あの夢を一瞬にして思い出し、桜久耶とデートした日のことを振り返る。


優しい笑顔を向けてくれた桜久耶。


柚葉のことを大事にすると言ってくれた桜久耶。


そんな桜久耶のことをようやく柚葉は信じられるような気がした。優美や母親から柚葉の幸せを奪われてきたけど。


ようやく、柚葉は幸せになれるようなそんな気がしていた。




「優美は東條家の異能を知ってるだろう?それを無視するわけにいかないからな。それにこんな無能が居なくなるんだ。私はせいせいする。それに……優美、お前は結婚したくないんじゃなかったのか?」


「そ、それとこれとは……!」


「とにかく。これはもう決まったことだ。柚葉、すぐに荷物をまとめ、明後日にはこの家を出ていってもらう。それと……他にも話があったが、時期に東條家から聞かされるだろう。私からの話は以上だ」



優美の言葉を制し、父親は淡々と話すと解散命令を出した。


まだ時間が止まったままの柚葉と優美。


その様子を見てオロオロしている母親。


緊張感が張り詰めたこの部屋はまさに地獄と化していた。



「……許せない。なぜ、お姉様なの」



そんな優美の声が聞こえたが柚葉には届いていなかった。


あれだけ断りの文を送ったのになぜ……という考えが頭から抜けないのだ。


優美は怒りに震えていたが特にそれ以上なにかするわけでもなく。その日はそのまま終わったのだった。


混乱する頭で柚葉は部屋にある自分の荷物を風呂敷に詰めていく。



(……東條様の考えていることがよく分からないわ。あの夢で見た赤い糸がなにか関係してる……?それに縁結びの神社の神主だったなんて)



色んな情報が頭の中を埋めつくす。


異能の持ち主である桜久耶の元に嫁ぐのは少し……いや、かなり怖いと思う柚葉。


きっとこの家の異能と東條家の異能を掛け合わせたくて政略結婚を切り出したと思うのだから、本来なら異能もちの優美が行くべきなのだ。


こんな無能が東條家に嫁いでも……と考え方が下がりに下がってしまった。



(優美からなにかされなければいいのだけど)



ぼんやりとそんなことも考えながら荷造りしていたら。朝雲家に柚葉の荷物が残ることはなかった。


元々少なかった柚葉の荷物たち。


多分父親は二度とここに帰ってくることは許さないだろう。


優秀な異能の家系の長女として生まれたのに。何も受け継がなかった柚葉を必要とする人間は。


この家に、誰もいなかった。