桜久耶のことを思い出そうとしていた柚葉の耳元に聞いた事のある声が聞こえ、はっと顔を上げる。


柚葉は辺りを見渡すが周りにはその声の主はいなかった。



「柚葉様?本当に大丈夫ですか?」


(……今、優美の声が聞こえたような気がしたんだけど……。気のせいかしら)


「大丈夫よ。えっと、なんの話だったかしら?」



自分の行動を誤魔化そうと話を逸らした。気のせいだと柚葉は思い込んだけど、やはり誰かの視線を感じる。



「この櫛の思い出についてですよ。柚葉様、本当に大丈夫ですか?お疲れの様子ですけど」



朱里はそんな柚葉を心配しながら、顔を覗き込む。余程柚葉の様子がおかしかったのだろう。


商品を見ていた周りの使用人も柚葉の元へと駆け寄ってきた。



「本当だわ。……十分楽しんだし、そろそろ帰りましょうか」


「そうね。そうしましょう。柚葉様、帰りましょう」



心配そうに次々声をかける使用人たち。


そんな彼女たちを見ながら柚葉は申し訳なく思っていた。



(みんなもっと楽しみたいはずなのに……私のせいで申し訳ないわ。私ももっとここで買い物とかしたいけど、どうも嫌な予感がするのよね)



柚葉は不安になりながらみんなに頭を下げる。



「すみません。体調は大丈夫なんですけど、なんか変な感じがして。楽しんでるところ申し訳ないです」



なにか会ってからでは遅いと思った柚葉はみんなの言葉に甘えて帰ることにした。桜久耶には迷惑かけられない、みんなを巻き込む訳にはいかない。


そんな考えがずっと頭の中にあった。



「全然大丈夫ですよ。柚葉様のことを第一に考えてるので」



そんな柚葉に朱里が明るく答えた。その言葉にみんな頷く。その優しさに柚葉は感動していた。



(本当に私は恵まれてるわ……。こんなに優しい人たちに囲まれて、幸せね)


「ありがとうございます」



こうして、帝都での買い物は終わった。このまま真っ直ぐ東條家に帰るということになり、歩き始めたのだけど。



(やっぱり、誰かの視線を感じる。もしかして優美がどこかにいるのかしら)



誰だか分からない視線を感じながら柚葉は歩いた。その感覚がなんだか気持ち悪くて。朱里の傍を離れないようにしていた。


……それなのに。



「……きゃあ!ちょっと、誰ですか!?」



柚葉は誰かに強く腕を引っ張られ、細くて狭い路地裏に引きずり込まれた。