亡くなったことも、Sちゃんが亡くなったのも辛い。だけど僕はこれ以上、友人を失いたくないんだ」

 僕はその時に、自然と涙が出ていた。いつの間に涙が出ていたのかわからないほどに自然と。翼さんがハンカチをポケットから取り出して渡してくれるまで気が付かないほどに自然と。やっぱり、二人がいなくなるのは怖かった。

「わかった。俺はこの事件から手を引く。だけど、不可解な点があるんだ。だから、Sと彩音を殺した犯人は同一人物では無いと思うんだ。それだけ聞いてくれ」

「不可解な点?」

 報道ではそんな話は上がっていなかったはずだ。僕もすべてのテレビ局を終えているわけではないけれども、一般人やネットで騒いでいるだけの人にくらべればかなり正確かつ多くの情報を持っている。確かに、サドルの件はあるけど、良太の口ぶりからそれを言っているわけではなさそうだ。彼は彩音の事を語る時と同じように話す。

「どうして、犯人は彩音だけを焼いて、さらに埋葬したんだ?」

 言われてみれば、確かに最も大きな相違点はそこかもしれない。彩音の遺体は、しっかりと火で焼かれた後に、埋葬までされていた。それに対して、今回の被害者はそんな話は聞いたことがない。そこは、間違いなく違う。

 基本的に遺体を焼くのは、何か犯人につながるような情報が残ったからだというのが有力だ。過去に起きた事件では焼却炉で遺体を焼かれたせいで被害者は苗字しかわからず、身元の確認すらも難しかったという事例がある。

 しかし、良太はそんなことをいいたいわけじゃないというのはわかる。

「犯人から見れば、彩音とSへの感情は違うはずだ。少なくとも、犯人は何らかの形で彩音を愛していたんだと思う。ストーカーとかそんな話は彩音から聞いたことはないけれども、そういうやつがいてもおかしくはない」

「良太はなにか心当たりがあるのか? 怪しいやつがいたみたいな」

 良太はけして断定の言葉は用いなかったけれども、少なくとも怪しいやつがいたのだと言いたげに感じた。彩音はあれほど綺麗だから、ストーキングをする気持ちを理解できないわけじゃない。だけど、それを良太は濁す。

「いや、そうじゃない。だけど、彩音はお前が思っているよりも人気がある。もちろん、お前が彩音のことを好きなことはよく知っているつもりだ。だけど、彩音のためならばなんでもするようなやつがいてもおかしくない。事実、俺の周りだけでも片手では収まりきらないほどの男子が彩音に告白をしている」

 いったい、何が正解なのか。僕にはわからなかった。

「それに、彩音殺しとは違ってS殺害の時には雑木林の周りに不審者が出没している。だからこそ、Sがそこに近づくとは思えない。何かがおかしいんだ」

「不審者?」

 そんな話は聞いたことが無い。ニュースはほとんどチェックしているが、間違いなく報道されていないはずだ。良太はどこまでS殺害についての情報を握っているんだろうか。これは、思っているよりもずっと事態は危険かもしれない。

 捜査は進んでいないかもしれないが、物理的な距離は被害者二人にかなり近い。

「うちの高校ではかなり警戒するように言われていたんだ。雑木林の端に、よく黒のアルファードが停められていて夜中だけどこか別の場所に行ったと思えば、昼間に通りかかれば再び同じように黒いアルファードが停められていたらしい」

 アルファードか。僕は車に詳しくないけれども、かなり車体の大きなタイプだということはわかる。それこそ、女子生徒を誘拐することなどに向いている。

「まあ、もちろんそのアルファードと事件に何の関係があるのかはわからない。ただの違法駐車かもしれないし、それこそSを誘拐するときに誤って殺害してしまったのかもしれない。考えればきりがないからな」

 なるほど、良太はこれまでにかなり考えてきたのだろう。推理の質はともかく、推論を語ることに淀みがない。ここまで、きっと想像してきたんだ。彼は基本的には理知的で、行動原理などもはっきりしている。これまでの事も、彩音のためだろう。

「不審なアルファードか。わかった、頭の片隅に置いておく」

 そうは言っても、僕は捜査をするわけでもないし、S殺しの犯人には興味が無かった。僕はあくまで興味があるのは彩音殺しの結末だけである。しかし、そちらの事件はかなり捜査が停滞しているらしい。なにせ、証拠らしいものも無いのだ。

 彩音には殺害されたというのが焼死して埋葬されたという点だけ。それ以外には明確に状況を推察することのできる要素すらもない。そんな宙に浮いた事件は、いったいどのように着地するのかというものは興味があった。だけど、それはあくまで傍観者としてだ。彩音の思いを汲み取って、当事者になるつもりはなかった。

「とりあえず、警察はそのアルファードの持ち主を疑っているらしい」

 もちろん、その犯人を警察は捕まえることはできなかったことを僕は後で知る。

「わかった。ただ、良太と翼さんはこれ以上は深く踏み込むな。僕からのお願いでもあるし、彩音だってそれを望んでいない。もしも二人に何かあれば、間違いなく最も悲しむのは彩音だ。それが彩音の敵討ちの捜査だとしたらなおさら」

 二人は、素直に頷いてくれた。これで、約束を守ることができただろうか。

 なぜなら、第二の殺人が起こったからだ。