日が落ち始め、周りがだんだん暗くなる頃。遊郭の街では今からが本番だと言わんばかりに街が煌々と輝いていた。
そんな街中のひとつの館『あさぐも館』も例外では無い。この街一番の大きな洋館でその中は慌ただしかった。
ーーバシンッ!
「柚葉!いい加減何度言ったらわかるんですか!優美のものを壊すなとあれほど注意したのにまたお前は……!」
慌ただしい館の中。
ひとつの小さな部屋でかわいた音が響いた。その音は誰にも気づかれず、頬の痛みを残したまま消え去っていく。
「申し訳ございません……申し訳ごさいません……」
頬を抑えたまま1人、か細い声で謝るのはこの館の長女、朝雲柚葉だった。柚葉は小さくなりながら目の前の女性にひたすら謝る。
だけどその声はほとんど聞こえない。
「どれだけ優美が大切にしていたものだとあなたは知っているはずでしょう!?これから大事な接客だというのに!」
柚葉はひたすら謝るが女性は許そうとはしなかった。柚葉の手の中に納まっているのは壊れた櫛。
美しい桜の模様が描かれた櫛の持ち主は柚葉の妹である優美のものだった。
「……お母様。お客様がお見えになったから、今日はそのくらいでいいわよ。お姉様に何を言っても無駄だから」
「優美……。あなた、ほんとにいいの?大事なものを壊されたのよ……?」
説教を受けていると突然襖が開き、隙間から妹の優美が顔を出した。優愛は可愛らしい顔から想像もできないほど恐ろしい視線を柚葉に送っていた。
「別にいいわ。そんなことより、今日のお客様の相手次第ではもっといい物を貰えるかもしれないんだから。その不細工な妓女と違って、私は美しいから。今日も“引き立て役”頼んだわよ、お姉様」
下を向きながら櫛を握りしめる柚葉に向かって、そう吐き捨てた優美はそそくさとこの部屋から出ていく。
「……はぁ。今日は優美に免じてこのくらいにしておくけど、あの子の仕事の邪魔は絶対にするんじゃないわよ?わかった?」
「かしこまりました。……お母様」
柚葉に説教をしていた女性は実の母親。母親はため息をつくと優美を追いかけるようにして部屋を出ていく。
(……またやってしまったわね。この櫛、どうしようかしら)
この部屋にひとり取り残された柚葉。
壊れた櫛をぼんやりと眺めながら、今日の仕事のことを考えていた。



