呼び止められたが柚葉は振り向くことをしないで早歩きで噴水広場に戻っていく。



「はぁ、はぁ……。いったい、なんだったのかしら」



上がった息を整えようと深呼吸を繰り返す。心臓も忙しく動いていて。こんな気持ちになるのは初めてだった。


久しぶりに身内以外の人と話した柚葉はどこか嬉しいという気持ちを持っていた。こんな気持ちはとうに忘れたはずなのに。


あの方に、見つけて貰えたということが嬉しかった。



(こんな私でも、少しは話せたのかしら)



一方的な質問だったが柚葉にとっては大きな出来事。このことは忘れないようにとそっと自分の心の中にしまい込んだ柚葉だった。


***


「今日は花魁道中の日よ。いいかい?いつもの失敗は許されないからね?」


「……かしこまりました。お母様」



あの不思議な夜から数日後。


前日の仕事の片付けをしていると母親から呼び出された柚葉はそう釘を刺された。


花魁道中とは妓女の中でも最高位の女性が綺麗に着飾り、たくさんの人を連れて街を練り歩く儀式みたいなもの。


そのまま高貴なお客様を迎えに行ったりすることもたまにある。


妓女の中でも位があってその中でも最高位なのが“花魁”と呼ばれる位。基準や位のあげ方は店によって違う。


あさぐも館の花魁はもちろん優美だった。


異能に加え、顔の整い方や客を楽しませる能力。なんでも揃えた優美はこの遊郭の街では一番の花魁だ。


そんな花魁を支えるのにたくさんの人がいて、その中でも仕事が割り振られる。


本来なら柚葉はその道中にいてはいけない人間なのだが優美は引き立て役として私を新造という役割を担っていた。


新造とは花魁のことを支える役割のこと。


基本は若くて綺麗な妓女をこの役割に当てるのだがあさぐも館は例外だった。



「いいこと?貴女は異能を使えないのにわざわざ優美は気を使って新造の仕事を与えているの。仕事の邪魔をしないようにしっかり支えなさい」


「……はい。わかっています」



何度も何度も言われてきた言葉をわざと思い出させるように話す母親。柚葉はその言葉を聞き流しながら作業を再開した。


母親は本当に優美のことしか考えていなかった。柚葉の身に何がおころうと無関心。


こんな風に花魁道中の時に見せしめのようなことになっていても何も言わない。むしろ優美の仕事の邪魔をするなと注意をする。