思わぬ展開に苦笑いする柚葉だったがこの会話でさえ小さな幸せを感じていた。今まで感じたことの無いふわふわとした気持ち。


後ろには使用人たちが温かい目で見ていることも忘れて桜久耶と柚葉は2人の世界に入っていた。



「それじゃあ行くか。今日は肩の力を抜いて楽しめ。とびきり美味しいものを用意しているからな」



桜久耶は柚葉の手を引いて歩き出す。


その言葉を聞いて柚葉は朱里が言っていたことを思い出した。


“今日は桜久耶様と柚葉様の初めての夜を迎えます”


遊郭生まれ、遊郭育ちの柚葉はそういう内容をよく知っていた。自分ではお客さんを取ることはなかったが周りの妓女の話とかを聞いていた。


夜の営みについての話を知っていた柚葉はまさか……と思いながら、そっと桜久耶を見た。



「ん?なんだ?」



柚葉の視線に気づいた桜久耶は首を傾げた。その仕草でさえ美しい桜久耶はどうやらその美しさを無自覚で振りまいているらしい。



(……どうりで優美が気に入るわけだわ。こんな方が私と夜の営みなんて……あるわけないわよ)


「な、なんでもないです」



自分の不謹慎な考えを忘れようと首を横に振る。


朱里が余計なことを言ったせいで柚葉の頭の中は色んな情報で溢れかえっていた。



「そうか?なんかあったら私に言うんだぞ」



そう言って優しく微笑む桜久耶。


その笑顔を見て柚葉の胸はときめいた。



(何なのかしら、この気持ちは……)



不思議な気持ちを感じながら柚葉は桜久耶の後ろを手を引かれながら歩いていった。


***


「……柚葉。何もそんなに緊張することないだろう」


「む、無理です!旦那様は大丈夫かもしれませんが私は無理なんです!」



夕飯の時間が終わり、部屋に戻った2人。


東條家に来て幸せな時間をたくさん過ごした柚葉はもう既に朝雲家のことを忘れかけていた。


今の時間は日がすっかり沈み込んだ夜。


今までの柚葉だったらこれからの時間が一番忙しく動くというのに。今は旦那になった桜久耶と布団を挟めて向き合っていた。



「私は柚葉に手を出すことはしない。いいから私のところに来なさい」



男の人への耐性が全然ない柚葉はもちろん夜を過ごすのは初めて。


さっきまで冷静に頭の中で状況を整理出来ていたのに。部屋で2人きりになった瞬間、キャパオーバーしそうになっていた。