ドタドタという慌てた足音が廊下から聞こえ、部屋にいたみんなが顔を合わせる。



「何よ。騒がしいわね」



優美も異変に気づいたらしく、眉をひそめながら襖の奥をじっと見つめた。柚葉は変わらずその場でうずくまっていた。



(……どうしよう。身体全部が痛くて起き上がれないわ。これじゃあまた優美とお母様から……)



騒がしい音を聞いていた柚葉は何かしなくてはと起き上がろうとしていた。


だけど起き上がるまもなく、サッと優美の目の前の襖が開いた。



「ここに、朝雲柚葉はいるか?」



静まり返った部屋に響いた声は優美でも母親でもない男の人の声。こんな時間に男の人が来るのは非常識だ。


だけど柚葉はどこかで聞いた事のある声にピクっと反応する。



(なんだか、聞いたことある懐かしい声)



「あら。東條様じゃないですか。本日はここにはいらっしゃらない予定だったと思いますが……」



優美は目の前の人物が誰か一瞬でわかった。先程までの表情から一転して満面の笑顔で対応する。


その男の人の後ろでは母親がオロオロしていた。



「そうですよ!何かあったら主人に連絡して欲しいと……」


「そんなこと今は関係ない。柚葉!柚葉はいないか!」



優美と母親の話を無視してその人は中に入ってくる。変わらず静まり返った部屋の中は緊張感が増していた。


だがしかし。


その場にいた妓女の誰もが彼のことを見つめ、惚けていたことを優美は見ていた。



「……柚葉は……私、です……」



柚葉は何とか身体を起こし、顔を上げる。



「柚葉!名前を名乗るんじゃありません!」


「そうよ。お姉様は自分の身分をおわかりでしょう?」



そんな柚葉を全力で止めようとする優美と母親。だけどそれは無意味な行動に終わった。


柚葉が名乗った瞬間、彼は真っ直ぐ柚葉の元へと歩き出す。



「柚葉。迎えに来るのが遅くなってすまなかった。ようやく、お前を迎える準備が整った」


「……あなたは……!」



柚葉は目の前の彼に見覚えがあった。


金色の艶やかな髪の毛、柚葉を見る時だけ優しい声になる彼は。この前、噴水広場で出会った青年だった。


……名前は、確か東條桜久耶。



「覚えていましたか。良かった。さぁ、私とともにここから出ましょう」


「……え!?あ、あの……」