【過去】
それこそ、昔はかなり女性というか、彩音について翼さんにも話を聞いてもらったことがある。まあ、セフレというかそういう話はしなかったけれども、誕生日プレゼントはどういうものが良いのか、デートはどういうところに行けば喜んでくれるのかなんて青臭い相談ばかり。僕はやっぱり知らないことが多くて、それを千草に相談するのはなんだか可哀想に思えてしまったから翼さんに頼っていた。
それを相談するたびに、翼さんは決まってこう言った。
「いいなあ。彩音は大事にされてて」
それを電話越しにわかるほど大きな溜息をつきながらいうものだから、何かをきいてほしいのだということは僕にもわかった。だけれども、僕はその期待に応えようとはしなかった。理由はわからないけれども、問いかけはしなかった。
「そうかな? でも、なかなか会えないからだと思うよ」
僕にとっては誕生日とデートはしっかりとしなければという使命感もあった。たまにしか会えないのだから、せめて彩音には楽しんでもらおうと思っただけだ。幸い、お金にはかなり余裕があったので、プレゼントもそこそこ良いものが準備できた。
普段は、相談が終われば気を使ってすぐに翼さんが電話を切ってくれる。それはきっと僕に気を使っている部分もあるだろうけど、彩音に対しても。そんな翼さんが、珍しく電話を切らなかった。さすがに、それは受け止めざるを得なかった。
「いいなあ、水族館に行った後にイルミネーションを見るなんて」
それは翼さんが提案してくれたプランだった。ちょうど、冬場だったから近郊ではかなりの数、イルミネーションが開催されていたし、ネットに転がる素人の写真でも十分にその美しさを感じることができた。ロマンチックで良さそうだと思った。
だからこそ、彩音と並んでみた景色はきっと綺麗だろうし、そのままカップルは熱い夜を過ごすことが想像できる。それは彼女と叶うことはないけれども、妄想をより具体的にするにはシチュエーションは非常に役立つ。愛のためだと、彼女を妄想の中では存分に汚した。愛を守るためだと言って、千草の体だけを抱いた。
「……翼さんが良いと思うなら、きっと彩音も喜んでくれそうだ」
千草では彩音の美しさ、その半分どころか十分の一すらも埋めることはできないけれども、それでも彼女と交わっているのだと思えれば快感もひとしおだった。ハートの形、その大部分を僕が持つ彼女への愛というピンク色で構成し、その余った隙間を千草の持つ体という黒色で補った。それで、僕の愛は確かに完成していた。
彩音は常に清廉潔白で、僕以外に男の影は見えなかった。そのため、僕は翼さんや良太に対して彼女の様子を聞くことも無かった。まあ、何かあれば少なくとも良太は僕に連絡してくれるだろうと思っていたからというのもある。
『いつまでも、仲良しでいられますように』
その言葉だけは、無条件に信じられた。
それに、彩音は中学生、そして高校生になっても変わらなかった。下品に化粧をして着飾るようなことも、肌の露出を増やすことも無かった。やっぱり、彼女には天性の才能があって、自身の魅力を自覚してそれを最大限に生かす服装をしていた。
美人は、変に着飾らない方が良い。彼女に比べれば、そこらの女なんてまるで興味が無かった。みんなが同じ化粧をして、同じ服装をして歩いている。まるで、林檎をスケッチするのと同じように、見本通りのメイクを自分の顔にお絵描きしているだけだ。いや、彼女らはそれをよしとしているのだから、よりひどい。
結局、そういう人間は心の奥底では自分の体にしか価値がないと理解しているからこそ、肌を露出し男を煽ることしかできない。しかし、それでは美しくない。ただ、黒く染まるだけだ。持ち合わせた白さを、自ら汚すようなものだ。
今になって思えば、翼さんもそうなろうとしていたのかもしれない。だけど、不特定多数じゃなくて、愛する良太のために。それを純愛と呼べるのかどうかは僕なんかが判断できるものじゃないはずだ。白さを犠牲に、愛を求める。
「ねえ、聞いてる?」
「ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事を」
「そっか……そうだよね」
翼さんは何か、ちょうど僕が聞き逃した部分について言いたそうにしていたけれども、彼女自身から話し始めることは無かったので僕は聞かなかった。
「とりあえず、彩音は結構、王道なデートが好きだから喜んでくれると思うよ。じゃあ、そろそろ塾があるからごめんね!」
翼さんはそう言って、電話を切った。たぶん、女心がわからないというのはこういうことなんだろう。結局のところ、僕は心という面では彩音以外には興味がない。
千草に求めているのも、結局は体だけなのだろう。
【現実】
「そういえば、ちょうどあそこのイルミネーションがやっているみたいだよ」
「あそこ?」
話すことのなくなった翼さんが見せてきた携帯電話の画面には、イルミネーションのそれは幻想的な光景が映し出されていた。黄色、白、水色、赤、緑、ピンクなど様々な色が、カップルや家族たちの笑顔を彩る。幸せをテーマに描いた絵の様だ。
「そういえば、行けなかったんだよな」
そう、翼さんにわざわざ休日を借りて立てたプラン。まずは昼に合流して、昼食を一緒に取る。その後は彼女からチョコレートを受け取り、僕はそれへのお返しを選んで、イルミネーションを見るという予定だったけれど、それは叶わなかった。
彼女がデートの前日から、流行りのインフルエンザに罹患して寝込んでしまったのだ。まあ、それは仕方がない。その時は僕のクラスでもかなりの人数が体調を崩していたから、想像できた事態ではあった。文句を言うつもりもない。
ただ、結局は一度もそれを見られないままに彩音はこの世から消えてしまった。
「じゃあさ、今から行ってみない?」
「え?」
そして、翼さんにいざなわれるままに僕たちはイルミネーションの会場へと来ていた。翼さんと良太は恋人関係ではないし、僕も現在は世間的に恋人がいない扱いなので何も問題は無いはずなのに、どこか後ろめたさのようなものを感じてしまう。
周りはカップルばかりなのもそのせいだろうか。
「すごく綺麗だね」
翼さんが横ではしゃいでいる。その笑顔は彼女らしくもなく、子供っぽかった。
いや、きっとその表情は幼い頃に見せていたのだろうけど、やっぱりそのころの僕は彩音に夢中で、隣にいるこんなに素敵な女性には気が付いていなかったのだ。それはきっと良太も同じ。セフレという関係にいることを良太はどう思っているのか。
好きかどうかはもちろん大事だと思う。だけど、果たしてそれだけが男女の関係においての正解なのだろうか。すべての人間が、両想いで付き合っているのだろうか。
学校内だけでも、クラスには四十人の人間がいて、学年には二百人もの人間が存在する。もちろん、その中には同性もいるだろうし、生理的に受け付けない異性もいるだろう。全員が恋愛対象になりえないのはわかっている。
だが、そこまでの数でもお互いに一番だと思える相手と交際しているのか?
思いを告げた側はともかく、告げられた側は多少の妥協も無いと胸を張って言えるのか。安全圏だとわかってから、相手に対しての好意を捏造したのではないか?
なら、別に好意が無くてもいいんじゃないか?
いや、交際はダメだ。交際とは愛し合う者同士が不確かな愛を確かめるためにお互いに束縛をしあうための言葉だ。それを必要としないのが、良太と翼さん。僕と千草の関係性だ。愛もないのに、束縛をするのも面倒くさい。
僕は別に千草が誰と交わろうと興味が無い。
きっと、良太も翼さんに同じような感覚を抱いているはずだ。
そうでなければ、愛に対して不誠実だ。
「ああ、綺麗だ」
イルミネーションを見つめる翼さんの顔が、どうしても悲しく見えた。きっと、僕なんかじゃなくて良太が隣にいれば良かったのだろう。しかし、良太はそんなことに興味がない。きっと、彼にも大きな心の穴があって、その端を翼さんで埋めているだけなのだ。翼さんはいつまでも、黒く塗られた体しか持たない。
なら、僕がそれを上書きしてあげてもいいんじゃないか?
「いや、それは違うか」
「ん?」
それも、彼女が望むことなんじゃないのか?
どうしても、翼さんが泣きそうで、可哀想で、僕は翼さんを抱きしめた。
それと同時に、翼さんの目から涙が流れた。冷たい涙は、ぽたぽたと地面に落ちて、雪を少しずつ溶かしていく。やがて、それは嗚咽も重なって周囲の注目を引いている。だけど、この雪が彼女からの視線も隠してくれるだろう。
「ごめんね。彩音」
翼さんは、申し訳程度に彩音に対して謝っていたけれども、僕はそれを気にせずにただただ翼さんの体を愛してあげた。だけど、僕の心に湧いてきたのはやっぱり綺麗な感情では無かった。どろどろと、それは体の外へと流れていく。うまく演技は出来たけれども、それでも無理なものは無理だった。だけど、これだけは言えた。
「愛してるよ。翼」
これで、翼さんは呪いから解放されるだろうか。
それこそ、昔はかなり女性というか、彩音について翼さんにも話を聞いてもらったことがある。まあ、セフレというかそういう話はしなかったけれども、誕生日プレゼントはどういうものが良いのか、デートはどういうところに行けば喜んでくれるのかなんて青臭い相談ばかり。僕はやっぱり知らないことが多くて、それを千草に相談するのはなんだか可哀想に思えてしまったから翼さんに頼っていた。
それを相談するたびに、翼さんは決まってこう言った。
「いいなあ。彩音は大事にされてて」
それを電話越しにわかるほど大きな溜息をつきながらいうものだから、何かをきいてほしいのだということは僕にもわかった。だけれども、僕はその期待に応えようとはしなかった。理由はわからないけれども、問いかけはしなかった。
「そうかな? でも、なかなか会えないからだと思うよ」
僕にとっては誕生日とデートはしっかりとしなければという使命感もあった。たまにしか会えないのだから、せめて彩音には楽しんでもらおうと思っただけだ。幸い、お金にはかなり余裕があったので、プレゼントもそこそこ良いものが準備できた。
普段は、相談が終われば気を使ってすぐに翼さんが電話を切ってくれる。それはきっと僕に気を使っている部分もあるだろうけど、彩音に対しても。そんな翼さんが、珍しく電話を切らなかった。さすがに、それは受け止めざるを得なかった。
「いいなあ、水族館に行った後にイルミネーションを見るなんて」
それは翼さんが提案してくれたプランだった。ちょうど、冬場だったから近郊ではかなりの数、イルミネーションが開催されていたし、ネットに転がる素人の写真でも十分にその美しさを感じることができた。ロマンチックで良さそうだと思った。
だからこそ、彩音と並んでみた景色はきっと綺麗だろうし、そのままカップルは熱い夜を過ごすことが想像できる。それは彼女と叶うことはないけれども、妄想をより具体的にするにはシチュエーションは非常に役立つ。愛のためだと、彼女を妄想の中では存分に汚した。愛を守るためだと言って、千草の体だけを抱いた。
「……翼さんが良いと思うなら、きっと彩音も喜んでくれそうだ」
千草では彩音の美しさ、その半分どころか十分の一すらも埋めることはできないけれども、それでも彼女と交わっているのだと思えれば快感もひとしおだった。ハートの形、その大部分を僕が持つ彼女への愛というピンク色で構成し、その余った隙間を千草の持つ体という黒色で補った。それで、僕の愛は確かに完成していた。
彩音は常に清廉潔白で、僕以外に男の影は見えなかった。そのため、僕は翼さんや良太に対して彼女の様子を聞くことも無かった。まあ、何かあれば少なくとも良太は僕に連絡してくれるだろうと思っていたからというのもある。
『いつまでも、仲良しでいられますように』
その言葉だけは、無条件に信じられた。
それに、彩音は中学生、そして高校生になっても変わらなかった。下品に化粧をして着飾るようなことも、肌の露出を増やすことも無かった。やっぱり、彼女には天性の才能があって、自身の魅力を自覚してそれを最大限に生かす服装をしていた。
美人は、変に着飾らない方が良い。彼女に比べれば、そこらの女なんてまるで興味が無かった。みんなが同じ化粧をして、同じ服装をして歩いている。まるで、林檎をスケッチするのと同じように、見本通りのメイクを自分の顔にお絵描きしているだけだ。いや、彼女らはそれをよしとしているのだから、よりひどい。
結局、そういう人間は心の奥底では自分の体にしか価値がないと理解しているからこそ、肌を露出し男を煽ることしかできない。しかし、それでは美しくない。ただ、黒く染まるだけだ。持ち合わせた白さを、自ら汚すようなものだ。
今になって思えば、翼さんもそうなろうとしていたのかもしれない。だけど、不特定多数じゃなくて、愛する良太のために。それを純愛と呼べるのかどうかは僕なんかが判断できるものじゃないはずだ。白さを犠牲に、愛を求める。
「ねえ、聞いてる?」
「ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事を」
「そっか……そうだよね」
翼さんは何か、ちょうど僕が聞き逃した部分について言いたそうにしていたけれども、彼女自身から話し始めることは無かったので僕は聞かなかった。
「とりあえず、彩音は結構、王道なデートが好きだから喜んでくれると思うよ。じゃあ、そろそろ塾があるからごめんね!」
翼さんはそう言って、電話を切った。たぶん、女心がわからないというのはこういうことなんだろう。結局のところ、僕は心という面では彩音以外には興味がない。
千草に求めているのも、結局は体だけなのだろう。
【現実】
「そういえば、ちょうどあそこのイルミネーションがやっているみたいだよ」
「あそこ?」
話すことのなくなった翼さんが見せてきた携帯電話の画面には、イルミネーションのそれは幻想的な光景が映し出されていた。黄色、白、水色、赤、緑、ピンクなど様々な色が、カップルや家族たちの笑顔を彩る。幸せをテーマに描いた絵の様だ。
「そういえば、行けなかったんだよな」
そう、翼さんにわざわざ休日を借りて立てたプラン。まずは昼に合流して、昼食を一緒に取る。その後は彼女からチョコレートを受け取り、僕はそれへのお返しを選んで、イルミネーションを見るという予定だったけれど、それは叶わなかった。
彼女がデートの前日から、流行りのインフルエンザに罹患して寝込んでしまったのだ。まあ、それは仕方がない。その時は僕のクラスでもかなりの人数が体調を崩していたから、想像できた事態ではあった。文句を言うつもりもない。
ただ、結局は一度もそれを見られないままに彩音はこの世から消えてしまった。
「じゃあさ、今から行ってみない?」
「え?」
そして、翼さんにいざなわれるままに僕たちはイルミネーションの会場へと来ていた。翼さんと良太は恋人関係ではないし、僕も現在は世間的に恋人がいない扱いなので何も問題は無いはずなのに、どこか後ろめたさのようなものを感じてしまう。
周りはカップルばかりなのもそのせいだろうか。
「すごく綺麗だね」
翼さんが横ではしゃいでいる。その笑顔は彼女らしくもなく、子供っぽかった。
いや、きっとその表情は幼い頃に見せていたのだろうけど、やっぱりそのころの僕は彩音に夢中で、隣にいるこんなに素敵な女性には気が付いていなかったのだ。それはきっと良太も同じ。セフレという関係にいることを良太はどう思っているのか。
好きかどうかはもちろん大事だと思う。だけど、果たしてそれだけが男女の関係においての正解なのだろうか。すべての人間が、両想いで付き合っているのだろうか。
学校内だけでも、クラスには四十人の人間がいて、学年には二百人もの人間が存在する。もちろん、その中には同性もいるだろうし、生理的に受け付けない異性もいるだろう。全員が恋愛対象になりえないのはわかっている。
だが、そこまでの数でもお互いに一番だと思える相手と交際しているのか?
思いを告げた側はともかく、告げられた側は多少の妥協も無いと胸を張って言えるのか。安全圏だとわかってから、相手に対しての好意を捏造したのではないか?
なら、別に好意が無くてもいいんじゃないか?
いや、交際はダメだ。交際とは愛し合う者同士が不確かな愛を確かめるためにお互いに束縛をしあうための言葉だ。それを必要としないのが、良太と翼さん。僕と千草の関係性だ。愛もないのに、束縛をするのも面倒くさい。
僕は別に千草が誰と交わろうと興味が無い。
きっと、良太も翼さんに同じような感覚を抱いているはずだ。
そうでなければ、愛に対して不誠実だ。
「ああ、綺麗だ」
イルミネーションを見つめる翼さんの顔が、どうしても悲しく見えた。きっと、僕なんかじゃなくて良太が隣にいれば良かったのだろう。しかし、良太はそんなことに興味がない。きっと、彼にも大きな心の穴があって、その端を翼さんで埋めているだけなのだ。翼さんはいつまでも、黒く塗られた体しか持たない。
なら、僕がそれを上書きしてあげてもいいんじゃないか?
「いや、それは違うか」
「ん?」
それも、彼女が望むことなんじゃないのか?
どうしても、翼さんが泣きそうで、可哀想で、僕は翼さんを抱きしめた。
それと同時に、翼さんの目から涙が流れた。冷たい涙は、ぽたぽたと地面に落ちて、雪を少しずつ溶かしていく。やがて、それは嗚咽も重なって周囲の注目を引いている。だけど、この雪が彼女からの視線も隠してくれるだろう。
「ごめんね。彩音」
翼さんは、申し訳程度に彩音に対して謝っていたけれども、僕はそれを気にせずにただただ翼さんの体を愛してあげた。だけど、僕の心に湧いてきたのはやっぱり綺麗な感情では無かった。どろどろと、それは体の外へと流れていく。うまく演技は出来たけれども、それでも無理なものは無理だった。だけど、これだけは言えた。
「愛してるよ。翼」
これで、翼さんは呪いから解放されるだろうか。
