【現実】

 翼さんを置いて帰ってから、すぐに時間が過ぎた。連絡をそれまでは毎日とはいかないまでも、一週間に一度くらいはしていたけれども、翼さんが僕の携帯を鳴らすこともなく、僕が翼さんの携帯を鳴らすことも無かった。

 気まずいというのもあっただろうし、何よりもお互いに身勝手な罪悪感があったのだろうと思う。僕は彩音に、翼さんは良太に。既に僕は彩音に対して傍から見れば裏切りともいえるような行為を千草と何度も繰り返しているのにも関わらずに、それでも翼さんとの行為は回数に関わらずに彩音に対する最大の裏切りだとも思えた。

 そうなると、僕の携帯に連絡をしてくる人が千草だけになるのは、なんだか寂しかった。良太とは、もともとあまり頻繁に連絡を取らなかったし、しっかりと話したわけじゃない。クラスの奴らの返事は、別に返そうとは思えなかった。

 嫌いなわけじゃない。みんないいやつで、中学から転校してきても馴染めたのはその地域の風土というか、よそものにも優しくしてくれたというのもある。

 だけど、僕の心は常に彩音が一番だった。彩音がいる教室、僕が本来ならばいるべきだった教室こそが本物のクラスで、千草以外とは紛い物でしかなかった。

 もちろん、どうしてかはわからないけれども。

 僕はついに、良太とも翼さんとも連絡を取らなくなった。

 そうなると不思議なもので、どこかこちらから連絡をすると何か負けた気というようなものを感じてしまいどんどんと疎遠になってしまう。別に、目を見て謝るよりも先に携帯電話で文字を打てばいいだけなのだから楽なはずなのに、それができないでいた。いくら体は大人になってきても、まだまだ心は子供だった。

 しかし、それどころではない事態が発生したのだ。そのニュースは、もちろん僕たち三人だけじゃない。すぐさま、世間を震撼させることになる。

『女子高生連続殺人事件』

 そのセンセーショナルなニュースは、ネットでたちまち拡散された。

 最初の事件は、四月。ちょうど全国の高校で入学式を終えたころだった。ある高校の新入生Sが、近隣の雑木林で遺体となって見つかったのだ。
 
 彼女は制服姿のままで、学校カバンに通学用に購入していた自転車も付近の道に乗り捨てられていたことからも、下校途中を襲われたものだとみられた。

 この印象的なタイトルを付けられたニュースは当然ながら注目度も高く、連日のように報道されてどんどんと加熱していった。当たり前かもしれないが特に女子高生たちの間でこのニュースは拡散されて、嘘か本当か、そして情報源もわからないようなものばかりが拡散されて、ネットは大騒ぎになっていた。数々の考察が渦を巻いて情報の海へと流され、それらは不必要に恐怖を煽った。

 しかし、それだけならば別に良かった。事件が解決さえすれば。
 
 警察の捜査によると、この事件にはいくつかの不審な点があった。

 まず一つに、彼女の自転車についていたはずのサドルが忽然とどこかへ消えていたのだ。もちろん、普段から自転車を使用しており、帰り道も自転車に乗って帰っていたと思われる彼女がそのことに気が付かないわけも無くて、おそらく犯人が持ち去ったものだとされた。サドルを外すこと自体は、手間でも何でもない。

 だが、それにも関わらずに被害者の彼女にはいわゆる性的な暴行を受けた跡が無かったのだ。彼女の体には確かに殴打された跡は残っていたけれども、犯人の体液や唾液などが彼女の遺体から検出されることは無かった。

 このことは、警察の捜査を大きく攪乱した。普通、いや凶悪犯をそんなふうに定義づけること自体が失敗かもしれないが、サドルを盗むというのは女子生徒の下着が普段から密着しているということに興奮を覚えた変質者の行う事だ。

 なら、どうして本物の体が目の前にあるのに本懐を果たさない?

 生きている間に無理やりにでもいい、彼女を撲殺した後に果たしてもいい。

 なのに、彼女の遺体からは性的暴行を受けたあとが全く見つからなかった。

 捜査の攪乱が目的なのだろうか。それとも、なにか別の目的があるのか。

 そして、僕もそのニュースを知った途端に彼女の顔写真とプロフィールが公開されたと同時に翼さんへと連絡を取った。ちょうど、テレビでの報道を見ていたときだったけれども、どうやら翼さんも同じニュースを見ていたらしい。

 彼女が、別人にしてはかなり鷹山彩音に似ていたのだ。

 事件を報道するニュースで青い色をした背景の証明写真。その中にいる彼女が身に纏っていた制服は翼さん、良太、そして遺影の中にいる彩音と同じだった。

【過去】

 受験シーズンにおいて、カップルがお互いの志望校に差を感じたり、会えないことに寂しさを感じたり、受験に対する不安から恋人に冷たく当たったり、この時期に破局するカップルも少なくはない。実際に、僕の周りでも喧嘩をした人は知らないけれども、勉強への忙しさから自然消滅するカップルはいくつかあった。

 だが、僕と彩音はそんなことも無かった。お互いに励ましあい、応援しあって受験期も乗り越えた。そのころにも僕は千草と週に三回は逢瀬を重ねていたけれども、それで彼女とうまく付き合えるのならばそれでいいと思えていた。家庭を守るために浮気をする、風俗店に通うと言い訳する人の気持ちが少しわかった気がした。

 月に一度、なんとか時間を見つけてデートをし、勉強の休憩中に彩音と連絡を交わす。僕にとって受験のモチベーションは間違いなく彼女であって、彼女との連絡を気兼ねなく楽しむために勉強をしていたというのもある。

 毎日、夜の九時には勉強机に向かう。そして、五十分の集中をした後に十分だけ休憩する。その間は、彩音と電話を繋いでくだらない学校のことを話す。まるで、僕と彼女が手にしているべきだった学校での日常。たった十分しかない休み時間を、恋人と過ごせる幸福を、疑似的に体験しようとしていたのかもしれない。

 親の事情で引き離されてしまったけれども、僕らはその時だけ頑張って授業を受けた後のオアシスを求めるように、二人での会話を楽しんで、十分という短い時間で愛を求めた。その愛をエンジンにして再び、五十分の授業を終えて彼女と愛を育む。

 そのおかげで、二人ともが見事に第一志望へと合格することができた。

 僕よりもはるかに勉強ができて、優秀な成績を残していた千草も、僕と同じ高校へとレベルを下げて共に進学。彩音は翼さんと良太と共に進学した。ここで彩音が良太と翼さんと離れていれば、この悲劇は起こらなかったのかもしれない。