ーー柚葉の記憶がなくなって数時間後。


いつものように柚葉は仕事をこなしていた。自分の仕事は忘れていなかったようで、やることを手際よく終わらせていく。



「ごめんください」



そろそろお店が開く時間だというのに。


突然玄関から声が聞こえ、柚葉は対応しようと向かう。



「はい、どちら様でしょう」



しばらく経っても家の人は誰も出てこないので柚葉が顔を出した。柚葉がその来客を見た瞬間、何故か胸が締め付けられるような、そんな感覚に陥った。



(あれ……。この方、はじめましての方よね?なのになんでこんな懐かしい気持ちになるのかしら)



「よかった。柚葉、やっぱりここにいたんだな。もう大丈夫だ。一緒に帰ろう」


「えっと……あの、誰ですか?」



柚葉は目の前の男性……桜久耶に警戒心むき出しで見ていた。金色の髪の毛を揺らしながら愛おしそうに柚葉を見つめる瞳。


桜久耶はショックを受けたような表情をした後、サッと怒りの表情に変わった。



「柚葉?いったい何をしてるの……。あら、東條様じゃないですか。お店が開くのはもう少しあとですが、何か御用ですか?」



中から母親の声が聞こえ、玄関まで来ると。桜久耶を煽るように話しかけた。


その様子を見て柚葉はますます不思議に思う。



(お義母さまはこの方を知っているの?もしかして新規のお客様かしら)


「お前……どういうつもりだ。柚葉を攫っておいて、良くも堂々と私の目の前に姿を見せられるな」


「攫うとは人聞きの悪い。私は何もしていませんよ。勝手にこの子が戻ってきただけてますから」



誰が見ても怒っているとわかるやり取りに柚葉はハラハラしながら見ていた。


こんなに怒りを顕にする桜久耶を見て怖いと思ってしまう柚葉。



「勝手に着いてきた?そんなことなかろう。ほら、柚葉。私たちの家に帰るぞ。みんな心配している」


「え、あの!さ、触らないでください!」



突然桜久耶に腕を掴まれた柚葉はとっさに振り払ってしまった。


その様子を見た母親は勝ち誇ったように鼻で笑う。



「……柚葉。本当に記憶がないのか?」


「あら、記憶なら私が消し去ってあげたわ。桜久耶様なら、この道具に見覚えあるわよね?」



戸惑う桜久耶に、また別の声が重なる。


それは優美の声だった。優美はニヤニヤと楽しそうに笑いながらひとつの道具を見せつけた。



「お前……!なぜその道具を持ってる!」


「ある業者から買い取ってね。多額のお金を見せつけたらあっさり売ってくれたわ。あなたの家の管理は本当に大丈夫なのかしら?」


(……あれは、ハサミ?なんで優美はあのハサミを持っているのだろう。ーーいたっ!)



優美たちを見ていると、柚葉は突然の頭痛に襲われ、思わずその場にしゃがみこむ。


何故か分からないがハサミを見た時、頭が痛くなった。



「おい、柚葉大丈夫か?頭が痛いのか?」


「だ、いじょうぶです……」



桜久耶は慌てて柚葉を支えるがそれを拒否されてしまう。柚葉は痛む頭を抑えながら無理やり起き上がった。



「柚葉はもう戻りなさい。少し休んだら仕事に行きなさいよ」