柚葉は痛む身体を抑えながらゆっくりと優美たちの後に続いた。



「東條様。またのお越しをお待ちしています」



優美の営業スマイルを桜久耶に向けていた。だが桜久耶はそれを一切見ることなく館を後にする。


変わりに残していったのは柚葉を心配そうに見つめる優しい視線と何か言いたげな表情だった。


そのまま桜久耶は真っ暗な暗闇に溶けていくように消えていったーー。


***


数日後。


朝雲一家はとある部屋に集められた。久しぶりに家族揃って顔を合わせるこの時間は緊張感たっぷりだった。


今日は館を休みにして父親である大河から大事な話があると呼び出されたのだ。


優美と母親はいつもより落ち着いた化粧と着物を身にまとって座っていた。それでも美しい着物を身につけているのには変わりない。


一方で柚葉は部屋の角で座布団も敷かれずに正座していた。


家用の着物は所々擦り切れていて寄れている。この前つけられた痣はまだ治りきっていなくて、細くて骨が見えそうな手は傷だらけ。


それでも柚葉は黙ってこの朝雲家に一人の妓女として、使用人として働いていた。母親は桜久耶に『妓女として働いていない』と言っていたがそれは嘘。


高貴な方たちには柚葉の存在を話していなくて咄嗟に着いた嘘だった。



「……みな、集まったな。忙しいのにこんな時間から集まってもらって感謝する」



しばらくして父親が部屋に入ってくる。


家族全員が揃っていることを確認してから話し始めた。



「お父様、話って何かしら?なんでここにお姉様もいらっしゃるの?」



父親の話を遮って優美が尋ねた。


優美はニヤニヤと笑いながら柚葉をちらっと盗み見た。桜久耶が押しかけたあの日からすっかり大人しくなった柚葉。


柚葉はもうこの家から出るのを諦めていた。なんでも母親と優美の言いなり。自分の心はとっくに捨てて生活していた。



「まぁ、とりあえず話を聞いてくれ。今日の話は2人の縁談話についてだ」


「まぁ!ようやく話がまとまったのね!優美ももう年頃だもの。縁談の話がきてもおかしくないわよ!」



父親の話に一番に反応したのは母親だった。表情を明るくさせ、優美の肩を叩く。


妓女の身請け話はよく聞くけど縁談の話は滅多になかった。この家は異能が使える家系なのでおそらく政略結婚という形をとったのだろう。