父親は柚葉の存在を認めていなかった。遊郭の中でも優れた異能家系に生まれながらなにも受け継がなかった柚葉。


長女でありながら妓女としての必要最低限な仕事もままならない。


そんな柚葉を父親は一番嫌っていた。



「……で、相手はやっぱり東條様なのかしら?」


「ああ。向こうはどうしても柚葉が欲しいらしい。結納金もかなりの額を提案してくれている。こちらとしては断るのは申し分ないくらいだ」



優美を宥めながら母親は尋ねた。


桜久耶は柚葉との婚約を諦めていなかった。ついこの前も柚葉と母親で断りの挨拶に行ったばかりだというのに。


その話を聞いて柚葉は目を丸くした。



(東條様がそんなに私のことを……でも、一体なぜ?)



嬉しいという気持ちはあるけれどなんで柚葉なのかさっぱり分からない。みんななぜ柚葉を望むのか分からずじまいだった。



「……そう。そこまで仰るなら試しに東條様とお姉様を2人きりで出かけさせてみてはどうかしら?東條様はお姉様の中身を見ればきっとがっかりする。まぁ、見た目は残念なお姉様だから、隣を歩くのも嫌でしょうけど」



意地悪く笑う優美。


柚葉と一緒に出かけたいと思う男性に出会ったことがない優美は桜久耶の失望を望んでいた。



「その話なんだが、先程桜久耶様から文が届いた。内容が今度柚葉とデートしたいというものだ。日程も決められている。とりあえずその日に柚葉は会ってこい。そこから、話を繋げてみる」


「東條様と、デート……本気ですか?」



父親の話を聞いて思わず顔を上げた。男性からデートの申し込みをされるなんて生まれて初めて。


柚葉は戸惑い、優美は怒りでわなわなと震えていた。



「そうだ。それまで身なりだけは整えておけ。お前の縁談話しで今後の未来がかかっているからな。話は以上だ。明日からまた仕事をよろしく頼む」



柚葉の言葉に頷く父親は、早口で話終えるとそそくさと部屋を後にする。


取り残された3人の間に微妙な空気が流れ始めた。



「……なぜ。なぜ私ではなくお姉様なのかしら。私の方が美しいしなんでもこなせる。異能だってあるのよ!?それなのに……」



優美は怒りに任せて柚葉に殴りかかろうとした。


……だけど。



「優美。やめなさい。あの人の話を聞いていたでしょう?東條様とふたりで会う約束があるの。さすがに今やるのは違うわ」