顔をあげるとものすごい形相で柚葉を睨む優美。穏やかな口調だが怒りが言葉の節々から見て取れる。


柚葉は自分が寝ている間に何が起こっていたのか全然分からない。なんの説明もなく殴られたのだ。


だいたい、今の時間は午後の三時。


いつもならまだみんな寝ているはず。


なのになぜ……と柚葉は寝ぼけた頭で現実逃避するように考え込む。



「でも……。“あの方”がここに直接話しまてましに来たのよ?こんななんでもない小娘を……。いつの間にか男に色目使ってたらしいじゃない」


「……色目?」



母親の話に思わず聞き返してしまう柚葉。



(男に色目……?いったいなんの話?私、男の人と話したことなんて……)


「そうよ!あれだけ優美の仕事の邪魔をするなと言ったのに!」



母親の話を聞いて必死に思い出そうとする。柚葉と話したがる男の人なんて過去にいなかったはず。


……たった一人を覗いては。



「……お母様、それくらいにして。あとは時間になったら事実がわかるでしょう?」



再び竹刀を柚葉に振り下ろす母親。それを何故か優美は止めた。


いつもだったら楽しそうに微笑みながら傍観するのだがやはり様子はおかしい。



「そう。……そうよね。信じるにはまだ早いわ。まだあの方しか見えてないものね」



少し興奮が収まったのか母親は動きを止めるとボソリとつぶやく。



「そうよ。お母様ったら気が早いんだから。それじゃ、私は準備するからあとはよろしく頼んだわよ」


「全く。仕事の邪魔をするなんていいご身分ね。早く着替えて仕事しなさいよ」



優美の後に母親は部屋を出ていった。


柚葉はひとりきりの部屋の中でうずくまる。殴られた箇所にくっきりとあざができていた。


痛いという感覚はあるのになんだか何も感じないように呆然とする。



「……いったい、何があったの?」



頭が回らずまるで他人事のようにつぶやく柚葉。母親に叩き起こされ、そのまま訳の分からない話をされながら殴られる。


まるで嵐のようだった。


気づいたら全身に痣ができていたなんて誰が思うことだろう。今日は大事な仕事だというのに容赦なく暴力が振るわれた。


その事実を認められなくて遠のきそうになる意識を何とか保たせていた。



「……もう、いや……」



無意識に呟いた言葉。


だけどその言葉は誰にも届かずに消えていく。